PART2
アスィカ王国で幸せに暮らす王女リュシア…。
しかし幸せは長くは続かなかった…。
平和な日々に影が差すのは、本当にあっという間だった。
アスィカ王国は小さいが豊かな国で、よく周りの国から狙われていた。しかし、地の利を生かして戦う自慢の騎兵隊のおかげで、なんとか国を守れてきたのだ。
しかし、東の大国ダイランにかかれば、小国アスィカを攻略する事など簡単なことだった。 ダイラン帝国が攻めてきたとき、アスィカ王国には為す術もなかった。
ダイラン帝国は当時勢いづいていた国で、小国をどんどん吸い込み、領地を広げていた。
アスィカ王国もその標的になってしまったのだ。
もうすでに美しい城は燃え始め、王の一族は僅かな兵と侍女だけを連れて逃げ出した。
リュシアは今になっても鮮明に思い出す。この日の悪夢を…。
父様も母様も、いつも陽気なガナー隊長でさえ馬を風のように駆けさせて急いでいた。
まさか自分の永遠だと思っていた幸せが、こんなに呆気なく遠ざかっていくとは本気で思っていなかった。どこかに残された希望があるはずだ、と子供らしいポジティブな考えで期待していたのだ。
私は速駆けする馬に乗った母様に必死にしがみついていて疲れていたし、辺りは暗くなってきて、恐ろしかった。
もうすでに、沢山いた従者達は半数以上減ってしまった。
護られる立場の自分たちは、そのような従者達を見捨てて行かなければならない。見知った顔の人が知らないうちに消えてしまうのだ。
精神的苦痛と肉体的苦痛が合わさって小さな私には限界がきていた。なにしろまだ10歳なのだ。
気のせいだろうか。微かに周りから馬の足音がする。周囲の大人たちも慌ただしくなる。
いつも冷静な母様でさえ今は硬い顔をしている。父様やガナー隊長と意味ありげな目配せをして、急に馬から降りた。
不安げな顔で見つめる私も母様は抱きかかえて馬から降ろした。
すると、母様は私としばらく目を合わせ、笑顔で言った。
「リュシア…母様達はこのまま行きます。あなたはここでしばらくじっとしていなさい」
私は子供なりに察して何も言えなかった。でもどうしても訊いておきたいことがあった。
「また会えますか」
震える声で言った。今度は父様が、あの威厳のある厳しい父様が、優しく微笑んで答えた。
「会えるとも。だがずっと先だ。それまで、この私の娘だということを誇りに、気高く生きてゆきなさい」
母様が背の高い草むらの中に食料や衣類など(服は変装のために粗末な男の子用の服だった)を上手く隠して、別の草むらに私を押し込んだ。
「よい人生を」
母様が囁いた。私はただその顔を見つめていた。
私だって一緒に行きたい。
「生きなさい。独りを畏れてはなりません」
私の想いを母様は理解してくれているのだ。でも、突き放すように言い残して、馬に乗ってしまった。
ガナー隊長は厳しい顔で辺りを見回し、私に一礼すると、父様の横に馬をつけた。
父様が静かに目を閉じて、深呼吸してから呟いた。
「行こう」
草が頭の上に被せられているので動くことはできないが、遠ざかっていく蹄の音は耳にうるさいほど響いた。もちろん心にも。
泣きたい気持ちだったが、泣くわけにはいかない。見つかってしまうし、一国の王女がそんなようではいけないのだ。父様の言葉を繰り返し思い出した。
母様達と共に行けば良かった。言葉に出来ないほど悲しい。でも、皆が遺してくれた希望を勝手に捨てることは許されない。
泣くのは止めよう。生きなければ、独りで。
ただうずくまって私は最初の独りの夜を過ごした。
ケータイ投稿ですので暇なときにちょくちょくアップします。しかし一回一回短いですので、気長にお付き合い下さいませ。