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老王は、力の無い雛鳥を見るかのように笑った。それは、力無きものに対する、慈しみの微笑みのようでもあれば、弱者を突き放すかのような強者の冷笑のようでもあった。
「女は子を産む。子は成長すればやがて兵士となる。戦力の芽は摘み取らねばならぬ。神に選ばれ無かった者達が、神の寵愛を受けたこのアヴェルガ家に刃向かうなど、許されてはならんのだ。傲慢な考えだ」
「傲慢……? 傲慢なのは、私達のほうでは無いのですか」
「良いか、ナルシア。我々は神からこの世の秩序の管理を任されておる。増長を許し好き勝手させれば、この世の混乱を招く。お前は支配者としての自覚を持て」
ナルシアは言い返す事が出来なかった。どんな道を選べば、皆が幸せに生きられるのか、その答えを出せない。
そんな自分への歯痒さに、ナルシアは鮮血が浮き上がる程、唇を噛んだ。
「それからな、アンブル子爵の首を打ち破ったのは、お前と言う事にしておく」
「……民の者を騙すのですか」
「そうでは無い。お前は民からの信頼と尊敬を集めねばならん。この国を担う者としてな」
ナルシアは震える指を握りしめた。
「私は……、もう、皆を欺きたくありません。私には、何の力も無いんです。精霊の声だって、聞く事が出来ないのにっ――」
「ナルシアッ!」
その枯れ木のような身からは想像もつかない程、強く荒い声だった。それが過ぎると、老王の顔には急激な苦痛が浮かんだ。
「もう、良い。これ以上、お前と議論する事はない」
「でもっ!」
しつこく食い下がろうとするナルシアに、老王は冷徹な言葉を返した。
「ナルシア。あまり、わしを失望させるな」
息を飲む音が、部屋に響いた。肩が震えたかと思うと、ナルシアは黙りこんだ。
「そろそろ、下がれ。わしは少し疲れた」
納得のいかないような青い顔を無理矢理下げ、一礼するとナルシアは゛白き間″から出ていった。
その後ろ姿に老王はため息をついた。
あいつは、人の上に立つには優し過ぎる気性だ。血みどろの戦場へ立たせれば、性根も少しは違ってくるだろうと思ったが、逆効果だったかもしれんな。
老王は、ナルシアの王の器を計りかねた。
弱き民にも悪の心はある。善良とばかりはいかない人間の心を平穏へ導く力が、ナルシアにあるのか……。老王の思想はそこで、戸の鳴る音で遮ぎられた。
「 誰だ」
「お休みのところ失礼いたします。そろそろ、お薬の時間ですので、お持ちしました」
「そうか、入れ」
老王は、厚いカーテンの開かれた窓から広がる、漆黒の闇へ眼を向けた。吸い込まれそうな暗き空には、星一つ輝くことも無く、夜は静かに更けようとしていた。




