第1話『テディとホットの出会い』
犬飼敦斗は新しいクラス――六年四組の教室が近づくにつれ、足取りが段々と鈍くなっていった。
――帰りたい。
そう思いながら扉を開け、中に入った瞬間。周囲の視線が一気に敦斗の方へと向く。彼はその視線から逃げるように、ほとんど駆け込む勢いで席についた。
「敦斗君おはよっ!今年も同じクラスだね!」
「私は席も近いよ!」
「今日もかっこいいー!」
だがこの堀蔵小学校の生徒の中でも屈指のイケメンと名高い敦斗を、クラスの女子たちが黙って見過ごすはずがない。瞬く間に、彼の周りには活発な女子の輪ができていた。
――あぁまた……ここにはアイツがいるんだって!
「おい犬飼!」
「っ!さ、犀川君……」
敦斗の祈りは虚しく、輪の外から鋭い声が飛ぶ。堀蔵小学校の生徒の中でも屈指の暴君と名高い犀川は、嫉妬心を剝き出しにして敦斗を呼びつけた。
「お前あんまいい気になんなよ」
背後から落ちた声は、敦斗を怯えさせるのには十分な効果を発揮した。
「……なってないよ」
「口答えすんなよ犬コロ。お前、井鷺の好きな奴知っててよくそんな真似できるな」
敦斗はビクッと肩を震わせ、犀川の取り巻きの一人である井鷺に視線を移す。彼が好きな女子は自分のことが好き――そんなよくある構図に、敦斗は勘弁してほしい気持ちでいっぱいだった。
――俺は何もしてないし、誰も好きじゃないのに。
「……ごめん」
「うっぜぇー。まーいいや。今年もヨロシク。去年よりもっと楽しいことしよーぜ」
「…!」
前々から犀川に目を付けられていた敦斗は、去年彼と同じクラスになってから度々嫌がらせを受けるようになった。それも過度な暴力ではなく、じわじわと精神を削るような陰湿な形で。
――終わった……俺、ホント運なさすぎ……。
暴君から死刑宣告を受け、目の前が真っ暗になったその時。
「やーごめん。ロッカー使っていいかなー?」
気の抜けた声と共に、一人のクラスメイトが男子の輪に割り込んできた。犀川は空気を読まない彼の行動を責めようとしたが――その顔を見た途端、井鷺と共に驚愕の声をあげた。
「あ!お前……」
「サイ君をバドミントンでボコボコにした奴!」
「おい言うな馬鹿!」
スクールロッカーにランドセルと上履き袋を入れた熊本という生徒は、糸目を緩ませて穏やかに笑った。
「ライナーにヘロンじゃん。一緒のクラスよろしくねー」
「犀川と井鷺だよ!捻ったあだ名で呼ぶな!」
「えー英語の方がカッコよくない?短いし」
「文字数変わってねーよ!」
「ふっ、ははは!」
「あはは確かに!」
犀川の鋭いツッコミに取り巻きが噴き出す。笑いは伝播し、場は和やかな空気に包まれた。
「ほら。もう朝の会始まるよ」
「あ」
熊本はその隙に敦斗を連れ出し、彼の隣の席に座った。
「あれ隣だったんだ。僕は熊本糸哉。友達からはテディって呼ばれてるよ」
「い、犬飼敦斗……よろしく」
こうして敦斗は――
「犬……敦斗……じゃあホットだ!フルネームはホット・ドッグ」
「俺ダックスフンド!?ってあれ。ダックスフンド?ダックスフント?」
「どっちでもいいらしいよ。でも僕は濁ってる方が好きかな。カッコいいじゃん」
「悪口じゃないなら……いいけど」
――後の親友となるテディと同じクラスになったのであった。
☆彡
始業式終了後。糸哉は敦斗に声をかけ、一緒に帰らないかと誘う。お互い家までの道が被っていることが判明し、敦斗は人生で初めて登校班以外のグループと下校した。
「ねーホット。ライナーの標的になったきっかけがゲームって本当?」
「えっ」
――ホントのきっかけ聞かれたの久しぶりだ。
「な、なんで?」
「ライナーって無差別に噛みつくようなタイプじゃないから。ホットを敵視してるのには明確な理由があるんだろうなーって。友達のヘロンを庇ってるって線もあるけど、ライナーは仲間意識そんな強いタイプじゃないからね」
「く、詳しい!犀川君のプロ?」
「ライナーとヘロンは去年から一緒のバドミントンクラブだったから。その時に思っただけだよー。で、色んな噂を聞いた上で一番信憑性が高い説がそれだったんだけど……間違ってたらごめんね」
「ううん……」
――多分テディはいいやつ……俺だったらランドセルしまいたくても犀川君のいるとこなんて近づけない。下校時間になった時も犀川君に何か言われる前に帰ろって言ってくれたし……。
「……誰にも言わない?」
「勿論」
敦斗はいきなり核心を突かれたことに驚きつつも、ぽつぽつといじめられた理由を打ち明けた。
「テディはサートナイトってゲーム知ってる?」
「あーサトナ?うん」
サートナイト――略してサトナは、三人称視点のオンラインバトルロワイアルゲームのことだ。
百人が島に降下し、最後の一人になるまで武器を駆使して戦うゲームモードがよく知られている。サトナはその他にも建築やレース、リズムゲームなど様々なゲームモードを提供していることで有名である。
敦斗は小学五年生の始めに犀川グループの一員に加えられ、彼等と敦斗の家でサトナをゲームした際に――
「俺が五人よりめっちゃ強くて……うっかりボコボコにしちゃった」
「あー」
――圧倒的な実力差を見せつけてしまった。
「そこから色々……む、無視とか陰口とか、急に言葉冷たくなって荒くなって給食ワザと少なめにされるとか……」
敦斗の声と目が潤んだその時。糸哉は彼の手を勢い良く引いて走り出した。
「じゃあ僕とゲームしよ!お昼食べたらさ!僕もホットの家行ってもいい?」
「えーっ!」
「僕もホットがどんくらい強いのか見たい!デュオで一緒にやろうよ!」
「わっ、分かった!」
――ホントに?俺とやって大丈夫かな。でもテディ優しそうだし……。
敦斗は微かな期待を抱き、糸哉と午後に遊ぶ約束をした。そして一時間後。
「お邪魔しまーす。敦斗のお母さんはじめまして。敦斗と同じクラスの熊本糸哉です」
「あら初めまして~。ふふっ。テディ君だよね?敦斗から聞いてるから、いつものあだ名で呼んでいいよ」
「あー!じゃあ遠慮なく。これお菓子です」
「まぁありがとう。おやつと一緒に出すね」
「お願いします。ホット洗面所どこー?」
糸哉は脱いだ靴をきちんと揃えた後、礼儀正しくも子供らしい動きで挨拶する。敦斗の母は手を洗ってから敦斗の部屋に入る息子の新しい友達を見送り、感心したように息を吐いた。
――敦斗が学校終わりに友達と遊ぶなんていつぶり……?それにこんな行儀のいい六年生初めて見た。
彼女が糸哉に好印象を抱いたのは言うまでもない。
「ひゃー。ホットの家は中も凄いや。声全然響かない。いい壁だね」
「俺一人っ子だから……え?壁?」
――そんなとこ初めて褒められた……。
十畳の部屋にはベッドと勉強机と漫画が入った本棚の他に、ゲーム機とゲーム用4K液晶テレビがどっしりと据えられていた。
「おぉー!あのテレビ……」
――大人っぽいテディでもこのテレビに感動するんだ。
敦斗が内心で意外に思ったのも束の間。糸哉は目を輝かせてテレビ台を指差した。
「……台に置かれてるベジタブルゾンビ!僕の家にもあるよ」
「それ母ちゃんが勝手に飾ってるやつ!」
敦斗は「グロいから置かないでって言ったのにまた増えてる!」と文句を言ってカプセルトイのフィギュアを端に固める。糸哉は笑って自分のリュックから家庭用ゲーム機『プレスイ』を取り出した。
「じゃあ早速やろー。カジュアル?ランクマッチ?」
「カジュアルがいいな。テディはランク何?」
敦斗は自分がサトナの実力を示す階級が四番目に強いランクの『ダイヤモンドγ』であることを伏せて糸哉の階層を聞く。すると糸哉は気まずそうな声色で唸った。
「暫くやってなかったからランクリセットされてる……今日でホットと同じランクに追いつこうかなー?」
「俺ダイヤモンドγだから一日じゃ無理でしょ」
「え!ホットそんな強いの!?」
――あ。言っちゃった……。
敦斗がうっかりランクマウントを取ってしまったと後悔する一方で、糸哉は含みのある笑みを浮かべた。
「ならランクマッチしよ!僕ホットの本気見たいなー」
「え゙」
ランクマッチとは、勝敗によってプレイヤーのランクが昇格または降格するゲームモードである。沢山敵をキルして優勝すればランクのポイントが大幅に上がり、逆に敵を全く倒せず序盤で負ければポイントが下がる。敦斗が最初にやろうとしていたカジュアルマッチはランクが変動しない対戦モードだった。
――まぁ一、二試合だったらいっか。デュオならソロより負けてもポイント下がりにくいし。
敦斗は糸哉の前ランクを聞かぬまま、最低ランクの相方を連れて高ランクが集う戦場に足を踏み入れる。
「――テディどこ……ってめっちゃ上!?遠っ!」
「あ一人やった。壁の向こうにいるのも百ダメ入ったよー」
「ちょ建築早っ!テディ待ってー!」
その数分後、敦斗は軽い気持ちでランクマッチを選んだことを後悔せずにはいられなくなるとは――この時点では夢にも思っていなかった。
ベジタブルゾンビを寄せるホットを見て。
テディ「えー片付けちゃうの?そのレッドオニオンゾンビはレアキャラなんだよ」
ホット「どうりで電気消すとこのキャラだけ目が光るのか!何がレアだよ!怖い!」




