8.サルル防衛
「サルルの町が見えてきましたよ」
馬車の手綱を握るアーガストの声に、エレナ、ライオス、マリアの三人が窓から外を眺める。
荒野の中に突如現れた巨大な壁。サルル周辺は平時でも魔物が多く、鍛冶師や鉱夫だけでなく、冒険者にとっても人気の町らしい。
「なあアーガスト。何か様子がおかしくないか?」
ライオスの言葉に、アーガストは目を細めて遠くを見た。
「何か、煙が上がっているような……いや、でもサルルは鍛冶場が多い。煙が上がっていてもおかしくはないはずです」
「……そうか」
なおも気がかりな目を向けるライオスを見かねて、エレナが杖を取り出す。
「サテライトアイ」
エレナの杖先が緑に輝くと同時、馬車内に緑の円形魔法陣が現れる。
「スキャン」
エレナが加えた一言に反応して、魔法陣の内側に、サルルの町の衛星写真の用なものが映し出された。
その瞬間、四人は息を呑む。
「そんな……鉱山側の門が崩れてる」
鉱山から魔物が溢れ出し、町へと攻めてきていたのだ。
「俺は先に行って加勢する。身体強化も、町に入る頃に切れば、スタンピードへの影響もないだろう」
言うと同時に風を纏い、馬車を飛び降りるライオス。
「ライオス様!」
彼を見て、アーガストが心配と焦りを滲ませる。
そう、スタンピードは魔力密度の上昇によって引き起こされている。だから今回、魔力を排出してしまう魔術は使えないのだ。
「エレナ様! どうかライオス様について行っていただけませんか?」
アーガストは、自分の感情に折り合いをつけるように深呼吸した。
「本来、ライオス様を守るのは、僕の役目だって分かっています。ですか魔術を使えない僕ではライオス様に追いつけない……。なのでエレナ様、どうかライオス様を頼みます」
アーガストは手綱を握る手を血が滲むほど強く握りしめ、悔しそうに歯を食いしばる。
エレナはアーガストを見かねて──
いや違う。この焦燥感──私もライオスが心配なんだ。
ライオスを心配して、風と雷を纏いながら馬車を飛び降りる。
「身体強化魔術の、重ねがけ!? ……すごい。そんなの、騎士団長すら出来ないというのに……」
アーガストの感嘆をよそに、マリアが心配する様子もなく、エレナに手を振った。
「エレナー、無理しちゃダメだよー。ちゃんと帰ってきてねー!」
***
「ライオス様」
「エレナ!? どうしてここにいるの!?」
ライオスよりも早くサルルの交易門──魔物に襲われている門とは対角に位置する門に着いていたエレナは、ライオスの驚きも無視して手を差し出す。
「ここまで来ちゃったんだから、もうさっさと行きましょう」
「あ、ああそうだね。行こうか」
ライオスに手を握られたエレナは、人影のない街中を駆け出す。
普段は賑わっていると聞くサルルの町は、スタンピードの影響で閑散としてして、ただ鍛冶師が金属を打つ音だけが谺していた。
「あれかっ!」
瓦解した門のそばに、夥しい数の魔物に応戦する帝国兵団の姿があった。魔術が使えず、広範囲の攻撃手段を持たない兵団は、徐々に前線を押し込まれていく。
「くそっ! キリがない」
倒れてゆく仲間たちを前に、目立つ青の軍服を身につけた眼光の鋭い男が、後ずさりしている。
他の兵士たちも魔物の勢いに押され、ジリジリと後ずさる。
「加勢する!」
魔物に圧倒されつつある兵団を見かねて、ライオスが魔物の集団に切り込む。
あれでは、どれだけの腕があろうとすぐに数の暴力によってとり囲まれる。
「しょうがないな」
エレナは地面を踏み抜き、ライオスの周囲にいた魔物どもを切り伏せる。
ライオスに背中を預け、剣を構え直す。
「さあ、やろうか!」
ライオスの掛け声と同時に、二人の剣光が閃いた。
***
「エレナ殿、まずは礼を言おう。……帝国兵団団長トム・ファングの名において、帝国兵団を代表し感謝する!」
大柄な中年の男──トムは、エレナに頭を下げた。
無理無理無理ムリ! この、コミュ障を拗らせた私が、こんな怖そうな人と話せるわけがないでしょ!
ライオスは今も前線に加わっていて、エレナが団長と話さなければならないこの状況──初対面の大男との会話に、内心緊張している。が、その様子が表に出ないエレナは、突き放すように言った。
「そう言うの、どうでもいい。さっさと教えて。私たちはどこを担当すればいい?」
この時、エレナの暗く青い眼光は鋭く、その圧には、幾多の死線を乗り越えて来たトムですら、体の震えを抑えるのがやっとだった。
「これが、氷姫という名の由来か……」
トムが呟いた直後、二人に駆け寄る兵士が一人。
「き、緊急事態! 地上からはゴーレムが二十体、その上、空からはワイバーンの群れが、こちらに近づいて来ております!」
どちらもAランク──一匹倒すのに手練れの兵士たちが、魔術ありで三十人は必要な強さの魔物だ。
しかも魔術がないと、対空攻撃は弓くらいだ。とてもじゃないが、ワイバーンに対抗できるとは思えない。
数瞬ののち、トムは眉間に皺を寄せ、死ぬ覚悟を固めた誇り高き兵士の顔になる。
ライオス含め少数を前線に残し、大半の兵士を集めたトムは、不屈の精神を声に乗せ、命令を下す。
「町に残っている住人を今すぐ避難させろ! その間、我々はここを死守する!」
「「「はっ!」」」
トムが示した帝国兵団の団長としての覚悟──ひいては一兵士としての誇り、その勇姿を己が瞳に焼き付け、トムについて逝く覚悟を決めた兵士たち。
彼らの瞳には、一片の迷いも無い。
そんな兵士たちをゆっくりと見回したトムが、沈黙を破り、作戦開始の声を上げようと口を開く。
「作せ……」
「……いや待って、その必要は、ないです。ワイバーンは私が、倒すから……」
「「「はあっ?」」」
話が途切れるのを待ち続け、ようやく口にしたその言葉は、兵士たちが固めた決死の覚悟を台無しにした。
あ、これ、完全にタイミングミスったなぁ……。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思ったら
ブックマーク登録や、下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をタップして、応援していただけるとうれしいです!