12
その声に、周りの兵士達は、ハッとしてスクリーンに眼をやった。
狼煙だった。エンリトの軍艦に気付いた敵の見張りが火を上げたのだ。
軽い衝撃とともに、巨大な船は止まった。
ナルシアは通信機に口を寄せると、朗々とした声で話しはじめた。
「レイダート公国に告ぐ。私はアヴェルガ家公子、ナルシア・アヴェルガである。汝らは、エンリト国民への許しがたい暴動と侵略、すなわち地の汚れを行使した。よって汝らに神の裁きを与える。己の罪を悔いるがいい」
天上より舞い降りた声。その神かがった美しい朗唱に、周りの者達は聞き惚れた。
だがナルシアの声が微かに棒読みだった事に、カルテロだけは気付いた。言い終えたナルシアの表情は固く、整った顔だちは、人間であるというよりも神であるというよりも、造り物の人形のようだった。
「いよいよ、ですな。この日の若君の晴れ姿、天上で父君もお喜びになっておいででしょう」
エドリー・ハンセンは、白き法衣に身を包んだナルシアを感極まったように涙を浮かべて見つめた。それから、カルテロに向きなおった。
「ナルシア様をしっかりとお守りするのだぞ」
「は、このカルテロ、命に代えまし ても」
その様子を見ていた科学者ロシンダが、低い忍び笑いを洩らした。
「ははっ、これは失礼。けれど、ハンセン様。敵襲に原始的な狼煙を使うような蛮族ですよ。ナルシア様、それに率いる光の騎士団の敵ではありますまい」
ロシンダは、レイダート公国とエンリトの戦力の差に優越の笑みを浮かべていた。前王の弔いのためでも無い。レイダート公国への武力の制圧という政治的思想も無い。この科学者はただ、戦により弱者をいたぶれる事が楽しくてたまらないのだ。
ナルシアは、あからさまに軽蔑の視線をロシンダへ向けた。
「そんな事はない。レイダート公国にも腕のたつ戦士はたくさんいると、聞いている。それより、ハンセン、皆の準備は整っているな」
「はい。それぞれ、部隊ごとに各入口にて待機させております」
「そうか、わかった」
ナルシアは通信機を船内へと切り替えると、声を張り上げた。
「皆の者。これより、進軍を行う」
その言葉を合図に、リュームから一万人の兵士が飛び出した。
ナルシアはカルテロを連れ、通信室付近の五番ハッチへと移動した。
そして、足首に薄い金属で出来た円上の板を取り付ける。これは゛スタイズ″と呼ばれる重力制御装置で大気の流れを読み取る事で、落下や移動に関する速度を自在にコントロールする事が出来るものだ。
巨大なリュームから地上まで、建物十階分はゆうにある。
白き法衣に身を包んだ、一万の兵士の出撃は、まるで季節はずれの雪が舞い落ちるかの様だった。自らも一片の雪になりながら、ナルシアは地上に降りたった。
すでに、第一から第十三の部隊は国境を越え、ウォルナの街へ突入していた。風のうなり声と共に戦士の咆哮が、ナルシアのジダを通り過ぎた。
ナルシアは鞘から剣を抜くと、戦場へと化したウォルナの街へと身を投げた。
「ナルシア様、セルト城へ参りましょう。すでに、幾つかの部隊が城に向かい、攻略戦を開始しているはずです」
アンブル子爵は兵を率い、エンリト奇襲へ乗り込んだ指揮官の一人である。その首を取り、レイダートへの見せしめのためエンリトへ持ち帰る。それがナルシアに課せられた使命だった。
「聖戦か……」
アシュラウルの使役、シドラス王を殺したという大罪への報い。神の、裁き。しかし、これはその言葉通りの綺麗なものだろうか。
剣の交じる、金属の音。剣が肉に食い込む、耳障りなぐじゃっとした音。ウォルナ兵の首や腕が飛び、光の騎士団は大量の血液を浴び、その白き法衣は鮮やかな緋色に変色していた。 恐怖と苦痛の断末魔が、戦いの熱気であおられ、獣の咆哮のように震える。五感の全てに死が彩られる。




