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天のカリカチュア  作者: 綾崎 伊志
 第1章 神の光
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 13

 これが戦か。初めて眼にする凄惨な光景に、ナルシアは剣の柄を強く握りしめることで、吐き気を押さえた。


「さぁ、ナルシア様。急ぎましょう」


 激しいショックを隠しきれないナルシアに、カルテロは背を押すように話しかけた。


「あ、あぁ……」


 しっかりしろと自分に言い聞かせ、ナルシアは城の方へと早足で駆け出した。


 地獄と化した広場を抜けると、街の中心にある教会が見えてきた。教会の扉は固く閉じられ、避難し誰もいなくなった通りに、風に揺られた鐘の響きだけがこだまする。


 教会を通り過ぎた時、ナルシアはふいに異変を感じ立ち止まった。


 鼻につく、火薬の匂い。不審に思い、後方を走るカルテロへと声をかけようと振り返った瞬間、眼の前は爆発した。


 教会が崩れ落ちる。


 爆風で、身をぶっ飛ばされながら、ナルシアはその光景を信じられない思いで見ていた。


 地面に叩きつけられた身体に衝撃が走る。ナルシアは打ち付けた痛さに呻きながらも、急いで身を起こした。身体中、砂まみれにはなったが、幸いにも怪我は無かった。


「一体……、どうして」


 整然として建っていた教会は、見る影も無く崩壊し、ナルシアとカルテロの間に瓦礫の山を築いていた。霧のようにたちこもる白煙の中、ナルシアはカルテロを呼んだ。


 だか、返事は無かった。まさか、爆発に巻き込まれたのか。ナルシアは不安に立ちつくした。


 教会が、突然、爆発なんて……。


 敵の仕業だろうか。しかし、呆然としている暇は無かった。


 ナルシアは背後から、微かに人の足音を聞いた。


 誰かが、いる。


 一呼吸すると、ナルシアは耳をすませた。大勢では無い、たった一人の駆け足。敵か?ナルシアは身構えると、近づいてくる足音を待った。


「……何者だ」


 情けない事に、声が掠れる。足音はその声に、ピタリと止まった。間合いを取っているのか、相手の近づいてくる気配は無い。自分の声がわからないとすれば、味方では無い。ナルシアはそう判断すると、怖じ気づく足に力をこめ、駆け出した。


 素早く払った剣は、閃光をあげて止まった。凄まじい力で押し戻され、ナルシアは横転しそうになる身を踏ん張った。


 そこには、戦士がいた。鈍色の甲冑に覆われた武骨な大男。百戦錬磨の豪快な風格を称えながら、小賢しい知略にとんだ鋭い眼付きをしている。


「ほう、黄金の瞳か……」


 その声があまりに毒々しく、ナルシアはギクリとした。


「俺は運が良い。エンリトの公子、ナルシアを拝見できるとはな。しかし、剣技の天才と聞いていたが……。どれほどの男かと思えば、こんな脆弱な小僧だとは」


 嘲笑に混じる悪意に、ナルシアは唇を噛んだ。


 いけない、弱気になっては。殺意に飲まれれば、本当に殺られる。


「神の威を借り、他者を支 配しようとするエンリト人の思い上がり。このロイス・アルテが成敗してくれる」


 ――きた。


 次の瞬間、ナルシアは身を翻した。ロイスの降り下ろした剣は、空振って地に落ちた。力まかせの雑な降りではあるが、命中していれば、身は真っ二つにひき裂かれていただろう。


 続いてくる剣撃を、ナルシアは自らの剣で受け流した。まともに受けていれば剣は折れてしまう。


 力の差は歴然だった。だが勝利を確信していたロイスの顔が、異変に歪んだ。


 今にも折れそうな細身の剣がしぶとく喰いさがってくる。


 ロイスの剣に、苛立ちが混じった。焦りのせいかロイスは力をこめ剣を大きく振りかざした。重い剣をナルシアは皮一枚の差で交わすと、圧倒的な速度で一閃を払った。

 

 避けそこなったナルシアの刃がロイスの頬を斬り裂いた。その鋭い痛みにロイスに一瞬の隙がしょうじた時、勝敗は決した。


 瞬間。ナルシアはロイスのふところに飛び込んでいた。蛇が舞うかのような流線的な剣の動きが、ロイスの喉笛を捉えた――。


 断末魔の代わりに沸き上がる紅蓮の血。噴水のごとく迸り、ナルシアの漆黒の髪を濡らす。苦悶の形相を浮かべて、ロイスは息だえた。


 ナルシアは、ロイスの表情から眼をそむけると、血塗れになった自分の顔を拭った。生暖かいその血液に、ナルシアは呼吸もできない程の息苦しさを感じた。


 この戦士にも、親兄弟が当たり前にいただろう。妻や、もしかしたら子供もいたかもしれない。その絆を、生への絆を絶ちきったのは、他でもない、この自分。


 ナルシアは今更ながら震えがきた。だが、今は、感傷に浸っている暇は無かった。セルト城へ行かなければ。


 乱れた呼吸を整え、足を踏み出そうとした時、ナルシアは刺す様な視線を感じた。


 見られている? ナルシアは反射的に視線の先を追った。


 だが、何者の姿も見えない。気のせいか、と片づけるには、薄気味の悪い感触が今も残る。

   

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