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眼を閉じてごらん。そこに、何が見える?
何も見えないだろう。そこには一面の闇が広がっているはずだ。さっきまで、そこにあった筈の、椅子や、机や窓、あらゆる物が、何もかも消えている。それは゛無の世界″だ。
そう、遥か太古の昔、世界には何も存在していなかった。そこには、深く暗い闇だけが、静かに漂っているだけだった。
しかしある時、無の世界に、時と戒律を司る神アシュラウルが、どこからともなくやってきて右手を動かした。すると、それは靄となった。
アシュラウルは、そこに四つの種を蒔いた。それは、彼が息吹を吹きかけると供に大きく成長していった。種は次第に言語を解し、意思を持つようになっていった。その頃になると、靄は固まり、丸い球体となって宙にうかんでいた。
アシュラウルは、それぞれの種に名をつけた。猛々しく荒ぶる種にサラマンダー。生真面目でどっしりと構えた種にノーム。無邪気で飄々とした種にジン。柔らかで無垢な種に、ウィンディーネ。そして彼等をかいして゛精霊″と呼んだ。 精霊の力は大きかった。彼等が動き、跳ね回ると、途端に黒い球体は色彩を生んだ。それはアシュラウルが、惚れ惚れするほど美しかった。
彼等が、跳ね回ったおかげで、泥沼のような球体の柔かな部分は飛び散り、それは、精霊と同じように意思を持つ生命体となった。だが、それらは精霊のように強い力を持たず、精霊達はそれぞれ自分達の相性に合ったもの達を従者とした。
獣はサラマンダーに、植物はノームに、鳥はジンに、魚はウィンディーネについた。精霊は、そのもの達をつかわせる代償として、棲み家を与え優しく保護してあげた。
アシュラウルは美しい実となったこの球体を゛ラナテナ″、神の言葉で意味する楽園と名ずけた。いつまでも、平和であるようにと願いをこめて。
しかし――、アシュラウルの望む、安泰は永くは続かなかった。
ある時、黒雲が発生した。それが精霊達の意思からなっており、邪悪なものであるとアシュラウルが気付いた時には、すでに遅かった。
精霊達は、アシュラウルの許しなく、互いに王と名乗り、我こそが゛ラナテナ″を支配せんと争いあっていたのだ。
しかし、決着はつかなかった。同じ種から産まれた四つの精霊の力は均等されていたためだった。だが、それ故に、終わりのない激しい戦いのうねりが渦巻き゛ラナテナ″は次第に荒んでいった。
アシュラウルは調和を乱し、混乱へ導く四つの精霊に、怒り、罸を与えんとした。
そして、どの精霊にも属することのない゛人間″に、精霊達を諌めるよう命じた。
しかし、神に白羽の矢を立てられた人間は訴えた。
「私達には、獣の様に鋭い刃も持たず、植物の様に頑丈に身を守れず、鳥の様に空を羽ばたく事も、魚の様に水中を自由に泳ぐ事も出来ません。ですから、精霊達から見向きもされないのです。何の力も持たない私達が、一体どうして、精霊達を倒す事が出来ましょう」
アシュラウルは、人間のその嘆きに応え、人間達にある力を与えた。