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アリサの隣で、食器の準備をしていたロシュレルがそう言うと、手伝いの子供達の、俺も私も、という合唱がはじまる。けたたましくなりはじめた子供達に、しかめ面を見せるとルミナは言った。
「あんた達、もうすぐできるから静かにしてなさい。ロシュレルとドミニク。あんた達は部屋にいるロック兄を呼んでおいで。あんた達、夕飯前には起こせって、頼まれていたでしょう」
ルミナが腕白な二人にそう言い付けると、二人はそろって不平をもらした。
「えー、嫌だよ。ロック兄、寝起き悪いもん」
「そうそう、起こしてあげたのに怒るしな」
「いいから、行きなさい。それとも、ロック兄の代わりに私に怒られたいの?」
ルミナの眼がつりあがると、二人は舌を出しながら、逃げるように台所を出た。
廊下は薄暗かった。すでに日は落ち、夜の気配が忍びよっている。
「お前が悪いんだぞ。調子に乗るから、ルミナ姉に怒られるんだ」
ふて腐れた顔でドミニクがこつくと、ロシュレルはへへっと笑った。
「まぁ、いいじゃん。もしかしたらロック兄、起こしにきたご褒美に何かくれるかもしれないぞ」
「そういえば、ロック兄、今日帰ってくるの遅かったな。疲れてるみたいだったし、どこまで行ってきたんだろ」
「さぁね。この世でたった一人のライナ乗りなんて格好いいよな。俺も絶対、大きくなったら乗せてもらうんだ」
「そんな事言ってたら、また老師に怒られるぞ。……ん?」
暗い階段の麓まできた時だった。足を止めたドミニクを、ロシュレルはいぶかしげに振り返った。ドミニクの眼は、窓の外へと向けられている。
「なんだよ。早く行かないと、先に夕飯、食べられるぞ」
「いや、今、遠くで光が……」
「光?」
夜が一瞬にして昼間に変わった。強烈な光の波が、窓を通じて、廊下へと満ちる。
「何だ? この光?」
「ロシュレル! 見ろよ、窓が……」
溶けはじめている。まるで水飴のように、ゆっくりと雫を垂らして、固いガラスが溶けはじめていた。
「ドミニク、急いでロック兄のところに行くぞ!」
青ざめたドミニクが頷いたのを合図に、二人は階段を駆けのぼった。
鐘の音が耳の奥まで鳴り響く。小さな村のはずれ、いつも遊び場にしている野原に佇んで、その美しい音を、少年は聞いていた。
鐘の音に混じる、この地響きのような音は何だろう? 少年が泥まみれの手を握りしめた瞬間、゛それ″はあらわれた。
騎馬隊の大軍。強風のように少年の脇を通り過ぎていった。それが敵軍の進行なのだと理解できる程、少年は大人になっていなかった。だが、自分の産まれ、育った村の方へと向かう゛それ″が、何か良からぬ災いなのだと本能で悟った。
少年は走った。早く、父と母に知らさなければ。だが、か細い足が騎馬隊に追いつけるはずもなかった。
村に着いた時には、馬に乗った怪物達が、村の住人達に襲いかかっていた。切りつけ、剣を差し、首をはねる。たちこめる血の匂い。武器を持たない村人達は抵抗も出来ず、いとも簡単に命を落としていく。
少年は自分の家まで急いだ。
アシュラウル様、どうか、父さんと母さんをお救い下さい。
そして、少年は地獄を見た。床に倒れた父親の血塗れの姿。無茶苦茶に手を振り回し、泣き叫ぶ母親の髪を引っ張り引き寄せようとする兵士。
「母さん」
叫んだ瞬間、母は気付き少年と眼があわせた。その微笑みは、次の瞬間、胴体から引き離された。




