5.少年ノ思イ出
いつもと少し変わって日陰の過去話です。
咲音と日向は少しだけしか出てきません。
流血というか・・・なシーンが久しぶりにありますのでご注意ください!
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幼い頃に両親を亡くした少年は、神子の元で暮らすことになった。
少年は自分の名前も家も忘れていた。
神子はそんな彼を見てこう言った。
「あなたに名を与えましょう。あなたの名は“日陰”。目立たなくとも人々の支えになれる優しい子」
少年――日陰は神子の元で成長していった。
そして、日陰が10歳になった日。
彼は神子に呼び出された。
「私もそろそろ次代の神子を見つけなければなりません」
「神子をですか?それなら光や葵が選ばれそうですね・・・あ、もしかしたら夏かも・・・・」
全員集落で有名な少女の名だった。
ぶつぶつ呟く日陰を見て、神子は言った。
「そうですね。でも私はあなたが神子になれば良いと思うのです」
日陰は耳を疑った。
神子がそんな事を言うなんて。
「・・・ご冗談を。俺は男です。神子にはなれませんよ」
笑って答えると神子も小さく笑って、
「そうですよね」
そう言った。
神子が出て行った後の部屋。
日陰は神子の言葉を考えていた。
「俺が神子になったら・・・・」
もしも。
もしもの話だ。
俺が神子になったら・・・。
苦しむ人を助けられるだろうか。
術で集落を安全にできるだろうか。
幸せに、なるだろうか・・・・。
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ふと気がついたら、床に座っていた。
「あ・・・寝てたんだ」
ゆっくり立ち上がり、日陰は隣の部屋に入った。
「おはようございま・・・す・・・神子・・・・!?」
語尾はだんだんと小さくなっていった。
目の前の光景が信じられなかった。
「神子っ!しっかりしてください!」
部屋の真ん中に広がる血だまり。
その中心に神子は倒れていた。
背中には刀が刺さっていた。
「神子っ!神子・・・・誰がこんなことをっ!」
叫びながら駆け寄る日陰の耳に、神子の微かな声が聞こえてきた。
「すみません・・・少し油断をしていました・・・。私は・・・もう・・・時間が無い・・・」
「喋らないでください!傷が!」
傷口が広がり、新たな血が日陰の腕を、服をそして神子を濡らした。
苦痛に顔を歪めながらも神子は言葉を紡ぐ。
「どうか・・・この集落を・・・守っ・・・て・・・私の・・・愛しい・・・」
“日陰”
その言葉は紡がれることなく、神子は力尽きた。
「神子・・・・神子ぉぉぉぉ!」
その亡骸を抱え、日陰は泣いた。叫んだ。
日陰にとって、神子は母親だった。
唯一の家族を亡くした悲しみに彼は我を忘れて泣いた。
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「私が先代の跡を継ぎ、神子となりました」
半年後。
日陰は集落の重鎮が集まる会議に出席していた。
そして、神子に選ばれたことを報告した。
場は騒然となった。
それもそのはず。
神子といえば女性。
集落の人間はそう思っていた。
そこに男が選ばれた。
にわかには信じられない。
「何か、証拠はあるのか!?」
そう問われ、日陰は、
「これが証拠。血の模様です」
自分の左手の甲を見せる。
そこには複雑な模様が刻まれていた。
「・・・これはまさに先代と同じ模様!」
「本当にこの男が神子なのか!?」
重鎮達はゆっくりと頭を下げた。
「神子様・・・・どうかこの集落を良き方向にお導きを」
これで。
これでいいんだ。
頭を下げる重鎮達を見ながら、日陰は心の中で呟いた。
会議の場から帰る途中、日陰は池の畔に立ち寄った。
「・・・・」
感情の無い目で手を水に浸す。
水に濡れたところからじんわりと、
手の模様が消えていった。
そう、この模様は偽物だ。
彼は偽りの神子になった。
神の怒りを買うような所為だ。
でも、日陰にはそんな事を考える余裕なんてなかった。
あの人の望みのままに。
あの人の集落を守る。
それだけが彼を動かした。
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池の畔に神殿と呼ばれる場所がある。
神子が神意を尋ねる時に使う場所だ。
「我はこの地におわす五柱の神々に仕えし神子。万物を統べる神よ。我の前に姿を現したまえ!」
水晶の前で、日陰はそう唱えた。
本物の神子じゃないから現れないんじゃないか。
そんな心配もあったが杞憂に終わった。
『何用だ。偽りの神子よ』
ばれている。
日陰は流石に焦ったが、それは顔に出さず、
「やはりおわかりですか。そうです。私は偽りの模様を持つ神子です」
努めて冷静に答えた。
『我らの意志に背くなど、どのような罰を受けても文句は言えんぞ』
罰。
それはただの罰では無いだろう。
予想もできない。
怖かった。
それでも日陰は負けるわけにいかなかった。
「どのような罰でも受けましょう。しかし、それは私の命が終わる時にしていただきたい」
『何故今すぐではない?』
「守る為。あの人の望むように、集落を守る為です」
何て勝手な理由だろう。
答えてから日陰はそう思い、自嘲気味に笑った。
それでも譲れない。
「一人の俺を救ってくれたあの人の為ならば・・・・私は何にだってなりましょう。亡霊にだって、化け物にだって」
この思いだけは。
『おもしろい理由だ!今は罰を与えないでいよう。皆もそれでよいか?』
神が問いかけると他の神から賛同の声があがる。
『偽りの神子よ。お前への罰は【大切な者を失う】事。罰を与えるのはいつになるかわからない。明日かもしれないし、死ぬ間際かもしれない。それでもお前は、神子になるか?』
神子になるか?
そんなのは愚問だ。
「なります。この先、何を失うことになっても」
日陰は水晶を真っ直ぐ見つめ、答えた。
『良い覚悟だ。お前に血の模様を与えよう・・・異界にいる半身にも』
神が術を唱えると、日陰の手が光って模様が刻まれた。
先代の神子の物とは少し違った。
『お前は偽物だからな。誰かにばれたらそれまでだ』
神は最後にそう言って、それっきり話しかけてこなかった。
やっと手に入れた。
試しに、
「木、火、明かりをともせ」
日陰が唱えると、松明に明かりがついた。
あの人の為の力・・・【本物】の神子の力。
もう、俺の物だ。
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こうして日陰は正式に神子となった。
集落の大体の人はそれを認めてくれた。
でも。
「お前が神子だなんて災いを招くに決まっている!」
「今年は雨が少ない・・・神子のせいだ」
「お前が・・・」
「お前のせい・・・」
そんな声も聞こえきた。
夜に外に出て、殺されかけた事もあった。
集落の人達には敬遠された。
日陰は独りだった。
その寂しさを紛らわすかのように、日陰は神子として暮らした。
もっと完璧に。
真実を見極めて。
あの人のように、立派に。
みんなに認められる神子に。
「オマエノセイダ」
その言葉はもう、聞きたくない。
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「・・・・!」
日陰は突然身を起こした。
背中を汗が伝っていく。
左手には微かなぬくもりがあった。
横を見ると、咲音が驚いた表情のまま固まっていた。
「おはようございます。咲音さん」
「お、おはようございます・・・・」
あ、もしかして・・・。
「・・・あなたが手を握っていてくれたのですか?」
「は、はい・・・何だかうなされていたみたいなので・・・」
「そうですか・・・」
久しぶりに【見て】しまったからだろうか。
昔の思い出を。
日陰は横に座る少女と少し離れた場所で寝ている少年を見る。
神の罰はどうなるかわからない。
でも、2人だけは。
俺の心を開いてくれた2人だけは失いたくない。
・・・そんなことを思う俺は、勝手だろうか。
まあ、それは別にいい。
勝手なのは今に始まったことじゃない。
あの日、神に宣言した日から俺はずっと勝手だっただろう?
罰を受けるのは、やり遂げた後だ。
そんなわけで日陰の思い出でした。
いつもより2000字くらい短いですが・・・長いです。
本当は土の神の神殿に行く途中に入れるはずでしたが・・・入りきらない(笑)
ということで分けました。
次回はちゃんと神殿に行きます!
是非ご覧下さい!