第11話『そしてお受験へ』
入試まで一ヶ月を切った冬休み明け。糸哉と敦斗はシェンの家で面接練習を行っていた。集団面接は入室から始まり、他の受験者と比較される。敦斗は面接官役がシェンでも多少の緊張を覚えていた。
「じゃあ行くよ……失礼します」
「失礼します」
二人揃って頭を下げ、椅子の前に立つと――テレビ画面に銀河帝国最高司令官が映った。
『どうぞお座りください』
黒いマスクを装着し、同色のマントを羽織った男性の背後には宇宙空間が広がっている。敦斗は威圧感が漂いまくりの面接官に堪らず口を開いた。
「中学受験の面接は!?これじゃ帝国軍の一般兵士面接じゃん!」
『動じんな。面接官が暗黒面に堕ちとることもあるじゃろ』
「ないし。そんな人に将来の夢とか言いたくないよ」
糸哉の指摘で画面がフリー素材のイラストに変わり、ようやく真面目な模擬面接が始まった。
「――では犬飼さん。あなたの長所と短所を教えてください」
「はい!長所はビンゴ大会で必ず一番にビンゴできるくらい運が良いところです。短所は寝ている間のいびきと歯ぎしりが激しすぎて、たまに自分で目が覚めてしまうところです」
「不合格じゃアホ野郎!そんなんでウチの事務所の看板アイドルやってけるか!」
「シェン違う!今アイドルオーディションの練習してないから!」
糸哉は長所と短所が紐づけできるような内容を敦斗と一緒に考え、行動や結果、改善努力を織り交ぜる。
「大事なのは自己理解と成長意欲らしいよ。この子ならウチの学校生徒に相応しいって思ってもらえるような……学校生活に繋がる内容にしなきゃ」
「分かった。じゃ次はテディだね」
「――では熊本さん。あなたが最近気になったニュースは何ですか?」
「はい。最近気になったニュースは漁港マスコットキャラクターのぎょっこりん丸座衛門が、実はマグロアレルギーだったと判明した件です――」
「何そのニュース!?」
「ぎょっこりん丸座衛門て誰?」
この質問では、齢十二歳が如何に世の中のことに関心を持っているかが試される。正確かつ簡潔に答えるのは前提。無難すぎる話題でも、他の子と内容が重なってしまうと面接では印象に残りにくい。
「まぁ最近のニュースでジャンルが面接受けのいい地域・スポーツ・環境・化学・文化に集中すると被るのも致し方無しだけどね」
「マグロアレルギーなりに色々努力してる姿勢を見習いたいって内容に持って行ったのは流石じゃな」
「良いように考えるプロじゃん」
当然、この回答は糸哉が場を和ませるためにワザと言ったボケだった。気を取り直してハルシネーションを起こしにくい対話型AIサービスについて短くまとめるが――
「さっきのニュースの方が良かった」
「面接でぎょっこりん丸座衛門を広めてけ」
「僕だって別にそんな詳しくないのに!?」
――糸哉は本番でこの質問が来ないことを強く願った。
その後も面接官シェンに小学校で頑張ったこと、志望動機、将来の夢を答えていく。一通り質問が終わると、二人はシェンに出来についての評価を求めた。
「シェンどうだった?」
「テディは編集しろ」
「いや一応ね。僕だって人生初面接だから練習したいよ」
「ホットは……いごいごしとる」
「い、いご?」
「上辺でセキになっちゃってるから下辺の陣地を取らなきゃ」
「囲碁囲碁じゃねーよ」
糸哉は文句なし。敦斗は緊張から身じろぎが多くなっていると指摘された。
「人って焦ると話が長くなりがちだから。文で話すことも大事だけど、常に簡潔で締められるよう意識を向けといて」
集団面接では、答えに詰まっても何かを言うことが大事だ。完璧な答えより、落ち着いて話せるかどうかが見られる。
――面接ね……本番の様子モニタリングできんかなー。
シェンは自室でテレビ画面の接続を切り、二人が当日どう振舞うのかをこの目で見たい衝動に駆られた。
☆彡
出願期間の終了後ほどなくして、二人が大舞学園中等部校を受験するという情報が周囲に広がった。敦斗は自分が突然勉強に力を入れ始めたにもかかわらず、中学受験を疑うような噂は一切立たなかったことに驚く。
「それだけ馬鹿だって思われてたのか……」
「あと僕らと先生の誤魔化しが上手かったんだよ。それに」
糸哉が言葉を続けようとしたその時。ニュースを聞きつけた他クラスの女子が敦斗に話しかける。内容は当然、どうして黙っていたのか、何故地元の中学に行くと偽ったのかを問うものだったが――
「皆は勿論、応援してくれるだろうけど……変に意識されたくなくてさ。ずるい考えだけど、それしか思いつかなかったんだ……ごめんね」
――敦斗は彼女たちの動揺と悲しみを後ろ向きな同情で包んだ。
糸哉はあっさり応援側に回った彼女たちを見て感心したように呟く。
「敦斗、言いくるめ上手になったよね。前はあんな風に一言で非難を消せるような切り返し出来なかったのに」
「ホント?」
敦斗は一瞬『これプロのホット』を意識するが、ここは学校だと我に返る。
「(実況)結構やってるから。現実の俺も成長したってことです」
「そういうことでしたか」
そして試験当日。敦斗の集団面接が終わるまで待った後、糸哉は彼と別れてシェンの家に向かった。
「!」
大舞賀駅のコンコースを通過中、視界の端に水色のランドセルが映る。糸哉が思わず足を止めると、ランドセルを背負った少女は重い足取りで休憩用の椅子に座った。
「…」
――平日の十三時に駅でふらついてる小学生にいるって……しかもこの子『RTS』のステッカー貼ってる!
『RTS』――テディが二年前に出場したeスポーツ大会『QHカップ』で、らむらすと佐々來深°と結成した混成チームである。その半年後、優勝を記念して大手ファミレスチェーン『ココカッソ』とコラボし、オリジナルドリンクや限定ステッカーなどを展開した。
――それも大御所の二人がいるコラボだったから、キャンペーン開催してすぐほとんどの店舗で配布終了した激レアステッカーを……。
要するに、目の前にいる体調不良の少女は、三人のいずれかのファンであることが明らかだった。
――しかも全六種ランダムの内、テディ単体デザインのステッカーを貼ってるってことは……もう確定で僕の視聴者じゃん。
糸哉は色んな意味で見過ごせないと判断し、ランドセルを枕にして俯く少女を介抱することにした。
「熱あるよね?お母さんは?」
「……しごと」
「番号分かる?迎えに来てもらわないと……」
「だめ……」
「えぇっ」
――仕事中の親に迷惑かけたくないってタチかぁ。さてはこの子、先生に嘘ついて自力で帰ろうとしたな?
少女は火照った顔を上げ、やや鋭い目つきで拒む。糸哉は大体の事情を察し、彼女に家まで送ることを提案した。
「君にとって最も安全な親と先生を頼らないから、通りすがりの小6男子に住所言うハメになるんだよ。今回は大人しく僕に運ばれてな?」
「っさい……ちょっと、休めば一人で帰れるんだから……」
「はいはい。声から辛いのが出てるよー」
糸哉は純花と名乗る小学五年生の女子を背負い、シェンの家とは反対方向にある家まで歩いた。
――うん。スーパー行ってからシェンの家行く時とそんな変わんないな。
「……疲れないの?」
「僕、意外と力持ちみたい。家には誰もいないの?一人っ子?」
「家にお兄ちゃんいる……不登校の……」
「それ僕が聞いていい内情?」
「純花の方が凄いのに……ママは純花よりお兄ちゃんの方が好きだから。マジくそ大キライ……」
「…」
糸哉は立ち止まり、純花を背負い直して再び歩き出す。
「もし『諸君!これがプロである!!のテディ』に兄貴いたら……うっわ。言っててアレだけどすげー仲悪そう」
「テディ……え?同担?」
「まぁ……」
――どころか本人だよ。
『山根』と記された表札の家に着くと、糸哉は純花に代わって玄関の鍵を開ける。その間ずっと発熱していることを忘れたかのように、彼女はこれプロのテディについて質問を重ねた。
「お兄ちゃんの方が先に推してたけど、今は純花の方が上だから。ねぇテディのステッカー当てた?」
「全部母さんにあげちゃった」
「お母さんも推してるの?いいなー」
「はは。さぁ部屋着いたよ」
糸哉は純花を一人部屋のベッドへ静かに下ろし、ランドセルから取り出した水筒のお茶を口元に運んだ。
――ここまでかな。家にいるのがこの子だけなら冷却ジェルシートくらい貼っても良かったけど……。
「あ、ありがと」
「うん。早く治るといいね」
純花に笑顔を向けた糸哉は、すぐに山根家を後にする――ことはせず、人の気配がするドアの前で足を止めた。
「――急にごめんね。僕は早退した君の妹をここまで運んできた通行人Tです。お母さんに言わないでって言われたけど、熱が高そうだから流石に連絡した方がいいと思う。軽い看病とか……後のことはお兄ちゃんの君に任せるね」
「待っ……!?あ……」
糸哉が階段を数段下りたところで、テディの声を聞いた兄は勢いよくドアを開ける。だが糸哉は顔を合わせることなく――
「僕でよければいくらでも話聞くから。また会えたら会おーね」
――玄関からテディのメッセージを届けた。




