第14話『一度油断すれば敗北!?敗北!?敗北!?敗北!?』
ゲームセンターの喧騒に包まれる中、七人の男子小学生はリズムゲームの結果を見て息を呑んだ。
「…」
「…」
「……が、頑張ったもん……」
「っ……!」
敦斗は僅差の成績を目にして、悔しそうに顔をしかめた。
「惜っっしい……!えー俺テディが絶対勝ったと思ったのに!」
「……分かる」
二回戦は、紙一重の差で犀川チームの勝利という結果に終わる。敵であるはずの取り巻きですら、敦斗の歯がゆさには異を唱えなかった。
「二曲目から『鬼神』から『難しい』に下げたの偉いな」
「最後の曲はテディの方がスコアよかったし」
糸哉はハンカチで手汗を拭い、割り切れない表情のままランドセルに腕を通した。その内心は対戦相手の視線によって瞬く間に沈黙する。
「テディがもし最初の曲から一つ下の難易度でやってたら多分総合点で負けてた」
「皆がいるからってちょっと背伸びしちゃったよね……お互いに」
同点で迎えた三回戦はクレーンゲーム対決。1クレジットでどれだけの景品を取れるかという勝負だったが――
「あれっ。ヘロンもう取ったの」
「しかも二個取り!?」
――井鷺の両手に掲げられた二つのカップラーメンを見て、糸哉と敦斗は早くも敗北の危機に瀕した。
「ふむふむ。井鷺君が取ったのはこの台か。アームで取ったのかと思ったら違った」
「……『トリポッド』だっけ」
二人が構造を探っている『トリポッド』はプライズマシンの一種である。筐体中央には大きな開口部が設けられ、その円周にはLEDライトが配置されている。複数のアームはその縁から中心へ向かって突き出しており、タワーのように積み上げられた景品を支えている。プレイヤーは回転するリングLEDの光を狙った位置で止めることで複数のアームを同時に落下させ、景品の獲得を狙う仕組みとなっている。
「確率なら運でしょ?俺ならこのタワー全部崩せる……!?」
「ちょっと他も見てきていい?」
「ん。でも井鷺君に勝つなら大物か大量狙ってかないと。小っちゃいぬいぐるみとかひと口チョコじゃ負けだよ?」
「うんうんうん……」
敦斗の助言を背に受けながら、糸哉はクレーンゲーム機を見て回り――ある一台の前で足を止めた。
「お待たせ。コレにするよ」
糸哉が緩い笑顔で指差したそれは、大人気少年漫画『ドリームボール』の主人公である斉天大聖のフィギュアだった。
「はぁー?バッカじゃねーの」
「一回で取れるワケ」
「いやいやいや」
「さっき負けたからってイキんなよ」
「絶対無理」
敵が口々に非難する中、敦斗も糸哉の選択を信じ切れずにいた。
「あ。俺が店員のお姉さん呼んで箱の位置変えてもらおっか?」
「……大丈夫。僕にまーかせて」
小声で言い合った直後、百円硬貨が投入口へと吸い込まれていった。
橋渡しタイプのクレーンゲーム機は箱を棒で支え、重心をずらして落とす構造となっている。内部では箱の半分以上が落とし口の上に乗り出し、かろうじて反対側の縁で踏みとどまっている状態だった。
「え。分かんないけどガチで取れるん?」
「いや一回じゃ無理だって」
「だよな」
「テディ結構やってんの?」
「ん?おいテディ」
糸哉はクラスメイトからの呼びかけに返事をせず、レバーを動かしては止めることを繰り返した。残り時間十秒を切ったところで下降ボタンを押すと――
『ゴトン』
「「えぇーーっ!?」」
――アームの爪が触れた瞬間、脆く保たれていた均衡はあっけなく崩れた。
「じゃ、勝負にも勝ったことだし。敦斗帰ろ」
「あ、おい!」
犀川がずっとポケットに入れていた物を糸哉に向かって投げると、二人の間にいた敦斗が代わりにキャッチした。
「…」
――テディが貸したって言ってたゲームソフト……犀川君ってそういうのちゃんと返すんだ。
敦斗は内心で失礼なことを思いながら、チャック付きのポリ袋に収まったそれを持ち主に手渡した。受け取った糸哉は、口元に穏やかな笑みを浮かべて犀川たちに手を振る。
「楽しかったよ。また誘って」
「つ……次は俺とも勝負しろ!」
「はいはい」
「パンチングマシンだぞ!」
「ライナー相手に!?無理でしょ!」
敦斗も便乗して「俺とテディのスコア足しても負けそう」と言うと、場の空気は一段と弾む。ずっと苦手意識のあったクラスメイトだったが、ようやく一緒にいて楽しいと思えた気がした。
「多分この感じだと卒業式までにもう一回声かけられそうだけど」
「ぅ……俺はいい、けど」
「そっか」
「それより、何で俺とゲーセン行った時クレーンゲーム得意って言ってくんなかったの。別にこれプロじゃないって言ってたじゃん」
「え?ごめんもう一回言って」
「何で……え?」
敦斗が繰り返そうとしたその時、糸哉はワイヤレスイヤホンを外し終えたところだった。一拍置いて敦斗が超小型のそれを耳に装着すると――
『……あぁホット?オレオレ。オレだけどチから始まってコで終わるアレが大好』
――シェンの声が聞こえ、反射的にバッと外した。
「……テディ?」
――いつから付けてた!?道理でクレーンゲームの時から反応鈍いなって……!
「やーホラ。向こうが五人でこっちが二人とかないじゃん。裏の助っ人一人用意したってバチ当たんないよ」
『そういう事。テディそれ明日ちゃんと持って来いよ』
「はーい。シェンありがとねー」
「……またねー」
敦斗はそれ以上追及するのを諦め、話題をバレンタインチョコの処理に変えた。
☆彡
六年生を送る会、VS犀川たちとのアーケードゲームリベンジマッチ、緊迫のホワイトデー、小学校最後の給食を終え、三月十九日がやってきた。この日は堀蔵小学校の卒業式である。
「じゃあ敦斗。僕は式終わったらすぐ親とご飯食べ行くから」
「え?まだ朝……」
「敦斗君おはよー!ねぇ一緒に写真撮らない?」
「中学離れちゃうから記念に……お願いっ!」
敦斗が言葉を終える前に、キッズスマホやデジカメを手にした女子軍団が雪崩れ込むように彼を囲む。糸哉は予想通りの展開に肩をすくめ、今日が最後の日だからと割り切ることにした。
そして卒業式終了後の昇降口前にて。糸哉は遠方に住む両親と合流した。
「いっ君おめでとう……!式よかったよ……!」
「僕ただ立って歩いて座ってを繰り返しただけだったけどそんな感動した?」
「するの!お、お母さんいっ君がこんな立派になってるの見たら……」
糸哉母は息子の成長に胸を打たれ、目元を潤ませるあまり――周囲にまで気を配る余裕を失っていた。
「また他の男がいる場所で泣いて……今日で四回目だよ?」
背後で静かに苛立ちを募らせる夫の存在など、意識の外だったのだ。
「……父さん。僕もう一人で帰るから」
「そう」
「えっ!?いっ君!?一緒にご飯は?」
聡明な糸哉は十二歳相応の自我を切り離し、貼り慣れた笑顔を両親に向ける。今回はそれに少しの寂しさを混ぜた。
「どうせいつもみたいにどっちも来れないか、父さんだけかと思ってた。だから今日母さんが来てくれたの嬉しかったよ。あ、父さんもありがと。来月の入学式も絶対来てね。僕はそっちの方が嬉しいから」
「いっ君……ねぇあなた。お昼だけでも三人で食べたい……」
「そう。僕より糸哉を選ぶの?」
「そ、そういう事じゃ――」
糸哉の父は妻の腰に手を回し、体ごと背に隠すようにして深く口付けた。糸哉は諦めたように息を吐き、何も言えないまま静かにその場を去る。
――ま、卒業式に来てくれただけでも御の字かぁ。
スマホのメッセージアプリを開き、母に送る文面を打ち込みながら歩く。すると人混みの中から糸哉を呼ぶ声が聞こえた。
――あぁ犬飼家か。父さんちゃんとホットのお父さんお母さんに挨拶してるよね?
糸哉はすぐ馴染んだ笑顔を浮かべ、敦斗の両親と軽い挨拶を交わす。彼の予想通り、敦斗父は辺りを見渡して不思議そうに首を傾げた。
「あれっテディ君。親御さんは?」
「……母さんの体調が良くないみたいで。たった今帰っちゃいました」
「えっ大丈夫?最後にもう一回挨拶しておきたかったのに……」
「すみません」
敦斗母は夫に息子を女子軍団から救出してくるよう命じ、意図的に糸哉と二人になる状況を作った。
「テディ君お父さん似ね。式の前に一回お会いしたけど……」
「似てるのは顔くらいですよ」
事情を知らない者にとっては何気ない切り返しだったが、敦斗母はその軽さを素直に受け取らなかった。
「テディ君のご両親……ううん。お父さんがお母さんのこと大好きなんだね」
「はい。式典中ずっと手繋いでませんでした?」
「……テディ君はちゃんと分かってるよね?普通はいくら夫婦仲が良くても……」
「大丈夫です。小学校を卒業した程度じゃ……『普通』じゃない父さんに逆らえないんで」
「……まだ近くにいるよね?ちょっとテディ君のお父さんに話を……」
「わぁ待ってください!僕は僕でのびのびやってるんで!別に母さんと会うなって言われてるワケじゃないんで!」
慌てて引き留めたまま尋ねると、互いの手首を繋ぐ細い鎖に気づいたのは敦斗母だけのようだった。それがあるだけで、糸哉母の服装がハイネックであることにも意味が出てしまう。
――親の仲が良すぎるのも、凄い問題だったんだな……。
桜の花びらが糸哉の足元に舞い落ちる。彼はひとひらの美しさを壊さないようにそっと歩みを進めた。
糸哉「普段はイヤリング型ワイヤレスイヤホン使ってるんだけど、たまたま今日は遮音性高い方だったんだよねー」
敦斗「へー。スマートウオッチとイヤホン繋いでんだ……これもし俺が誘拐された時とか便利じゃない?」
糸哉「……シェン。敦斗にも同じの支給しない?」
シェン『まぁいつかな』




