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アシュラウルは天上から、手を一降りすると、人間に゛神の剣″を落とされた。それは、光という加護であった。
人間は、その強大過ぎる力を仲間に分け与え「光の騎士団」を名乗り、精霊達を倒す旅へと出た。精霊達は、強大な力を奮って人間を迎えうったが、光の剣の前には、どうする事も出来なかった。
長い道のりを経て「光の騎士団」は、ついに精霊達の邪悪な意思を封じ込める事に成功した。すると精霊達は眼が覚めたかの様に戦いを止めた。
アシュラウルは「光の騎士団」の隊長、アヴェルガの功績を讃え、光の湧き出る地を与えた。戦いの後、アヴェルガはその地で静かに生涯を送ったのである。
「そして、アヴェルガ様を慕う人間が集まり、この都市、エンリトを造ったのだ。戦いの以後、アヴェルガ様は、エンリトの地の守り人となり、また、王となった」
長い伝承を話し終え、老人は疲れて乾いた喉に、咳をして唾を送った。
それから、この話しの聞き手であった小さな傍聴者達を、しょぼしょぼした眼で見回す。反応は様々だ。面白そうに眼を輝かせている者、はんば眠りに落ちているのを必死で堪えようと眼を擦っている者。
エンリトの子供達は皆、飽きる程、何度もこの゛お伽噺″を聞いて育つ。
子供達の輪の中で、ひときわ小さな身体をした少女、アンリエッタが、きらきらした眼で手を挙げた。もう一方の手は親友である、ロミエの片手と繋がれている。
「老師」
アンリエッタは舌足らずに、それでも尊敬を込めて老人へ呼びかけた。
「どうぞ、アンリエッタ」
「えっと…、精霊達は、はじめ人間達を馬鹿にしてたんでしょう? でも、人間達に負けてしまった。なのに、どうして人間の手助けをしてくれるの? 」
それは裏を返せば゛人間を恨んでいるんじゃないの?″と言う質問だ。心配そうなアンリエッタに老師は優しく微笑みかけた。
「そうだな。人間というのは、火の力を借りねば凍えて死んでしまう。水の力を借りねば、喉が乾いて死んでしまう。木の力を借りねば呼吸が出来ない。風の力を借りねば、動きが取れない。だが、精霊達のどの力一つでも暴走させてしまえば、その種族以外の生命は死滅してしまう。アシュラウル様は、それを恐れ、彼らのバランスを取る為に、人間に精霊達を支配し管理する事をお許しになったのだ」
子供達は、静粛に聞き入っていた。だが、ドミニクという少年がそれを遮った。
「じゃあ、どうして僕達には精霊の声は聞こえないの? 」
その問いに反応し、子供達は一斉にお喋りを始めた。゛そうよね″という声、゛精霊達は人間と喋りたく無いんだよ″という声。
老師は軽くため息をついたが、穏やかに手を叩いた。
「さぁ、静かに。精霊達は、何も話していない訳ではない。ただ、精霊達の言葉は特殊で、私達にはわからないだけなんだよ」
子供達は、ふぅーんと頷く。
「でも、ナルシア様には聞こえるんでしょう? アヴェルガ様の子孫なんだもん」
老人は優しげに微笑んだ。
ナルシア・アヴェルガ。アヴェルガ家に残る唯一の血筋。