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天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第3章 導き
33/245

 2

 森はいりくんでいて、高い樹に遮れ前が見えない。地面はでこぼことしていて、苔むした岩が重なり合い、なだらかな丘をつくっていた。


 方々に生えた草が、うざったいくらいに足にまとわりつく。慣れない森の中で、ロックは何度もつまずきそうになった。


 人間のために整備された道などない。今はただ、道なき道をひたすら突き進むしかなかった。名も知れぬ樹々の間を、縫うように進むうちに荒い呼吸がわきあがってくる。


 暑いな。


 樹の、もっさりとした葉の影になって涼しかった森の中が、僅かずつだが熱おびてきている。太陽は真上に来ているのか、ロックが上を仰ぐとぎらぎらとした光が、葉の隙間から差し込んでくるのが見えた。


 ロックは、羽織っている風避けの為の薄手のダスターコートを脱ぐと、不恰好な形の幹の上に腰かけた。


 ひどく喉が渇いていた。元いた草原から、どれだけ歩いたのかわからないが、せせらぎ一つ見つからないのは計算外だった。


 ロックは軽くため息をついた。行き先がわからない。こんなことは、初めての経験だった。日の浅いうちは、まだいい。だが、奥の知れない森の中で、日は段々と傾きはじめるだろう。どんな獣がうろついているかもわからないこの森で、一晩を過ごせる自信はロックには無かった。


 さて、どうするかな。足の指の間に出来たまめは潰れ、動かし続けた身体は熱く火照っている。だが、頭は冷めていた。


 その時だった。風に吹かれた葉の重なりあう、ざわざわした音に紛れて、ざっ、ざっと何かが土にすれあう音が聞こえてきたのは。それが、人の、それも大勢の人間の足音だと、理解するのに数秒もかからなかった。


 ロックは幹から腰を上げた。足音は鮮明で、そう遠くない場所から聞こえているようだ。警戒しながらも音源へと向かうと、茂みの向こうから、はっきりと人間の気配を感じる。


 そっと、茂みをかき分け見た光景に、ロックは息をつまらせた。


 茂みの先は、きりたった崖になっていた。その下は、ばっさりと樹が切り取られ、人の通る道となっていた。


 そこを横断していたのは無数の兵士達だった。兵士達は規則正しく列をなし、逐一、同じ動きの行進は秩序と威厳に溢れている。


 ここが、何処の国の領地かは、わからないが、紋章を見るかぎりレイダートの兵隊ではない事にロックは胸をなでおろす。以前、何かの文献で見た覚えのある形だが、何処の国のものかは思いだせなかった。


 だが……。


「あいつらに、保護を求めるのは、危険だな」


 ロックは呟いた。どこぞへ向かう兵隊なのかは知らないが、下手をすれば不審者として尋問され、最悪、身に覚えのない処罰を受ける事にもなる。


 ロックが、茂みの影で身を潜めていると、そのうちに兵隊の列はぞろぞろと森の奥へと姿を消していった。


 あてが外れた。


 ロックは舌打ちした。てっきり採林者だろうと考えていたが、まさか軍隊の行列だとは思わなかった。だが、人の通る道まで出れたのは幸運だった。


 ロックは誰もいなくなった道を見下ろした。軍隊はずいぶんと身綺麗だったから、どこかへ向かう最中なのだろう。ということは、奴らの来た道を逆にたどれば何処かの王国へ繋がるという事だ。


 ロックは手のひらへ方位磁石を出した。北東の方向。何処へ続いているのかわからないが、行くしかない。方位磁石を握りしめると、ロックは崖の上をすべり落ちた。


 受け身はとったが、地面にぶつかった衝撃に息がつまる。


 ロックは立ち上がると、土にまみれた上着をはたいた。再び歩きはじめると、身体の節々が痛んだ。だが、自然と早足になる。日が暮れる前に森を抜けたかったし、残してきたホールが気になる。苦しそうに息をしていたが、大丈夫だろうか。

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