14
教会の崩壊。戦士の剣。ざらついた視線。ナルシアは目眩がした。その全てが、己に向けられた憎しみの象徴として降りかかってきたように感じられるのだった。
セルト城は喝采に包まれていた。
固められ、矛も通さない程に凝縮された土塊で造られたセルト城は、何の装飾も施されておらず、無骨な、いわば花より実を取った守りの城塞である。
そのセルト城が焼け爛れた様は、まるで朽ちゆくゴーレムのように見えた。
「ナルシア様」
人々の喧騒の隙間から、自分の名を呼ぶ声を見つけ、ナルシアは振り返った。自分の元へと駆けてくるのは第五番隊長のエルウィンだった。
「お一人なのですか。カルテロ様やお付きの兵士はどうなされたのです。それに、その姿」
血に染まったナルシアの姿に、エルウィンは今にも卒倒しそうだった。
「落ち着け、私の血では無いから安心しろ。カルテロとは、はぐれただけだ」
ナルシアがそう言うと、エルウィンは眼を輝かせた。
「では、若君お一人で、レイダートの悪魔を征伐なされたのですね。流石は、英雄の子孫であらせられます。」
誇らしげに言うエルウィンに、ナルシアは気づかれないようにそっと顔を曇らせた。
「それより戦況を報告しろ。アンブル子爵はどうなった」
「はっ、第一から第七隊の合流により、セルト城の攻略を開始しました。我が軍の被害は役一千人。多少の被害はでましたが、アンブル子爵の首は第二隊長アリドが撃ち破る事に成功しました」
「そうか、皆、良くやってくれた」
ナルシアは安堵の息をつき、空を見上げた。
燃えるように赤く染まっている。落陽につれて冷たくなってきた風に、ナルシアは身震いした。
「カルテロ様がお付きになられるまで、少しお休みください。何の御用意も出来ず、申し訳ありませんが」
エルウィンに勧められ、ナルシアは瓦礫の山の隅に腰を下ろした。
ひどく疲れていた。たかが一日の出来事なのに、何年もの時をかけぬけたような錯覚。
両親を失った悲しみ、エンリトの民を守らなければという使命感、英雄としての皆の信頼と期待。そういったものに目眩をおこしそうな自分をナルシアは感じた。
風が、いっそう強く吹いた。
ナルシアは自分の足元で、風に揺られる一輪の花を見つけた。名も知らない雑草に近い花。 しかし、植物の育たないエンリトで育ったナルシアには、物珍しいものだった。
いつも、手に触れるのは造り物の細工ばかり。好奇心に、つい手折ろうとした指を、寸前で止めた。
ふと、辺りが騒がしくなったので、ナルシアは顔を見上げた。
息を切らせ、汗だくになりながら走ってくるカルテロの姿が見えた。顔色は悪く、真っ青なのだが、走ってきたせいで頬だけ上気し真っ赤になっている。
苦しそうに息を整えるカルテロに呆気にとられ、ナルシアは言った。
「お前、一体どこから走ってきたのだ」
「若様とはぐれてしまった辺りからです。瓦礫で前に進めず、東の方からまわりこんで来たため、こんなにも遅くなってしまいました。このカルテロ、一生の不覚でございます。いかなる処罰も喜んでお受けいたします」
ナルシアは、そのくそ真面目なもの言いに苦笑した。
「大事だな。教会が爆発したのは、お前のせいじゃないだろう。いちいち、はぐれたくらいで罰することも無い」
「しかし、ナルシア様をお守りするのが私の役目でございます。ナルシア様を危険にさらしたなど……」
なおも喰いさがってくるカルテロを制し、ナルシアは言った。
「それよりも、日が暮れる前に帰るぞ。皆へ撤退命令を出せ」
街の外で待機していたリュームに、疲れきった兵士達が帰還するのに小一時間もかからなかっただろう。
ナルシアが五番ハッチから戻ると、ハンセン宰相が彼を出迎えていた。
「ご無事で何よりでございます。朗報、聞き及んでおります。大儀でありました」
従者が、ナルシアの身に重くのしかかる剣をうやうやしく受け取る。
「これで少しはレイダート公国も、身の程を思いしったでしょう」




