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その風貌の、なんて奇妙だった事だろう。明らかに手の色と違う白塗りの肌。遠目でもはっきりと表情のわかる化粧は、素顔を覆い隠すように厚塗りだった。それに、眼に痛い程の、派手な服装。
呆気に取られたロックの前に、ボートは止まった。
「これは、これは。こんな辺鄙な所に人がいらっしゃるとは。見たところ、旅人のようでおられますが、どちらへお向かいで?」
男は水を避けるように、大きくボートから飛び降りた。その反動でボートが揺れ、船頭は顔をしかめる。
「どこって……、とりあえず人のいる所を探してるんだけど」
ロックは一歩、後ろへ下がりながら答えた。
「ほう、人里を。ということは……森を迷われましたか」
自分のほうが好奇な眼で見られるような格好をしているくせに、男は面白がっているような眼を向けてくる。その眼にたじろいだロックに気付いたのか、男はくすりと笑った。
「いえ、この泉に近づく者は、めったにおりせんのでね。なにしろ、人を喰らう白き怪物が住まうと言い伝えのある場所でして」
神妙な顔をする男に、ロックは眉をひそめた。
「怪物? でも、あんた今、堂々と泉を渡ってきたじゃないか」
ロックが冷たく言い返すと、後ろで船頭が失笑をもらした。
「この人はたいそう変わり者なんだよ、若いの。見てくれを見てもわかるじゃないか」
「この泉を真っ直ぐに来た方が近道なんですよ。この広大な泉を迂回するのは大変ですからね。それに怪物といっても゛普通の人間″で、その姿を見た者も、危害を加えられた者もいない。迷信だと言う者は多いんですがね。それでも人は、この泉を恐れて近よらないんですよ」
ロックは美しい泉へと再び眼をやった。これだけ広い泉だ、その中心はずいぶん深そうだった。
確かに何か巨大な生き物がいてもおかしくない程、神秘的ではあるが、泉の水面はしんと静かで穏やかだった。
「それで、あんたの方こそ、何処からきたんだ」
「私は、この先のロード・ガルナから」
ロード・ガルナ。その国名に、ロックの脳裏に先刻見た兵士達の紋章が閃いた。
「じゃあ……、さっき見た兵士達はロード・ガルナの……」
どうりで紋章に見た覚えがあるはずだ。ロード・ガルナはエンリトと友好関係が深い国だ。
頭に地図が浮かぶ。では、ここはルトの森か。すっかり異世界に飛ばされたような気分だったが、意外とエンリトから近い場所にいた事に、思わず肩の力が抜けた。
「兵隊? そりゃあ、調査団の事に違いありませんよ、旦那。やっぱり、いくら泉を通って近道したからって三時間も遅れてきといて、間に合う訳ないですよ。さぁ、急いで追っかけなくていいんですか?」
「そんなに、せっつくな。まぁ、いいさ。調査と言っても、調査の対象は彼らと違うんだからな。王に報告する義務もないし、私は私で好きにやらせてもらうさ」
船頭と男の会話に追いつこうと、ロックは慌てて口をはさんだ。
「ちょっと待ってくれよ。あんた、さっきの兵隊の一味だったのか? それに、調査団って何の事だよ」
「あなたも知っているかもしれませんが、昨夜エンリトで異常な量の光が発生したらしいのです。あなたが見た兵士はロード・ガルナ王直下の兵隊で、何が起こったのか、友好国として援助としての調査に向かっています。私は一味といいますか……、王ではなくあるお方の個人的な命令で原因究明に向かうところで」
原因? そんなものが、解るのだろうか。天災。それは神の、無慈悲な気紛れのようなものだった。神や精霊の前で、人間とはただ無力だった。光は、人間が神から唯一、与えられた武器。その強大な力を操るアヴェルガ家の崩壊と共に、長き栄華を誇ったエンリトは一瞬にして崩れ落ちた。
「あんた、行っても無駄だ。エンリトの民は皆、死んだ。エンリトは……滅んだんだ」
男の濃く縁取られた眼が、大げさなまでに大きく見開かれる。
「滅んだ…? どういう意味でしょうか」
「そのままさ。溢れ出た光は異常なまでに高温だった。皆、黒焦げになって焼け死んだんだ」
「何故、そんな事を、あなたが知っているのですか?」
ロックは唇を噛みしめた。
「それは、この眼でそれを見たからだ。俺は……、エンリトから逃げてきた」
男と船頭は顔を見合わせた。男の顔に、本当だろうかという疑いが、一瞬、浮かんだが、尋常ではない光に包まれたエンリトの事を思い出したのかその表情は曇る。
「それで、あなたの他に生存者はいないのですか」
ロックはかぶりを振った。エンリト全員を包みこんだ、あの狂暴な光に巻き込まれて生き残った人間などいないだろう。




