優しさと絶望
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その日の午後9時過ぎ、今日初めての食事が提供される。
あの左側にあった枠が開いて、その光が見えない奥から、ステンレス製のテーブルと共に、食事が出される。
メニューは、鉄板に乗った、見た目はごく普通のハンバーグステーキで、副菜もあり、ご飯もある。
お腹はかなり空いていたが、恐るおそる、そのハンバーグを箸で口に入れると、予想していたものとは違い、かなり美味しい。
思わず笑みがこぼれる。
そこから貪るように、その提供された料理を口に運んだ。
すべてきれいに食べ終えると、テーブルと共に、残った食器が再び回収される。
聞こえるのは、そのテーブルを収納するためのモーターの音だけで、人の気配は感じられない。
それでも、人の三大欲求といわれる食欲が満たされると、もう一つの睡眠欲により、気がついたら眠ってしまっていた。
♢
そこから数時間が経過して、奏玲邦は、お尻の痛さで目が覚める。
腕時計を確認すると、3時過ぎだ。
ずっと電気の灯りが付きっぱなしだが、夜で間違いないはずだ。
あんな料理が出てきたなら、必ず調理した人間はいたはずだ。
ここで本当にあのアニメキャラクターが生成AIなのか、大声で叫んでみる。
「ちょっと、居るんでしょ! 出てきなさいよ!」
すると、期待とは反対にモニター画面が点いて、「ごじゃる丸」が出てくる。
「はい。なんでごじゃるか」
てっきり、裏で人が操作しているものだと思っていた。
「あなた、寝ないの?」
「なにを言っているでおじゃるか。AIは寝ないでおじゃる」
当然の答えが返ってくる。
「そ……そうよね」
「それで要件はなんでごじゃるか」
無機質に聞いてくる。
「す……座っているところが硬くて、お尻が痛いわ」
とっさに、その事実を伝えた。
「わかったでごじゃる。少し待つでごじゃる」
そのわずか1~2分後、テーブルに柔らかいクッションが乗せられて出てくる。
「これを使うでごじゃる。あとはよろしいかな?」
「えっ、ええ。あとは大丈夫よ」
「それでは、良い睡眠を」
モニター画面は再び消える。
そこから、また数時間が経過して、もうすぐ朝の6時になろうという時間に目が覚めて、今度は便意を促してきた。
誰もいない空間なのに上下左右を見渡す。
カメラのレンズを2・3度チラ見して、便座カバーを上げると、排尿のときと同じ様にして、ストッキングと下着を下ろす。
次に、ジャケットを脱いで、カメラのレンズに掛けようとしたが、首輪がされている為に、ドアノブと同じく手が届かない。
しょうがなしに、ジャケットを両手で持って、カメラのレンズ前にかざして自分の姿を隠して、その態勢で用を足した。
そのときの音が、トイレ内に響く。
慌てて、音を隠す為のメロディーのスイッチを押した。
隠していたはずの顔は露わになり、更に恥ずかしさが増して、顔を下げて隠す。
タレント時代は、嫌なことは罰ゲームであっても断ればよかったが、この生理現象だけは止められない。
「出してー! 早く助けてーー!」
そう大声で叫んだ。




