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翌朝、小鳥の囀りの中、カルテロは゛白き間″へと向かっていた。
朝にしては眩しい日差しに照らされたカルテロの顔は、苦虫を噛み潰したかのように難しい表情をしていた。
ウォルナの街での、教会の爆発。あれは何かがおかしかった。ウォルナ兵のトラップだったとしても、すでに他の、光の騎士団の部隊が教会を通り抜けていたはずなのに……。
まるで、ナルシアが通るのを待ちこしていたような、タイミングだったではないか。
カルテロは血にまみれたナルシアの姿を思い出した。
ナルシアと合流した後、一体何があったのかと、ナルシアに問うと、ある一人の男と一騎討ちしたのだと言う。その男の名……、今思い返してもぞっとする。
ロイス・アルテという男、レイダートの英雄の一人に数えられる程の剣豪。平凡な農民の子倅でしかなかったが、その実力でレイダート王護衛部隊゛黒龍団″の隊長にまでのしあがった男だ。しかし、なぜ王の側近である゛黒龍団″のロイスが居たのか。
そして、カルテロは誰には話さなかった事があった。
ナルシアとの合間を瓦礫で阻まれた時、カルテロは家屋の二階の窓にふっと人影が揺れたのを見た。避難しそこねた一般人かと思ったが、一瞬、カルテロの眼を捉えたのは、頭から黒いフードに身を包んだ不気味な、影の様な姿だった。その人影が、瓦礫の向こう側を見下ろしている……。
嫌な予感がした。
不吉な思惑が、とぐろのように渦巻いて、息を潜めてナルシアの身を狙っているような、そんな気がしてならない。カルテロは、ナルシアの護衛をより強固なものにしてもらうため、グラハム王との謁見をするつもりだった。
「御早うございます、カルテロ様。殿下へ御用事でございましょうか」
扉の両脇に佇む兵士の一人がカルテロに気付いて声をかけた。
「あぁ。陛下の耳へ、御進言したい事がある。陛下は、お目覚めだろうか」
「伺って参りますので、少々、お待ち下さい」
兵士は、アヴェルガ家の紋章の細工が施された扉を開けた。
中へ入っていく兵士を見送った後、カルテロは一時待っていたが、なかなか声はかからなかった。王はまだ、起きてこないのだろうと思い、これは出直すべきかと考えた時、扉は再び開いた。
兵士の顔は青ざめていた。眼は何かに気をとられたように、虚ろだった。どうしたのかと、カルテロが声を掛けるより先に兵士は口を開いた。
「陛下が……、お亡くなりになられております」
「なんだと……」
カルテロは自分の顔からも血の気が引いていくのがわかった。兵士を押し退けるようにして、慌てて゛白き間″へ入る。
グラハム王は、ただ眠っているかのように見えた。しかし、その面を覗き込むこめば、穏やかな表情ながらも、生者の脈動の無い魂の抜け殻であることは明らかだった。
カルテロは、震える指で、王の手首に触れた。その身は、冷たく、固い。
「……医師と、……それからナルシア様をお呼びしろ。」
それから一刻もして、皆が部屋に集まってきた。ナルシアの後には、宰相ハンセンの姿もあった。医師の検分が終わるのを、皆、悲痛の面持ちで見守った。
「見たところ、弱っていた心臓に、血液がたまり圧迫したようです。この症状の場合、脳に酸素がいかず、意識を失います。王は苦しむ事は無かったでしょう」
冷静な医師の言葉にハンセンは唖然と呟いた。
「しかし……、こんなに早く、お亡くなりになられるとは。」
老王の死は誰もが覚悟していた事だった。だが、それがナルシアの王位戴冠式の前であるということは、今のエンリトには大きな痛手だった。国民の動揺、実質的リーダーの死は、他国、特にレイダートへの隙を見せるということになる。
このまま何事もなければいいが……。
じわじわと染みのように広がりゆく不安を振り払うように、カルテロはナルシアの華奢な背を見つめた。
カルテロはこの優しげな顔立ちをした少年を信じていた。
エンリトの大きな希望の光。
彼なら必ず、このエンリトを導いてくれると。




