閑話⑥『シェイプト・マイ・ライフ』
第11話の後のお話です。
糸哉が中学受験を終え、発熱した少女を家まで運んだ日。『ヤマトTV』というSNSアカウントからテディにDMが届いた。
――『テディ俺の家来た?妹背負って』って……率直だなー。
相手の素直さに倣い、テディもスカイコードのIDを送って通話を申し出た。すると一分も経たないうちにフレンド申請が届く。テディはそれを承認し、すぐに通話を始めた。
『やーさっきはごめんね?急に家来ちゃって。妹さんあれから大丈夫だった?』
『――』
『そっか。良かった。で『ヤマトTV』君……ヤマト君でいい?この名前よく見るよ。よく定期配信でコメント打ってくれてるよね。いつもありがとう……って大丈夫?息してる?』
『――』
『そんなかぁ……僕ヤマト君の一個上だからそんな緊張しなくていいよ』
『……!!??』
『ホントホント。春から大舞学園中等部の一年だよ。いやテディの弟じゃなくて。まぁ年齢の件は一旦置いといて……何で僕がいきなり本当のことを話したと思う?』
『…』
「これプロをグループ実況にしたいって割と言ってるからご存知だと思うけど……ヤマト君と一緒にゲーム実況がしたくて。ヤマト君はやりたいかやりたくないかだったらどっち?」
『――』
『ありがとう。僕も視聴者参加型のサトナやレゾクラ企画配信……そうそう。あそこでヤマト君ゲーム上手いなー。僕と一緒にゲーム実況やってくれないかなーって思ってたんだ』
『――』
『だから息してって。そんな前から認知してたんなら、その時こうして声かけてくれよって話なんだけど……僕らはまだ親の庇護下にある未熟な存在だから。ヤマト君もゲームIQ高いから分かるよね?』
『――』
『僕の場合は……まー色々あったんだよ。その話はヤマト君の保護者からゲーム実況の許可が下りてからね』
『――』
『そうだね。当然僕はヤマト君のご両親のことは全く知らないけど……ごく一般的な親なら、小学校に行かずにゲーム実況グループで活動するなんて絶対許してくれないよ。いくら僕と年が近いとはいえ……』
『――』
「お、嫌なとこ詳しいね。確かにこれプロチャンネルは収益化してそこそこ稼いでるけど、ヤマト君の家はそこまでお金に困ってるワケじゃないでしょ?君の場合、お金でこの願いは通らないよ」
『――』
『説得……というか交渉はするよ。勿論。僕が胸を張ってスカウトできるように、これプロチャンネルをここまで育て上げてきたからね。だからヤマト君がこれから入る予定の世界はちゃんと足場が固められてる。けど……』
『――』
ここで少年は声を震わせながら、ぽつりぽつりと胸の内を吐き出す。
長男だからという理由で、父親からは勉強のことばかり口うるさく言われてきたこと。
小三から塾に通わされ、学校では満点が当たり前。塾では常に五位以内――いつの間にか、成績という数字だけが評価基準になってしまったこと。
その一方で、年子で同い年の妹が叱られている場面を見た記憶はほとんどないこと。
いじめられていたわけじゃない。気づいたら友達と馴染めなくなって、学校が少しずつ楽しくなくなっていったこと。
小四の夏休み明けを境に登校するのが辛くなり、学校に行くと言いながら、実際には家で過ごすことが増えていったこと。
今は自分の部屋にいる代わりにドリルを解き、条件付きでゲームを許されている――それが、彼の今の日常だった。
『へー。それで暇な時間にNico・Tube見てたら僕の動画に当たったんだ。ヤマト君の推し活を見る限り……僕のこの割に合わない努力が、君の人生の支えになったって解釈でいいのかな』
『――!!』
『ご、ごめん。今までファンの言葉を生声で聴いたこと無かったなら……あ、ココカッソとRTSのコラボキャンペーンも?妹さんまでハマっちゃったんだ。じゃあヤマト君のお母さんは、今の君が辛うじて元気でいられてるのは多少なりとも僕のお陰だって思ってくれてるのかな』
『――』
『本当にちょっとか。全然いいよ――改めて言うね。これプロに入るならヤマト君は親にゲーム実況を認めてもらえるヤマト君に変わらなくちゃいけない。僕に言われたからじゃ駄目だよ?選択するのは君だ』
『――』
『主体性なんて言葉が十一歳から出るとは……まさにその通り!必須なのは学校に行くこと。家の手伝いをちゃんとすること。良い子でいること。そしてこの通話での内容を誰にも言わないこと』
『――』
『うん。約束するよ。同じクラスの子と無理に打ち解ける必要はない。辛かったらこれプロとテディを思い出して。連絡はいつでも大丈夫。通話は配信や撮影が終わってからになるけど……チャットだったらすぐ返せるから』
『――』
『――うーん。『どうしてそこまで』か……。やっぱヤマト君とチーム組んでやったサトナが視聴者とやった中で一番楽しかったからかな?一位獲れたし』
『――』
「呼吸止めたと思ったら急に話飛んだね……うん。大舞学園中等部だよ」
『――』
『え』
少年は涙を拭い、芯の通った声で言い切る。
学校に通うこと。家の手伝いを進んで引き受けること。親を怒らせないこと。
そして――テディの存在は伏せ、全ては自分自身が選んだ決断として心を入れ替えるのだと。更に彼は、大舞学園中等部を首席で入学することも迷いなく宣言した。
『でっかく出たねー。応援する……って、今更だけど『これプロのテディ』が近くに住む十二歳って知ってガッカリしなかったの?」
『――』
『……ふっ。あはは!見た目だけ子供になってる説か。頭脳は中年男性?いいねー。ま、直接会ってからのお楽しみだね』
『――』
「ヤマト君以外のメンバーかぁ……そこはまだ詳しく言えないけど、ヤマト君は三番目か四番目に入れる予定。多分四番目かな?ヤマト君は……何となく四番目がしっくりくる」
『――』
『とにかく、こっちの準備はもうできてるから。クラスメイトに心開かなくてもいいけど、妹さんには優しくしなね?』
『――』
『痛烈だよ!血を分けた兄妹に何てこと言うんだ』
一時間にも満たない会話だったが――それは少年にとって『主人公』と出会う、物語の幕開けだった。
「…」
そして現在、少年は三人目の『諸君!これがプロである!!』のメンバーが登場した動画を見て胸の奥が沸騰する。画面越しに伝わる煌きを感じながら彼は悟った。
自分の番が、ずっと待ち焦がれてきた大望が――もうすぐそこまで迫っているのだと。




