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そこで、ハンセンは話を区切った。
「それに……?」
「エンリトを支配しているアヴェルガ家の信仰のおかげで、国民のナルシアへの信頼は絶大だ。エンリトの守り主、救世主、神の子。国民はナルシアを盲目的に信じ、ついていこうとするだろう」
クスッ。仮面の下で妖しげな笑みが浮かぶ音がした。その不気味さにハンセンはぞっとした。思わず、まじまじとレテを見るが、その仮面からは表情は読みとれない。薄気味の悪い奴め。ハンセンは心中で呟いた。
「では、ハンセン様。私からとっておきの朗報をお教えしましょう」
レテはそう言うと、ハンセンの耳もとで何事かを囁いた。すると、みるみるうちにハンセンの顔色が変わった。
「それは確かか。しかし、何故、私さえ知らぬその事をお前が知っている」
「フフフ、王ご本人がそう言っているのを、この耳で聞いたのですよ。この事を利用すれば必ずナルシアを陥れる事が出来るはず」
ハンセンの顔は歓喜にうち震えた。
「それから、レイダートからの伝言でございます。あなたが王となれた暁には、光脈の供給の件、くれぐれもお忘れ無く、と」
アドリア大聖堂。エンリト内に分布する教会 の頂点に立つ、アシュラウル信仰の本拠地。人間の善と和を守るこの大聖堂では、裁判も行われる事があり、普通の教会とは違って、並大抵では無い収容人数を誇る。
この日、大聖堂には、エンリトの有権者達で溢れかえっていた。それだけでは無く、大聖堂の周りは一般市民達で埋めつくされている。老若男女問わず皆、希望と喜びで満たされている。国をあげての一種のお祭り騒ぎであった。
ナルシアの王位戴冠式。とうとう、国民の待ち望むその日が到来したのだった。
「失礼致します。準備はお済みでしょうか」
大聖堂の、控室として使っている小部屋の戸を開けると、カルテロは声をかけた。小部屋といえども豪華な造り。その周りを従者がずらりと囲っている。その中央、全身を映す姿見の前で佇んでいるナルシアの姿を見てカルテロは、ほうと感嘆の息を洩らした。
純白の礼服に、きらびやかな見事な刺繍のマント。宝石の散りばめられた杖を片手に持ち、すっと立つ姿は堂々としていて、凛々しい。
我らの王。その再生に、カルテロは心を震わせた。
「ナルシア様、お時間でございます。式場へとお進みくださいませ」
「そうか、わかった」
小部屋を出て、赤い絨毯のひかれた廊下をまっすぐに進めば、裁判も行われる大広間に繋がっている。ナルシアは、ゆっくりとその道を進んだ。
ナルシアが、入口を抜けると 、一斉に、観客達が彼に振り返った。私語は禁じられているため歓声は無いが、期待に溢れた、何万という瞳が、ナルシアを捉える。
天井は緩やかなアーチを描き、いくつものシャンデリアが煌めいている。遠目には小さく見えた祭壇な辿り着くと、ナルシアはひざまづいた。
「栄光と、英知に栄えるエンリトに、今、祝福の歴史が刻まれる。エンリトと、新しき王ナルシアに永遠の幸があらん事を」
大司祭の言葉を受け、ナルシアの頭上に王冠が載せられた。
「さぁ、ナルシア様。皆の者に、そのお姿を」
司祭に促かれ、ナルシアは立ち上がり振り返った。その面は、冷然とした清らかな美貌に輝き、艶やかな笑みが浮かぶ。王となったナルシアを受け入れる国民の拍手が鳴り響こうとした、その時だった。
「お待ち下さい」
ハンセンの声だった。ピリピリとした緊張のある声に、国民は皆、何事かと顔を曇らせる。
「祭儀の中断、お許し下さい。ナルシア様が国王となられる前に、一つ重要な事を言わせて頂きたい」
ハンセンはナルシアの隣に立つと国民を舐めまわすかのように眺めた。その唇には微かな笑みが浮かんでいた。




