空まで届け、炭坑節
初めて投稿するので誤字脱字見にくい部分などあるかもしれません。
精進いたしますので容赦くださいませませ。
夏の夜を彩るものと言えば花火であろう。
河原で寝そべり、どーんっと夜空に色とりどりの華が咲けば老若男女は手を叩き歓声をあげる。
咲いては散る夜の華は誰の心にも淡い思い出を残すのだ。
さて、夏の夜を彩るものと言えばもう一つ。
天高く建てられたやぐらの上から四方へ伸びる提灯。
ぼんやりと、しかしどこか優しいあの灯。
そう、夏祭りを忘れちゃならないぜ。
屋台から香る芳しいトウモロコシ、たこ焼き焼きそばフランクフルト。
金魚すくいに型抜きに射的。
そして杏飴をほおばる浴衣の娘。
ノスタルジックな記憶が浮かんではきませんか。
夏祭りと花火大会の相違点をあげるとするならば花火大会が受動的催事、夏祭りは能動的催事という事になると著者は感じていますね。まあ簡単に言うなら観客になるか出演者になるかの違いってことですな。
別にどっちがいいとか悪いとかって話ではないのだけど、ともかく、誰でもやぐらの周りにぐるっと輪になれば踊り手さんに早変わり。
上手いも下手も関係ない。
そこにあるのは笑顔の輪なのだ。
みんなニッコニコなのだ。
そして、盆踊りの中心、やぐらの上には音頭を取る太鼓打ちがいる。
決して祭りの主役ではないが、いなければ祭りは成り立たない。
太鼓打ちはそれを自負しているし誇りを持っているのだ。
とはいえ、若輩者の著者に太鼓打ちの心情など筆舌し難いのも事実、そこで今回は世田谷で太鼓を打ち始めて早60年の熊倉権蔵さんにお任せしたいと相成ったのである。
ささ、権蔵さん、どうぞ。
ちょっとちょっと!権蔵さん!起きてくださいよ、ああ!そこはトイレじゃないですって!
こっちですって!
そうです、そうです。
おほん、ではここからは権蔵さんに任せて著者は退場致しましょうか。
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「あんね、夏の楽しみったら、あんたさんや。
そりゃあ昔も今も変わるもんじゃねえがさ。
祭囃子が聞こえりゃ老いも若きもこぞって神社へ向かったもんさね。
お嬢ちゃんは母親やおばあちゃんに浴衣を着付けてもらってね。
あれがワシには言いようもなく好きやったんじゃ。
浴衣から覗くうなじがたまらなくってな、ほれ、今で言うところの萌え~っちゅうやつかのぉ。
最近ワシな、めいどカフェちゅうのにハマっとってな。
今日も秋葉原のメイドリームちゅうめいどカフェに行っとったんじゃが……、ん?、その話はいらないじゃと?
まあよいわ。
当時はワシもまだまだ若かったからの、そりゃあぶいぶい言わせたもんじゃ。
ワシはやぐらの上で太鼓を打っておってな。
こう、やぐらの上から覗くとな。
色とりどりの浴衣がまるで花のように見えてな。なかなか幻想的な風景なんじゃよ。
老いも若いも皆笑顔。
その中心で音頭を取るっちゅうのがワシの自慢じゃった。
あれやな、デスコのでぃーじぇいっちゅうのもそういう気分なんじゃろな。
まるで自分が世界の中心にいるようじゃった。
ホンに楽しかった。
素人目にはわからんじゃろうが、打ち手にはそれぞれ得意な技があってな、燕返しに大蛇、無双スペシャルなんて技もあってな。
構えから振り下ろし方まで十人十色じゃ。
さて、あれはいつのことだったかのう。
祭りで気になる娘がおってな。
ワシも今は老いぼれじゃが恋もしたもんじゃ。
その娘は白くて細くてそりゃあベッピンやった。
わしはやぐらの上からそのベッピンさんを眺めておったんじゃ。
今も昔も変わらんのじゃが、大体ベッピンさんの横にはへちゃむくれがいるんじゃな。
ありゃなんでなんじゃ?
永遠の謎じゃ。
まあとにかくワシは気づいてもらいたい一心でがむしゃらに太鼓を打っていたんじゃ。
太鼓仲間も驚く程エキサイティングにじゃ。
するとベッピンさんはこちらを見上げてにっこり微笑んだんじゃ。
天にも昇る気持ちっちゅうのを初めて知ったわ。
すぐ仲間にバチを渡して無理やり交代させてワシはやぐらから降りたんじゃ。
知っとるかもしれんが、あの頃男女交際は不良扱いじゃったからな。
冷ややかな目で見られたわ。
ところがどっこい、ワシはベッピンさん達とすぐ打ち解けた。
へちゃむくれとは別に話したくもなかったが、むげにするわけにも行かず三人でな。
彼女らはとなり町の女学校の生徒達じゃった。
へちゃむくれ曰く今年はここいら一帯の夏祭りを制覇すんのよーっ!とのことで気合い充分じゃった。
一人でやれ!へちゃむくれ!
と心の中で叫びつつもワシは次の日にも近くで祭りがある事と自分も太鼓を打つから来たら会おうという事を伝えたんじゃ。
で、そこでメアド交換でも出来れば良かったんじゃが、50年早かった。
あの時代に携帯があったらなぁ。
今の時代はホンに楽におなごと知り合える幸せな時代なんじゃぞ。
去年からワシも出会い系っちゅうのをやっとるんじゃが、ありゃあええもんだぞぉ……
…、なんじゃ?その冷ややかな視線は。
おっほん!んで、次の日、祭りに二人は来たのじゃ。
ワシは大喜びじゃった。
格好いいところを見せようと太鼓を打ち狂った。
ドドンガドン、カカカッカのリズムを基本に様々なバリエイションの技を入れて凄いだろアピールをしたんじゃよ。
ドドンガドンのドドンの後に外バチを一つ入れてドドカドドン!!
さらにカカカッカをキャンセルしてドンドカッドを入れるとドドカドドンドカッド!!
さらに息もつかせずカッドドカッドンドンをぶち込むと、
ドドカドドンドカッドカッドドカッドンドンとなるわけじゃあ!!
はぁはぁはぁ……、熱くなってしまった。
っておい!どこを向いとる!話を真剣に聞けい!!
で、なんの話じゃったかのう……?
おお、そうそう、ベッピンさん達が次の日にも来てな。
またワシらは話をしたわけじゃ。
ベッピンさんの桜色の浴衣から伸びる手が驚く程白くてな。
提灯の光に透き通ってしまいそうな程じゃったんや。
今思えばその時には相当進行しとったんじゃろうな。
現代医学からしてみればなんてことのない病気じゃさ。
じゃが、当時は薬なんてもんはなかったからのぅ。
へちゃむくれは日に焼けたパンパンのほっぺたで一生懸命笑っておった。
友人の最後の夏を楽しんでもらいたい一心だったんじゃなかろうか。
その次の祭りにも二人は来た。
東京は7月が盆じゃからな。
7月二週目くらいからは祭りがちらほら始まって8月末くらいまでは祭りだらけなんじゃ。
広場、公園、神社とありとあらゆる場所で盆踊りは行われるんじゃ。
戦後の鬱憤を晴らすよう皆踊り狂った。
熱い、熱い夏じゃった…。
ワシももちろん太鼓を打ちまくった。
手のひらは潰れた豆だらけじゃ。
ベッピンさんとへちゃむくれは祭りのほとんどに来た。
ワシらは仲良し小良しになったというわけじゃ。
ワシも段々と自分の恋心に気づいてな。
その年最後の夏祭りでベッピンさんに告白をする決心をしたんじゃ!
ん?なんじゃ?
どうせフられたんだろって?
バカモン!
当時わしゃモテモテじゃったぞ。
幾人もの女性とのひと夏のアバンチュールに燃えに燃えとった。
なんじゃその疑いの眼差しは?
ほんとじゃぞ!!
めくるめく何人もの女がワシの股間を駆け抜けいった。
ん?なんじゃ?
誰がじゃ!!
誰がエロジジイじゃ!!
全く最近の若いもんは年寄りを敬うことも知らんのか…。
ん?じゃあ告白は成功したのかと?
うぅむ、残念ながら…。
ち、違うぞ!フられたわけではないんじゃ!
告白すら出来なかったんじゃ…。
いくじなし?
違う!
神社にベッピンさんは来なかったんじゃ。
へちゃむくれだけが来たんじゃよ。
へちゃむくれはその日は浴衣姿ではなくてな。どうもそわそわしておるんじゃよ。
ワシはやぐらの上でへちゃむくれに気づき例によって仲間に太鼓を押し付けて地上へおりた。
今日は一人なの?
そう聞くとへちゃむくれがワッと泣き出してワシに抱きつきよった。
ワシは何が何やらわからずボケッと突っ立っておった。
サチが、サチが死んじゃうの!
そう言ってポロポロと涙をこぼすんじゃよ。
サチっちゅうのはベッピンさんの名前な。
で、ただならぬへちゃむくれのボロ泣きにワシも慌てて何があったか聞いたんじゃ。
へちゃむくれは嗚咽混じり全て話してくれた。
ベッピンさんが病気だった事、
実は余命幾ばくかだった事、
ワシと出会って太鼓の魅力を知ったという事、
わしの太鼓を楽しみにしていた事、
入院しても権蔵くんの太鼓の音聞こえるかなと笑っていたという事。
一昨日意識がなくなってこの神社から歩いてすぐのその病院に入院した事、
そして、現在危篤だという事。
へちゃむくれはへちゃむくれの顔をもっとへちゃむくれにして泣いておった。
泣きながらワシにこう言うんじゃ。
お願い、病院に行ってあげてと。
ワシは脳天が割れるほどショックを受けた。
すぐ法被を脱いで駆け出した。
しかしすぐ立ち止まった。
無い頭で考えたんじゃ。
ワシが今病院に行って何が出来るのかと。
何も出来ない。
そもそも何処の馬の骨かも知れぬワシをご家族が病室に入れてくるかもわからん。
じゃあ、今の自分に何ができる?
今の俺には太鼓を打つことしか出来ないんだ。
『俺が打たなきゃ祭りがはじまらねえ』
ワシは脱ぎ捨てた法被に腕を通した。
やぐらに登った。ワシに太鼓を押し付けられていた仲間はひぃひぃ言って太鼓を打っていたがワシが戻ってくると太鼓を譲ってくれた。
バチを握り締める。
ここからだったらベッピンさんが入院している病院まで太鼓の音が届くかもしれない。
神社から病院は近かったんじゃ。
太鼓の前に立つ。
下界ではへちゃむくれがうつむいている。
いくぞ。
大きく足を開いて構える。拡声器から雑音交じりの曲が流れ始めた。
最近はやり始めた炭坑節。
ひとつ息を吐いて思いっきり太鼓を打ち抜いた。
そのまま力いっぱい打ち続けた。
汗と涙が頬をつたう。
聞こえるか、この太鼓の音が。
たとえ腕が千切れても君に届くまで打ち続けてやる。
ワシはそんなことを思いながら太鼓を一心不乱に打ち続けたんじゃ。
祭りが終わった時、わしの手のひらは血だらけになっておった。
無理な演奏と力みが原因でいくつもの豆がつぶれて皮がはがれておった。
祭りが終わり人気の無い神社でへちゃむくれは泣きながらありがとうありがとうと何度も繰り返した。
ベッピンさんが亡くなったのを知ったのはそれから数週間後だった。
へちゃむくれがどうやって調べたのかワシの家まで伝えにきてくれたのじゃ。
ワシはそうかと言ってひとつ息をついた。
ひぐらしが鳴いておった。夏は終わったんだと、そう思った。
あれからウン十年じゃ。
ワシがそのへちゃむくれと結婚してしまったんじゃからベッピンさんも天国でびっくりしとるじゃろ。
たぶんベッピンさんが死んじゃったショックで美的感覚がおかしくなったんじゃろな、ワシ。ウッシッシ。
ん?奥さんを見たいとな?、へちゃむくれをか?
残念じゃが無理じゃよ。一昨年に亡くなった。
今頃天国でベッピンさんとボウリングでもしてんじゃないかのう。
晩年は老人クラブで毎週ボウリングしとったからのう。
おっと、もうこんな時間か。
悪いのう。予定があってな。
祭りがあるんじゃよ。近所の小さい公園での盆踊りじゃが。
ワシみたいな老いぼれでも必要としてくれるならワシはどこでも行くぞ。
それに、太鼓が好きじゃからな。
よいしょっ、さて、天国のばあさんとベッピンさんに太鼓の音を聞かせにいこうかの。
フォッフォッフォ、天まで届け炭坑節ってな」
完。