第2話『一人より二人』
サートナイトは、エリア内に落ちている武器やアイテムを使って戦うだけのゲームではない。プレイヤーは戦闘中、攻撃・移動・防御を補助する装置を展開する『ビルド』システムを駆使する必要がある。
設置できる基本ユニットはサイドパネル、ステップパネル、フロアパネル、トップパネルの四種類。
ただしこれらは瞬時に完成するわけではなく、展開にはわずかな時間を要し、一定時間の経過、あるいは過度な衝撃によって崩壊する。
また各ユニットの展開には共通エネルギーを消費する。素材として用いられるエネルギー・ジェル・スチールは、それぞれ耐久性だけでなく、展開安定性や機能特性に影響を与える。
「ホット今サイドパネル展開したとこに敵いるよ」
「えーちょっと待って!撃ってる撃ってきてる!」
このようにパネルで味方を守ることもあれば――
「そのパネル崩せる!?」
「うん。パネルブレイクした。あ、一人そっちに落ちたよ!」
「おけ!」
――敵の展開したサイドパネルを崩し、こちらが攻めに転じることもある。
フロアパネルは主に落下防止の足場として活用されるが――
「敵が作ったステップパネルの上にテディのフロアパネルとトップパネルが生えてんだけど!?」
「上取られたくなかったから。先に展開して押さえちゃった」
――パネル同士は干渉し合い、配置次第では相手の動きを制限できる。囲い込みを成立させるにはフロアパネルの精度が重要となる。
ステップパネルは射撃戦において優位となる高所を取る際に役立ち――
「おー!ホット、ステップの切り替えうまっ!」
「これぐらいできらぁ!」
――ただし変形にはわずかな再展開時間が発生するため、使いどころを誤れば隙を晒すことにもなる。
トップパネルは設置スピードが最も速く、攻防どちらにおいても扱いやすいが――
「倒した!……ってこの足場、テディのトップパネルじゃん!いつの間に!?」
「落下地点に先置きしておいた。ジェル素材だから衝撃も吸ってくれるしね」
「なんっ、ふぇ……?」
「ごめんねランク中に小難しいこと言って!またホットにも教えるから!向こう敵来てるよ!」
――素材ごとの特性と展開のタイミングを読み切れば上下左右に逃げ道を制限し、相手を追い詰めることも可能となる。
『#1 Crown Triumph』
「やったー初デュオで初クラトラ!」
「ナイスゥ!!」
糸哉は初勝利を素直に喜び、ハイタッチを促した――が。
「じゃない!テディの嘘つき!?」
「えー」
「全然俺よりプロじゃん!初心者じゃなかったの!?何このキル数!」
敦斗は順位や経験値などが確認できる結果表示画面を指差して問いただした。しかし糸哉はキョトンとした顔で初心者の部分を否定する。
「僕普段PC勢だからさー。プレスイのアカウントでやったの久しぶりだったんだよね。あ、一気にゴールドγまで上がった。ホットありがと」
「え、じゃあPCアカでのランクって……」
「……内緒ね」
彼の口から最高ランクの名が零れた瞬間――敦斗は一拍置いて絶叫した。
「ぷ、プロゲーマーじゃん……」
「違うよー。僕がゲーム上手くなると喜んでくれる人がいるから。それに僕ゲームくらいしか取り柄ないし」
「あっ嘘つき!バドミントンで犀川君ボコボコにしたんでしょ?」
「まぁそれは利き手のアドバンテージがあったのもあるけど……」
糸哉は敦斗と同じメーカーのグリップ型コントローラーをラグの上に置き、言葉に重みを混ぜる。
「……僕が最初にホットのことを知ったのは『ゲームでチート使って勝った』って噂を友達から聞いた時だった」
「……!」
「それ言われた時、ホット怒ってその人を突き飛ばしたんでしょ?」
「あれは!っ……」
敦斗は悔し気に俯き、突き飛ばしたのは事実だと素直に認めた。しかしチート――不正な方法でゲームを有利に進める行為に関しては事実無根だと強く訴える。
「犀川君のグループに嫌われてからさ、何か凄い悪口がい、いっぱい広まっちゃっててさ……図書室の本無断で借りてるとか、イケメンだから先生に依怙贔屓されてるとか、女子の告白に酷い言葉で返したとか……全部嘘だよ?マジでヤバすぎ」
「うん」
「ゲームだって俺好きだし……サトナのランク上がるの嬉しいけど……嬉しいけど、楽しくない。いやサトナは楽しいんだけど……」
「でもどうするの?」
「え?何が」
糸哉はリュックから学校で使うクリアファイルを取り出し、今日配られた学年暦を広げる。彼は左手の指で主要な行事をピックアップしていった。
「プール、運動会、修学旅行、学習発表会、陸上記録会……あとまぁ体育と給食もだね。ホットは僕がいるから一人じゃないけど、ライナーやヘロンたちとはこれから一年一緒だよ?」
「……うん」
――そっか修学旅行……。でもテディがいるんだ……。
「下手したら中学もそのまま同じだよ?ホットはそれいいの。こう……言い方悪いけど、ライナーとヘロンを懲らしめる。とか……」
――本当は底辺に叩き落として不登校にさせたいけど。ホットいい子っぽいし。そこまで言えないかな……。
糸哉はいじめに対する暴力的な思考をほんの少しだけ見せ、敦斗の反応を窺う。すると整った顔立ちが諦めと悲しみに歪んだ。
「ううん。テディがいるなら大丈夫……けどさぁ、俺といる所為でテディもいじめられたら……」
「それは絶っっ対大丈夫だから!」
声を荒げた本人はすぐ落ち着きを取り戻したが、敦斗は微かに開かれた糸目を見て――
「……ありがとう」
――糸哉と出会えたことを、心から幸運に感じた。
☆彡
その日の犬飼家の夕食は糸哉の話でもちきりだった。
「――ホントどのゲームも鬼強くてヤバかった!でもテディ全然イキんないの!ヤバいよね!?」
「へぇー。落ち着いた子なんか。テディ君……」
「そうなの。ずっと私の前では礼儀正しくて。夕飯も誘ったんだけどやんわり断られちゃった。そうだ敦斗、今度テディ君お泊りに誘ってみたら?」
「いいの!?誘う誘う!」
「……二人だけテディ君に会ってえーなー」
「ふふっ。もうパパったら拗ねないでよ」
夫婦仲が良く、息子も順調に新学年をスタートさせている家が光だとすれば――糸哉の家は闇のように静まり返っていた。
「ただいま」
誰もいないリビングに電気をつけ、日没の冷気に晒されかけた洗濯物を取り込む。家主が残業から帰宅するまでに一通りの家事と自分の食事、入浴を手早く済ませ、糸哉は静脈認識型のドアロックに中指を置いた。この部屋だけが独立したオートロック構造になっており、内扉のノブにも同型のロック装置が取り付けられている。
糸哉は、まるで誰かを閉じ込めるために改造されたこの部屋があまり好きではなかった。
――でもこれから役に立つかも……癪に障るけどね。
PCを起動して昨日撮り溜めした動画の編集を始める。暫くの間自分の実況音声と挿入した効果音を聞いていると、突然ヘッドホンから男性の声が流れた。
「このリア充」
「普通だよ?新しくできた友達と午後から遊ぶなんて」
「去年は秒で帰って来とったじゃろ。このまま投稿時間まで遊ぶんかと思った」
糸哉は作業を中断し、別のモニターでサトナを起動した。その間も通話相手は己の過去と糸哉の現状を比べて嫌味を垂れ流す。だが糸哉の耳には、最早それすら日常の環境音と大差なかった。
「しょうがないじゃん。運よく気になってた子と同じクラスになったんだから」
「へぇソイツと。チーター犬だっけ」
「略しすぎ。チーターのデマ広められた犬飼ホット君だよ」
五年生から始まったバドミントンクラブで聞いた、敦斗に関する悪評。糸哉の興味を引いたのは当然ゲームに関する噂だった。
――不正を疑われるくらいゲームが上手いのは僥倖だったなー。やっっと二番目が決まる……!
「視聴者の中から二人もピックアップしてるから、流石に残りのメンバーは僕を認知してない人にしたかったんだよねー」
「犬飼ホット……堀蔵小学校六年四組の犬飼敦斗?」
「少し裕福そうだけど、特別な家庭の子じゃないと思う。今度シェンの家にも連れてくよ」
「……でもお前、候補一人目は一昨年から口説いてんのに断られて候補その二はキャラが濃すぎて三~四番目に投入しようって諦めたよな?」
シェンと呼ばれる男は複数のモニターに照らされ、その青白い光は彼の横顔を鋭く縁取っていた。
「しかも相手は十二歳のクソガキ……まず親をどうにかせんと」
「分かってる。でも僕もクソガキだから年齢を理由に断られることはない……」
「あるじゃろ。よそはよそ。ウチはウチですよー」
糸哉はサトナのメインアカウントである『Teddy_KP』の名前に目を向け、すぐ味方の援護に入った。
「ヤダヤダ!絶対ホットと僕のチャンネルで実況やるんだい!」
「今日初めましてじゃろ?もうゲーム名まで決めて……あと間違っとる」
シェンは新しい煙草に火をつけ、ポートスキャンの結果の上に『諸君!これがプロである!!』のNico・Tubeチャンネルを表示して呟く。
「俺のアカウントで作らせてやった、登録者数47万人のチャンネルに小六のホットを迎えられるか……興味深い展開となっておりますが、これプロのテディさんはどうお考えで?」
「プロは一手一手確実に詰めるからね!学業と身バレ防止の両方に気をつけて……頑張る!」
この時の試合は惜しくも三位という結果に留まり、シェンに幸先が悪いなと指摘されたのであった。




