女性国会議員公開監禁事件
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
ある日の深夜、元タレントの野党第一党の元党首であり、14年前は与党政権の大臣でもあった女性議員が、黒塗りの公用車で帰宅直後何者かに突然拉致された。
その女性議員は、議員宿舎ではなく都内の戸建ての自宅に住んでいたのだが、夫とは4年前に離婚して、2人の子どもも立派に成人して、現在は同居をしていなかったので、完全に一人暮らしだった。
バッグから玄関の鍵を出した直後、突然背後から頭に黒い布の袋が被せられると同時に、腹部にスタンガンを当てられて、その強力なショックに気を失ってしまった。
目を覚ますと、少し縦に広がるトイレに監禁されていた。
両手足は縛られてはいないが、首には3mmほどの細いワイヤーで首輪がされていて、その先がしっかりと手が届かない高さで後ろの壁に固定されており、どんなに手を伸ばしてもドアノブにはまったく手が届かない。
そのドアには、30インチほどのモニターが取り付けられていて、自分の目線の高さに動画カメラのレンズがある。
「ちょっと! こんなことして、ただで済むと思ってんの! 早くわたしを出しなさい! わたしを誰と思ってるわけ!」
そうヒステリックに叫んだが、物音一つしない。
「ほら! 開けなさい! 早く開けなさいったら!」
そう叫んでも、虚しく自分の声が響くばかりだ。
すると、モニターの画面に、現在監禁されているリアルタイムの自分自身の姿が映し出される。
「ちょっと!? なんでわたしが映ってるわけ!? どういうことよ!?」
モニター画面に映っているのは、白いスーツを着た上半身の姿だ。スカートを穿いた下半身は映されていない。
「初めまして、奏玲邦参院議員。拙者は、ごじゃる丸でごじゃる」
モニターのスピーカーから、明らかなAI合成の声が流れる。喋り口調から、どうやらなにかのキャラクターを模しているようだ。
奏玲邦は、名前の通り、台湾人の父親と日本人の母親とのハーフで、日本国籍を選択したとしている。
国会でも自身の二重国籍問題が取り沙汰されたが、5年前に黒塗りだらけの戸籍謄本のコピーを提出したことで、一応の決着をつけた。
「ふざけないでよ!? あなた何者!?」
「先ほど申したとおり、ごじゃる丸でごじゃる。これからあなたのお世話をさせていただくでごじゃる」
生成AIで合成された音声が、なんの感情もなく答える。
「ふざけないでよ!? 顔を見せなさい! 顔を!」
その玲邦議員の要求に答えるように、モニター画面に「可愛らしい平安貴族の子どもを思わせるアニメキャラクター」が映し出される。
「ふざけないで!? ただのアニメじゃない!?」
「ふざけてないでおじゃるよ。これが拙者の顔でござる」
「だから、あなたの裏にいる人の顔を出しなさいよ! どうせ居るんでしょ!?」
「一つだけ、先に言っておきたいごじゃるのだが、あまり興奮されて目の前のカメラを壊さぬようにご注意願いたいでごじゃる」
「どういうことよ!?」
「これはあなたの生命線になるでごじゃる」
「意味がわからないわ!?」
「あなたが現在見られている、あなた自身の画像は、世界中のあらゆるサーバーを経由して、7つのチャンネルで同時中継されているでごじゃる」
「だから、それがなんだっていうのよ!?」
「あなたが目の前のカメラを壊したり、チャンネルのプラットフォームからBANされてしまえば、あなたの安否確認は外からは誰もできなくなるでごじゃるよ。そこのところ、くれぐれもおねがいするでごじゃる」
「食事は1日3回きちんと提供させていただくでごじゃる。但し……」
生成AIの音声は、ここで一旦途絶える。
「但し? ちょっと但しって、なによ!? 早く言いなさいよ!」
奏玲邦は、苛立ちを押さえられずにヒステリックに喚きたてる。
「では、こちらを見るでごじゃる」
モニター画面に、『ジェイクロスハート』というNGO団体のホームページが映し出される。
「玲邦議員。あなたも役員に名を連ねている世界中の貧しい人たちへの善意ある支援団体『ジェイクロスハート』で、あなたへの支援を募るでごじゃる」
「そして、その毎日の寄付金額に応じて、食事の内容を決めさせていただくでごじゃる」
そう言われても、奏玲邦は、すぐに意味を理解することは出来なかった。
「どうやら、あまり意味を理解できていないようでごじゃるな」
「あなたをそこから救い出す方法は、ただ一つ。人々からの善意ある寄付だけでごじゃる」
「寄付された金額は、ジェイクロスハートで好きに使っていいでごじゃるよ」
つまりは、身代金目的の誘拐ではないということだ。
「但し、ジェイクロスハートには、その為の専用口座を作ってもらうでごじゃる」
「そして、毎日の寄付金額をそちらのホームページで、午後8時に必ず預金通帳の金額を見せて公開するでごじゃる」
「これで、おわかりいただけたでごじゃるか」
つまり、このSNSでの拡散は、全世界に個人への寄付を募るということになる。
「但し……」
「ちょっと、まだなにかあるわけ!?」
「但し、企業や団体からの寄付は金額に関わらず、一切お断りするでごじゃる。これを守らなかった場合は、玲邦議員はそこで終わりでごじゃる」
「もちろん、通帳の記載を確認して、あまりにも不可解な寄付金額があった場合も終わりでごじゃる」
奏玲邦は、この狂気の内容に身が震えた。
「では、玲邦議員。カメラの向こうのみなさんに、自ら寄付を募るでごじゃる」
「まずは自己紹介をするでごじゃる」
「大丈夫でごじゃるよ。玲邦議員は、前回の選挙の比例代表で、33.9万票の投票があったでごじゃる」
「そうすれば、一人あたり1000円の寄付でも、3億3千900万円でごじゃる。これが一人あたり1万円の寄付なら、33億9000万円の寄付でごじゃる」
奏玲邦は、このあまりの金額を聞いて、恐怖を覚えた。
この金額は、一人の身代金の額としては大きすぎる。いや、これは身代金を指した額ではない。
「では、まずは自己紹介するでごじゃる」
奏玲邦は、ここで覚悟を決めた。
これが一人あたり100円だったとしても、33.9万人から寄付がもらえたなら、3千390万円だ。
これなら、この犯人たちも、自分を解放してくれるに違いないと、そう確信した。
「野党第一党の参院議員の奏玲邦です。みなさんにお願いがあります」
「こんな私如きの為になんなのですが、今後の政治を新しく変えていくためにも、一人100円の寄付をお願い致します」
「みなさまの清き寄付をお願い致します」
そう言い終えたところで、モニター画面は消えた。




