第8話『ねぇ知ってる?最近の小学生は授業にタブレット端末を使ってスライドまで作っちゃうんだよ』
この事実を知ったとき絶句しました。時代の流れって残酷ですね。
シェンと糸哉が出会ってから、まだ二年ほどの時しか流れていない。それでも二人は密度の高い時間を共にしてきた。
「――そんな大した出会いでもないんだけどね。シェンは僕の父さんの知り合い……後輩にあたるんだっけ」
「ん」
「僕がゲーム実況やりたいって言ったら父さんがシェンを紹介してくれたの。で、モデレーターやってくれる代わりに僕がこの家の家事炊事を担当してるんだ」
「え!?テディ凄っ!」
「いや全然。最初は給料出せなくて、やっと払えるようになってもシェン五万しか受け取らないし……」
「小童から十万も貰えるか」
「おー。金に困ってない人が言う台詞じゃん……!」
「ねー。シェンはカッコいいんだよ?SNSと動画拡散の力が巧みすぎて……最初に投稿した動画が一日で十万再生を突破したのもシェンの力があったからなんだよ」
糸哉はチャンネル登録者数に無関心な敦斗に『諸君!これがプロである!!』チャンネルの飛躍は、シェンの手腕によるところが大きいと話す。そしてこの急成長の真実を視聴者には明かしていないことも。
「動画が良いから伸びたとも言えるけど……かなりイレギュラーだから。ホットが他の実況者を知らないなら猶更、普通の基準だって思わないでほしい」
「シェンのお陰……分かった。これプロってそんな特殊なんだ」
「暇なときこれプロで検索してみー。どんだけ例外か分かるで」
シェンは神を味方につけたらそうなるよなと独り言ち、一服を求めて自分の部屋にこもった。
「シェンって何者?まだ全然分かんない……」
「こんな部屋に住めてるのは若い頃からプログラミングとか株とか投資とか……色々やってたらいつの間にかここが買えるくらいお金が増えてたんだって」
「だからネット界の神かー」
「うん」
――他にもホワイトハッカーとクラッカーと情報屋と……ダークウェブもシェンにとっては庭だってことは黙っておこう。
糸哉は法的にグレーまたはアウトな部分を隠し、敦斗と夕方まで受験勉強に取り組んだ。
☆彡
季節は流れ、周囲の景色が静かに秋へと移り変わった今日この頃。糸哉と敦斗のクラスは総合時間の五時間目と六時間目を使って修学旅行先の事前学習を行っていた。
堀蔵小学校の六年生は毎年、二泊三日で修学旅行に出かける。行き先は三大都市の一つである名古岡と日本一高い山があることで有名な軽井梨。行き先や目的の理解を深めるため、班ごとに一つの見学先を決めて調べるのが恒例となっている――が。
「先生。何で修学旅行の班は自由に決めていいにしちゃったんですかー」
「修学旅行くらいは好きな友達と組ませてあげたくて……部屋は出席番号なんだからその、余計にね?」
「その優しさが争いを生んでますよ……気づいてください。敦斗と同じ班になりたい女子たちが散らしている火花に」
他の六人班は男子と女子で固まっている中、敦斗と糸哉だけ女子四人と組まなければいけない状況に陥ってしまった。
「もう一度聞くけど、少ない男子の班にお邪魔するくらいだったら女子と組むでいい?」
「はい。そっちの方が不和が生じないんで」
「テディ俺の意見は!?」
女子に囲まれても耳がいい敦斗は糸哉と先生の会話に堪らずツッコむ。そんな目に見えて困っている彼を置いて、糸哉は譲る気のない狩人たちにじゃんけん大会を提案するのだった。
「いやー予想通り揉めた揉めた。今でコレなら中学はどーなってんだろ。めっちゃ面白いね」
「どこがだよ馬鹿。勝った四人全員さぁ……告白断っても諦められないっつってバレンタインチョコくれる子なんだよ。すっげー気まずい」
「強いなー。まぁいいじゃん。きっと行ったらそんなの忘れて楽しめるよ」
糸哉と敦斗の班はテーマを久能山東照宮に決め、タブレット端末を開いた。まずはインターネットの情報を整理した上でプレゼンテーションソフトを開き、資料を作成。そして写真や地図、各々が収集したデータを順番にまとめ、発表まで行うことが事前学習の一連の流れである。
「テディ。このサイト更新日が三年前だから情報が古そう」
「じゃあ公式サイトのページをメインにしよう。写真もわかりやすいし」
二人は画面を切り替えながら複数のサイトを見比べ、信頼できる情報かどうかを確かめ合っていく。資料作成の時間になると担当の糸哉はプレゼンテーション作成ソフトを開き、色や写真の配置を相談し始めた。
「この写真もう少し右に寄せて」
「えータイトル黒?明るい色の方が可愛くない?」
「うんうん……」
――マウス使いたいし気を抜くとサムネ寄りのデザインになる……!
PC作業に慣れ切っている糸哉は女子の細かい指摘をどうにか乗り越えてタップ音を重ねる。少しずつ形になっていくスライドに敦斗と班の女子は目を輝かせた。
「えーもうかなり出来てるじゃん!」
「テディ君スライド作るの上手いね!」
「慣れてるの?」
「中学生みたい!」
女子四人の褒めを笑顔で流し、糸哉は発表担当の敦斗に目線を送る。
「じゃっ後は任せた!」
「くそー。俺もスライド担当にしとけばよかった……」
クラスメイトと意見を交換しながら、楽しみつつ修学旅行への期待を高めていった。
☆彡
「――楽しかったよ。富士山の五合目でトレッキングしたり、信玄餅工場見学したり……あ、送ったお土産は工場で買ったのと、焼きそばはSAで……え?だってキーホルダーやポストカードよりは食べ物の方がいいじゃん。残る物は写真で我慢してよ。カメラマンが撮ったのも来週送るから」
糸哉は父のミラーレスデジタルカメラで撮った写真を見返し、ほぼ班のメンバーと敦斗としか撮らなかったなと内心で呟く。だが通話相手はリニア見学センターに興味を示していた。
「うん凄かった。最初にパンフレット配られたんだけどホットのだけ英語版で……そんなミラクルある!?って笑いすぎて解説員さんの話最初の方全然聞いてなかった。色々展示あったけど、やっぱ小型リニアに乗ったのが一番かも」
糸哉は話しながら敦斗と買った記念メダルをいじる。
「ホットはどこでもモテてたなー。班の女子が一番ヤバかったけど。自由行動の時と他クラスの合同行動の時は色んな女子がホットのとこ来たし。バスガイドさんもクイズ出す時何度もホットに目線送ってて……いや僕はそーゆーのない。信玄餅工場で最終日だからお金ないって絶望してた女子に信玄餅ソフト奢ったくらい……ホットと同じこと言わないでよ。僕も一口だけなら食べてみたかったから買っただけだって」
ヘッドホン越しに好奇心で弾む声を聞き、糸哉はカメラをオフにして顔を隠す。それを照れ隠しだと解釈したのか、彼女は遠慮なくその女子の話に踏み込んできた。
「うざい……まぁ見る機会はあと十二月の学習発表会と卒業式しかないけど。どっちもは無理じゃない……」
糸哉は『運動会だって許可が下りなかったのに』と言いそうになった口を閉じる。小学生最後の運動会だったこともあり、彼女の落ち込みようは相当なものだったからだ。こちらが皮肉交じりの冗談を言えないほどに。
「……うん。流石に卒業式は――って信じたいね。もし来れたら教え……るかは別とし、あーもう声デカいよ。じゃあまたね……母さん」
通話が終了した後も、右のモニターには写真のデータがそのまま表示されていた。糸哉は敦斗と三保の松原で撮った写真を見つめ――
「綺麗だな……やっぱり、好きだなぁ……」
――逃げ場のない現実に畏れを抱いた。
☆彡
陸上記録会、学習発表会と二学期の行事を終え、終業式まであと一週間となったある日。敦斗は冬休みに会おうとする女子の集団を振り切って糸哉と二人で帰る。
「テディはクリスマス何かするの?」
「あー。また後で話す」
糸哉は基本、実況活動の話を外でしない。敦斗はこれプロの予定を察して話題を冬休みの宿題へと切り替えた。そして数十分後。
「『らむらす』とコラボ配信!?テディがよく一緒にゲームやってる人だ!」
「よく誘ってくれるんだよねー。まだ歴が浅い僕にはありがたい存在だよ」
敦斗はまだ公表されていない情報を通話で先に聞いた。
「らむらすとどんなゲームするの?サトナ?ウェルテックス?」
「おにぎり屋さん」
「は?」
「おにぎり屋を経営するシミュレーションゲームやるよ」
思わず聞き返しても糸哉の答えは変わらない。敦斗はらむらすというゲーム実況者のセンスを疑ってしまった。
「うーん。最近人気のゲームだし。ホワイトクリスマスだから?」
「渋っ……それ理由になってる?」
その翌日。SNSで告知すると、双方のファンが喜びと戸惑いの入り混じったコメントを数多く寄せたのだった。
修学旅行前日
敦斗「テディー」
糸哉「えっホット?もう23時だよ早く寝ないと。しかも明日修学旅行だし」
敦斗「楽しみすぎて寝らんない……」
糸哉「子供か。いや僕らまだ子供だったわ。じゃあーーひと狩りいっとく?」
敦斗「よっしパーティ組もうぜ!」




