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だが、今日だけは別だった。露店に並ぶ全ての店が店終いしており、いつもの賑わいが嘘の様にしんとしている。
ロックは半ば、物珍しい思いで広場を見た。
いつもは、ライナに触ろうとじゃれよって来る街の子供達をあしらうのに手間を喰うのだが、すんなりと狭い路地を突き抜け裏通りへと出る事が出来た。
ロックは、木造のみすぼらしい店の前に止まると、「閉店」と書かれた札の掛かったドアを、ドンドンと叩いた。
返事が無い。さらに激しくノックし続けると鍵の開く音が聞こえてきた。
「そう、強く叩きなさんなって。うちのドアは頑丈には出来てないんだからよ」
中から大柄な男が出てきた。酒屋の店主、モルナードだ。ロックはホールの脇腹にくくりつけてある木箱を紐解いて、店先の低い階段へ置いた。
「えらく速かったじゃねぇか」
「世界への門が閉まってたからな。道が開いてた」
ロックはそう言って、青空を指差す。
「そうかい。今日みたいな日に頼んじまって悪かったな。なにしろ、今日中に酒の仕込みをしとかなにゃあ、明日に間に合わねぇんだ。店先に無いと常連の爺婆どもが、うるさくてな。そうそう、代金は二十ルドだったな。ちょっと待ってくれよ」
かぁちぁーん、財布持ってきてくれ。モルナードは店の奥に大声をあげた。
「ところで、教会のちびどもは元気かい」
「この頃、アリサが洗濯を覚えた。これでルミナも楽になるよ。今までは、あいつ一人で家事をしてきたからな」
レイダートの奇襲で、多くの子供達は親を失った。そうした戦災孤児達は、エンリトのはずれにある小さな教会に引き取られることになった。
教会の神父であるダリオ老師の元で子供達は皆、寄り添って生活している。国から援助金は出ているが、育ち盛りの子供達、十数人を養うには微々たるものだ。
「そろそろ一人立ちはしないのかい」
「冗談言うなよ。うちのちびどもが、もっと大きくならないとな」
「そうかい」
モルナードは腰をかがめて木箱の蓋を開ける。中身を確認しているのだろうと、それを見ていると、中からリゴの実を取り出してロックの両手に握らせた。
「駄賃だ。今が旬だから、うまいぞ」
「いいよ」
ロックが返そうとすると、モルナードそれを遮った。
「うちのかぁちゃんには内緒だぞ。なにしろ、あいつは俺以上のしみったれだからな」
豪快に笑い飛ばすモルナードの背後に不吉な影がよぎった。
「あんた、私がなんだって? 」
モルナードはグッとなって後ろを振り返った。
モルナードの奥方、ローズがそこに立っていた。財布を持った手を腰に当ててモルナードを睨むローズの隣から、彼らの娘のマリスが心配そうに此方を伺っている。
「かぁちゃん。いや、このロックにな、うちのかぁちゃんほどいい女はそういないって言ってたところなんだ」
「そうかい、じゃあ、しみったれだか、ごうつくばりだか聞こえたのは、私の空耳かい」
しっかり聞かれていたようである。だが、モルナードは素知らぬ顔をして、いけしゃあしゃあと誤魔化そうとする。
「そうさ。お前は働き過ぎなんだよ。仕込みは俺がやっとくから、今日ぐらい休んどきなって」
ロックがこの騒ぎに乗じてポケットにリゴの実を隠そうとしていると、マリスと眼があった。マリスはクスッと笑うと、片目をつむってみせた。
ロックの元々の故郷は、アーヴィングの街から少し下った、エンリトの外れにある。
両親を失い、教会に引き取られる十五の時まで暮らしていた村だ。
レイダート公国との国境付近にあるトリムの村は、奇襲の時受けた傷跡を今もまだ残している。
半ば、崩壊した村。今では、レイダート公国との境には頑丈な壁が造られ、戦に生き残った村の住民は、広野の遥か遠くに見えるそれを憎しみの眼差しで眺めながら、復旧作業に精を出している。




