第10話『白米クリスマスは今年しかやってこない 後編』
「初日の売り上げマイナス……」
「仕入れたからしゃーない」
幸先が良いのか悪いのか分からないまま迎えた二日目。らむらすは仕入れアプリに梅干しが解放されていることに気づく。
「ねぇ梅干し買える!」
「おー!『メニューがひと世代前』って。梅干し美味しいじゃん」
コメントが梅干し肯定派と否定派で二分された時、話題が好きなおにぎりの具材に代わる。
「俺たらこと昆布」
「僕は梅としぇけ……鮭」
どうやらこの二点については、営業を継続すればいずれ発注できる見込みのようだった。今日は梅干しを発注し、二人は仕込みを始める。
「これさーベースが塩おにぎりじゃん」
「うん」
「この上に梅干し乗せたら塩分ヤバくね?」
「気づいてしまったか……ちなみに次解放される具はたらこです」
「絶対しょっぱいやん。『すみませんここのおにぎり食べたら尿路結石になったんですけど』……やべっ」
コメント欄が『高血圧になりました』『心不全で今病院にいます』など病状を訴える声が増えてくると、らむらすは一転して真面目な声で開き直った。無論、テディもそれに続く。
「それ、本当にウチのおにぎりが原因ですか?」
「よく思い出してください。貴方が昨日食べたドカ盛りラーメンを」
視聴者の心を抉ったところで時計が進み、おにぎり屋が開店した。
「あ、言い忘れてたけど今日から難易度『とても難しい』にしましたということで」
「え!確かに一日目は簡単だったけど、それは一日目だからであって……」
「うるせえ店長命令だ!やりん!」
「くそー。なんたってクリスマスに塩むすびと梅干しおにぎり買いに来るんだ……」
テディは不満を口にしつつも高いゲームIQを発揮し、らむらすの接客が滞らないよう的確に立ち回るが――
「テディちょっと来て!テディのリスナー来てる」
「エ(ヌピーシーなのに)?はいは……」
「(らむらすの裏声)ふわぁー。これプロのテディさんですかぁー?もうえ、えー!アタシ本当に、もうすっごいフアンでぇー」
「(テディの裏声)えー嬉ちぃー!サインは紙袋でオッケー?」
「ふぐっ……っく!お前までメルヘン女になるな!!」
――たまにらむらすからのプチ妨害が入った。それなりの付き合いだからこそ、テディはらむらすの茶番を条件反射のように切り返したが。
このゲームは多少ロスが出ても在庫が減るだけで売り上げに影響はない。だがテディは初日の残量を見越して無駄を出さないよう心掛けた。
「『おにぎり派?おむすび派?』ってコメントが」
「それ地域で呼び方違うんでしょ?地元バレする」
「僕らもう普通におにぎりおにぎり言っちゃってるけど」
「俺本当は握り飯派だから。男は黙って」
「握り飯!あ、コメントで『は?おにぎしだろ』って過激派いるけど」
「懐っ。あれ何の話だっけ。女の子がお母さんにおにぎし一つだけちょうだいって話よね?」
テディは一昨年に習ったばっかだなと思いながら空の炊飯器のふたを閉めた。
「廃棄0マジ!?米は?」
「見てくださいこの綺麗な内釜を!」
「キャー!おい諸君!これがプロやぞ」
「いやいや。あと今日ずっと僕がおにぎり作ってたけど。三日目は交代する?」
明日用の仕入れを終えたテディが配信映えを意識してそう提案すると、らむらすは「簡単なうちにキッチンやっとけばよかった……」と悔やむ。葛藤の末、やれるだけやってみるが無理だと判断したら即テディに投げると告げた。
「俺は接客の方が好きだから。一回やってみ」
「どうしようシャッター開けたら行列できてたら」
「そりゃ天下のこれプロさんがレジに立ってんですから。全国のリスナーがもうわんさかと……ねぇ」
「『絶対らむらすより集客率いい』っておーいそんなことないよ。あ、三日目はたらこおにぎりと飲み物が解放されたよー」
ペットボトルの飲み物は緑茶・野菜ジュース・水の三種類。二人はせっせと届いた物を中に運び入れた。
「水あるのいいね。一本三百円って何?テーマパークより高いって何?」
らむらすが不満を言った勢いでお茶の箱を作業場のど真ん中に置いてしまった。
「いや邪魔っ……」
「冗談ですやん」
テディは接客とドリンク担当になり、いよいよ波乱の三日目が始まる。
「うわー俺三日目にしてようやくおにぎりだわ。ちょっとドキドキする!」
「ずっと仕込みは一緒にやってたじゃん」
「客一人で最大六個買ってくんでしょ?うわ皆やめてね?俺とテディ比較してボコボコにすんなよ」
「今日はクリスマスだから。パーティーな気分で応援しよう!」
「えー米よそって梅ねじ込んで海苔巻いて、はいパックパックパックで終わりか」
「で、僕がそれをもらっていきますよーっと」
テディは注文数に合わせておにぎりを紙袋に入れ、手際よく客に渡していく。昨日より客足は多く、六個まとめての注文も目立った。当然ストックには偏りが出るが、優しいテディは「たらこないよー」とは言わず、黙って別の注文を先にさばいた。
「米が炊けん……!あんだけ作ったおにぎりが無いんですけど!?」
「らむらすの視聴者が買ってったんだよ。『ごめん今買ったの私』ってホラ」
「どーなってんだー!うがぁー!」
「大変だ……モンスター店員爆誕しちゃった……あ、このお客さん飲み物だけだよ」
「はぁーー!?お客さん正気ですかぁー?ウチおにぎり屋なんですよ!」
「理不尽だよ!もう僕も手伝っていい?」
モンスター店員らむらすの勢いは止まらない。とうとう飲み物だけ買う客に対してもキレ始めてしまった。テディにフォローされながら、なんとか理性を失わずに閉店までやり過ごす――が。
「らむらすー。閉店と同時に来たお客さんが頑なに諦めないよ!」
「帰りな!」
らむらすが一喝するが、ダウンコートを着た五分刈りの男性は遠い目をしたまま去る気配を見せない。
「ずっとこっち見てる!たらこおにぎりはまだあるの?三個」
「たらこ無い!ちょ、じゃあ今から頼むからおっさん絶対帰んないで!?」
「六十秒なら待ってくれるって!」
「はいはいはい!テディ追加で客来る前にシャッター閉めて!」
「そしたらおじさんも出れないけど!?」
「廃棄のおにぎり全部食わせとけ!朝まで余裕……はいお待たせしましたー!」
幸い、閉店時間を過ぎても駆け込む客は現れず――怒涛の三日目を終えた。
そして四日目にはなんと鮭と炭が追加された。
「しぇけキター!」
鮭(切り身)は炭火焼グリラーで焼くことができる。らむらすはさっそく炭を入れたグリラーの上に鮭を並べた。じわじわと火を受けて身が膨らみ、香ばしい匂いが広がっているように感じられる。引っ繰り返さずとも中まで均一に火が通り、焼き色のついた鮭がゆっくりと完成していった。
「あ、並べて待つだけでいいんだ……もうこれだけでいいね」
「『腹減ったなぁ』ってそれな?」
置いただけで両面こんがり焼けた鮭をトレーに入れると、無事ほぐし鮭が完成した。しかしここでらむらすの実況者魂が疼く。
「一匹だけこのまま放置したい」
「いいよ」
果たして程よい焼き具合を保ったままなのか。現実と同じように火が入りすぎて焦げてしまうのか……結果はすぐ分かった。
「おあぁっ」
「えっ炭?一瞬目離しただけでそんな真っ黒になる?」
「『すみませんここのおにぎり食べたら膀胱がんになったんですけど』……何かウチのリスナーシモに疾患抱えがちやね」
「やばい今度はがん患者が増えてる……!」
五日目にはとうとう油と冷凍から揚げ、冷凍メンチカツ、冷凍コロッケが販売可能となった。
らむらすはフライヤーに油を注ぎ、空き缶をレジへ通じるドアの前に置いた。それもテディが丁度通る時に。
「だから邪魔っ」
「もうこれ揚げれんじゃない?」
後輩に構わずスイッチを入れると速攻で油が温まった。らむらすがお試しで冷凍メンチカツを油の海に落とした瞬間、その様子を見ていたテディが重大な事実に気づく。
「待ってアレがない。あの……ポテトフライヤーみたいな取っ手がついた網」
「手づかみで取れるわ」
「マジだぁ……」
特殊な訓練を受けている二人は高温の油をものともせずコロッケやから揚げを量産していった。
「テディ油変えてー」
「えっもう?まだ二回しか揚げてないのに」
「メンチカツ焦がしたら油の汚染度が一気に上がった」
「おいっ」
五日目ともなれば、まるで行列ができているかのように客足は途切れず、息つく暇もない忙しさだった。
「俺、向かいのメイド喫茶に転職しよーかな」
「最早らむらすがメイド服着てオムライス提供するしかない気がしてきた」
「絶対やんない」
客足は絶えないというのに、らむらすが大量に揚げたメンチカツがよりにもよって一個も売れない。そんなアクシデントまで発生してしまった。
「揚げてから三時間経ってるって見抜かれてるよ!」
「『油浮いてる』?文句言うな買え!」
不平不満を垂らしながらも、六日目に冷凍の天ぷらとおかかと昆布を解禁する。テディがふと現実の時計を見ると、配信を始めてから四時間が経っていた。
「店長。僕もう上がっていいですか」
「あぁ……俺今日でバイト辞めます」
「さっき店長って言ってたじゃん!?バイトだったんかい!」
こうして、らむらすとテディのおにぎり屋はたった六日で閉店したのだった。
ホット「昨日の配信おもしろかった!俺あの後お腹減っちゃって母ちゃんと焼きおにぎり作ったもん」
テディ「あの配信、資金30万円いったとこで終わったんだけど・・・60万貯めれば『偉大なるおにぎり職人が残した石碑』が買えるんだよ」
ホット「うん(あれ?何か嫌な予感する)」
テディ「勿論そこまでやる実況者なんていないんだよね。だからやろ。難易度も最初から『とても難しい』で。動画にしたい」
ホット「え?その石碑って実用性ゼロの無機物のこと言ってる?」
テディ「辛辣だよ!どんなこと彫ってあるか気になるじゃん!」
石碑には『具は隠れていても、米に宿る信念は隠れない』




