第4話『諸君!これが僕の部屋である!』
『――僕らが受験しようとしてることは内緒にした方がいい。近場の中学だから受ける子は他にもいると思うけど、これ以上ライバルが増えるのは避けたいな……主にホットファンの女子とか』
敦斗は、自分の周囲にいる異性から好意を向けられやすい存在だと認識していた。同時に、そうして寄せられる好意はどこか重いことも理解していた。
――多分ここの六年はほとんど堀蔵中に行くから……この学校出身の人たちと中学も一緒って思うと……嫌だな。
胸の奥で燻っていた、人間関係をリセットしたいという欲が糸哉によって解放される。敦斗は友人の目標に乗っかり、一石二鳥どころではない未来に向かって走ることを誓った。
――だから我慢……これもテディの狙いだから。俺が勉強してるのは受験の為じゃなくて、このまま中学生になるのはヤバイって危機感が理由だって思わせる……。
「井鷺君こそ勉強の邪魔すんのやめなよ!」
「そうそう!犬飼君誰にも迷惑かけてないじゃん!」
「頑張ってる人の応援もできないの?サイテー」
すると教卓近くにいたクラス上位層の女子たちが、待ってましたとばかりに井鷺を責め立てる。元来、自分は手を汚さず他人を争わせるタイプの井鷺は舌打ちして教室を出て行った。
――このまま放置でもいいけど……芽は摘んでおこう。
邪魔者を追い払ってやったと誇る女子たちの相手を敦斗に任せ、糸哉は彼を追いかける。明瞭な声で名前を呼ぶと、彼は警戒心をあらわにした顔で歩調を速めた。
「教室戻ろう。別に僕らヘロンに学力で勝ってやろうなんて思ってないから」
まずは核心を突いた一言で井鷺を止め、小走りで追いついたテディは温和な口調で続ける。
「ヘロンだけ牛津中受けるんでしょ?他は地元の……堀蔵中に行くらしいね。色々思うとこある気持ち分かるよ」
「……うるせー」
圧巻の攻撃力を持つ犀川と知能派の井鷺。この二人が取り巻きを従えれば、その学年で逆らえる者はまずいなくなる。彼等に一度目標的にされれば、誰もが心に傷を負わされてきた。だが所詮は十二歳。力では犀川に劣るが、井鷺以上の賢さを持つに糸哉にとってこのグループを崩すのは容易だった。
「ライナーも前より敦斗にちょっかいかけてないでしょ?まぁさっきのは近くにいた女子がめんどいからだと思うけど……ライナーなりにヘロンの評価気にしてるみたい。自分が好き勝手やる所為でヘロンの受験が失敗したらどうしようって」
「…!」
「敦斗も嫌がらせについて何も言わないし関わりたくないって言ってる。ヘロンがどう動こうと、敦斗はもう消えないし心も折れない……僕がいるからね」
「……俺は謝んないから。今日でお前のことも嫌いになった」
「あ、チャイム……ヘロンに色んなストレスや不安があるのは理解してる。僕はヘロンのこと嫌いじゃないから。話したい時はいつでも声かけて。勉強も大歓迎だよ」
「……きっしょ」
井鷺の標的が敦斗から自分に代わることを祈りつつ、糸哉はいつもの微笑を装って教室に戻る。何故いつも犀川の背後にいる井鷺が今回だけ直接文句を言いに行ったのか――それは糸哉による働きが大きかった。
彼は敦斗と仲良くなってすぐ犀川を攻略した。それも弱みで縛るのではなく、純粋な話術と物だけで。
『――受験って勉強だけじゃないんだよ。生活態度も受験先の学校に送られる。ライナーが先生だったらどう?同じ成績でもムカつくから嫌いって理由で一人を懲らしめる生徒と、僕みたいに普通に地味に過ごす生徒だったら……どっちを合格させる?』
いい加減成長しろという気持ちを込めて最新アクションRPGを貸すと、犀川はあっけないほどに陥落した。この話が井鷺の耳に入っていないのを見るに、彼は糸哉のゲームソフトを独り占めして楽しんでいるようだ。
――ライナーは傍から見れば獰猛だけど、普段は大人しくて素直な性格なの知ってるよね?ヘロンが裏で煽ってライナーを暴走させてるのなんてすぐ分かったよ。
同じ気質を持つ糸哉からすれば、手綱の取り方が甘いと言わざるを得ない。後は思い通りにならない苛立ちと孤立感、そして受験の重圧が井鷺の情緒を崩していくのを待つだけだ。
――先生に声かけとこっかな……いや、そこまで背負いこまなくてもいっか。それに告げ口が大好きな誰かが言いそうだし。
社会の授業中にそんなことを思い巡らせながら、糸哉は澄みきった春空を見上げた。
☆彡
こうしてお互いの予定を合わせたプラチナウィーク当日。敦斗はそわそわした気持ちのまま、オートロックのボタンに指を伸ばした。
「テディ来たよー!」
「……早ない?まだ八時……」
「テディ来たよー!」
「分かった分かった。鍵開けてるからそのまま入ってきて」
犬飼家から徒歩三分ほどの距離に、糸哉の住む四階建てマンションがあった。エレベーターを待つ暇すら惜しいと、敦斗は階段を全力で駆け上がった。息を弾ませながら四階の角部屋のドアを開ける。すると熊本家独特の不思議な香りが彼の鼻腔を支配した。
「おはよー。一時間前に来るなんてわんぱくだなぁ」
「お邪魔します!これ母ちゃんから」
「わーありがとう」
「……家の人は?」
「夜まで出かけるって。気を利かせてくれたみたい」
「へぇ……」
敦斗は納得しつつ、洗面所に置いてある歯ブラシが二本しかないことに違和感を抱く。
――やっぱ母ちゃんいないのかな。テディから家族の話されたことないから聞きにく……。
だが彼の意識はある部屋に全て持っていかれてしまった。
「何この部屋!?なんかゴツいドアノブついてる!」
「ここだけね、ちょっと……。じゃあ開けるね」
糸哉は言葉を濁して静脈認識型のドアロックに中指を置く。敦斗がどれほど興奮していたかは説明するまでもない。そしてゲーム実況部屋の電気をつけた瞬間、敦斗の興奮は最高量に達した。
「……え!?かっけーーーー!モニターが三枚もある!椅子ゴツっ!マイクもある……え?まさかテディ……」
「うん」
――流石にバレたか。
「……Vチューバ―だったの!?リアル小学生Vチューバ―!?」
「違うよ!?惜しい……ようで全然違う!」
糸哉がPCを起動すると、L字デスクの上に並ぶ三枚のモニターが淡く光る。糸哉はゲーミングチェアに敦斗を座らせ、ゲーミングマウスパッドの上に置かれたゲーミングマウスを動かした。
「ゲーミングだらけヤバー!マウスとキーボードは光んないの?」
「僕眩しいのはちょっと……ヘッドホンつける?」
「つけたい!」
イヤーパッドを拭いたヘッドホンを敦斗に渡し、糸哉は中央のモニターに『諸君!これがプロである!!』チャンネルを、左右のモニターに編集画面を表示した。
「……!?」
糸哉が昨日投稿した動画を軽く流すと、敦斗は――
『ここにいるボスはショットガンを所持してて、スポーン場所は東工場区画と……』
「誰!?」
「僕だよ。って聞こえないか」
「あっ聞こえない……ねぇ何この動画!?」
――聞き覚えのない大人の男性の声に思わずツッコんだ。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。僕、熊本糸哉はゲーム実況者『諸君!これがプロである!!』のテディとして活動をしています」
「え……これ?」
「バレないように声を変えてね。やっぱ小学生だと舐められちゃうし」
――あと周り成人しかいないし。
ゲーム実況者とは――ゲームをプレイしながら、その様子を動画または配信で公開し、視聴者と共有する人のことである。
「あ、サトナもある。へぇー!ゲームやってるとこを流してる動画があるんだ……自分でやった方が楽しくない?」
「皆が皆そうなワケじゃなーいよ。ゲーム苦手な人とか、見る方が楽しいっていう人も一定数いるしね」
敦斗はネットに疎い訳ではないが、Nico・Tubeは好きなアーティストの曲を聴くくらいにしか利用していなかった。ちなみに父と母もコントか動物動画くらいしか視聴しない。
「で、この端にあるモニターに映ってるのは何?」
「動画編集する時にいつも開いてる画面。僕はこの動画を最初から最後まで全部自分で作ってるから」
「え!この字幕も!?」
「うん。金は僕のイメージカラーです」
「スロー再生も!?」
「必要な箇所にはね」
「わ!武器説明の部分が拡大した!」
「いやそれは超簡単だからそんな凄くない」
「すげーー!」
敦斗は心から糸哉を尊敬し、糸哉が語るビックな計画の全貌を知ることになった。
「小四の三月から基本一人でやってきたからさ……もし敦斗が興味あるなら一緒に」
「やりたい!!っては!?」
――小四……!?これ全部!?
「……ありがとう。じゃあ今日から敦斗は『諸君!これがプロである!!』の『ホット』だね」
糸哉は敦斗がショックから立ち直るまで宥め、彼の好奇心とゲーム実況に対する無垢さに深い感謝を覚えた。
――じゃあホットの両親にもちゃんとした話を……デビュー日は開設記念日にしよう。それまで撮り溜め……受験と並行して息抜きに撮影出てもらうって感じにしたいな。
「チャンネル名凄いね!めっちゃ強そう。あと自信も凄そう」
「ねー。僕もそう思う」
敦斗「テディもニコチューバーだったんだ。俺らの学年にも何人かいるよな」
糸哉「ファミリーチャンネルやキッズ実況、教育・習い事系のチャンネルね。僕は僕がやってるってバレたくないからこの形で活動してる」
敦斗「大人っぽいなって思ってたけど……実況やってるからだったんだ」
糸哉「ま、まぁね」
敦斗「動画すげぇ……これめちゃくちゃクオリティ高いんじゃない?初投稿動画見よ」
糸哉「いいけど僕がいないとこで見て」
敦斗「ホント声違うから別人の実況聞いてるみたい……生放送もやって」
糸哉「敦斗このPCでサートナイトしない!?キーマウの操作方法教えるから!!」




