7.初デート
エレナもライオスも、帝都の店には詳しくなかったため、出掛けに、
「頑張って!」
とマリアに渡された地図を頼りにデートスポットを回ることになった。
「ああ、そこじゃないか?」
白のシャツにラフな黒のズボンといった、平民の服を着ているにもかかわらず、全く貴族であることを隠せていないライオス。彼の指差す先には、「ラズベリー宝石店」と書かれた看板があった。
正直、あんまり宝石とか興味ないんだけどな……。でもお父様を言いくるめてくれたことには感謝してるし、今日はライオスに付き合うか。
対して、普段着の青のワンピースを着て、完全に平民に溶け込んだエレナは無言で頷き、二人は店の中へと入った。
「エレナちゃんにはどれが似合うかな……」
丁寧に並べられたアクセサリーを見定めるライオスについていこうとしたエレナの目に、「魔導石」と書かれた商品表示が映り込む。
魔導石! ずっと欲しかったんだよなぁ……。
普段は半分死んでいる目を輝かせ、魔導石の前に駆け寄る。
魔導石──魔道具の材料であり、また、杖に埋め込むことで魔術の効果を底上げする効果もある。魔導石は基本、国が管理し、直に魔道具職人たちの手に渡るため、エレナには今まで、手にする機会がなかったのだ。
私の杖、安物で魔力伝導率が悪すぎるんだよね。
いい杖は高価で、ほとんど誰からもお金をもらえないエレナには手が出せない。だから魔導石で性能を誤魔化そうとしていたのだ。
「ん? エレナちゃん、何かいい宝石、見つかったかい?」
「はい。いい素材が見つかりました」
あっ、でも魔導石って結構高い。手持ちのお金じゃ買えないな……。
財布を開け、険しい顔をするエレナを見て、ライオスは店員に、
「それをいただきたい」
そう言って重そうな自分の財布を掲げた。
「ありがとうございますライオス様!」
声を上擦らせたエレナを見て、ライオスは満足そうに微笑んだ。
「ところで、なんの宝石を買ったの?」
ライオスのオレンジ色の瞳を覗き込み、エレナは薄っすらと微笑む。
「魔導石です!」
「ははは……」
ライオスは苦笑いをして、
「つ、次の店に行こうか」
エレナの手を取り店を出た。
***
宝石店を後にした二人は、服屋など、いくつかの店を訪れ、今は町はずれのレストランにきていた。
質素な雰囲気の木造建築でありながら、どこか居心地のいいその場所で、二人は遅めの昼食を摂っている。
「エレナちゃん、これ」
食事中、ライオスが手渡してきたのは、飾り付けられた木箱だった。
ライオスに促され、開けてみる。
「これって、ブローチですか」
そこには、エレナの目と同じく、深青色に輝くサファイアが埋め込まれた楕円形のブローチが入っていた。
「そうだよ。今日最初に行った宝石店で買っていたんだよ。……よかったら付けてみてくれないかな」
はっ? プレゼント!? 私何も用意してないよどうしよー。
表情に動揺を滲ませないエレナだが、指先は震え、ブローチを付けるのに手こずる。
そんなエレナを見て微笑むライオスは、
「俺が付けてあげよう」
そう言ってエレナの手からサファイアのブローチを受け取ると、エレナの背後に周り、抱きしめるような姿勢でブローチを付けた。
「似合ってるよ」
え、いやその、抱きしめるとかいきなりすぎない!?
ライオスの大胆な行動に翻弄されるエレナ。それでもその感情を表に出すことはなく、二人の間には沈黙が訪れる。
「エレナちゃん。エレナちゃんのこと、エレナって呼んでいいかな? 俺のことも様付けじゃなくて呼び捨てでいいから」
「ご、ご自由に……どうぞ、ライオス様」
目線を下げ、顔を見られないようにしながら、呟く。
「俺のことは様付けのままかぁ」
肩をすくめたライオスは、その輝かしいほど整った顔を向け、
「……エレナ」
そう、甘い声で囁いた。
再び訪れた沈黙の前に、顔を上げることができないエレナを見て、ライオスが話題を振る。
「ところでエレナ、普段は何をしているの?」
沈黙を破ったのはライオス。
趣味の質問とかベタだなぁ。
先ほどまでの恋人さながらのやり取りは何だったのか。その急激な落差に、エレナの心は落ち着きを取り戻した。
「恋愛小説を読んだり、魔術や剣術の鍛錬をしたりしています」
「へえ、どうして魔術や剣術を? 君には必要……」
「好きだから! ……です」
食い気味に言い張ったエレナを見て、呆気に取られたライオス。
「ねえあれ、もしかして告白じゃない?」
そんな周囲の囁きに、エレナは気恥ずかしさに襲われて、それを誤魔化そうとライオスに話を振る。
「この前、オークを吹き飛ばしたライオス様の風魔術、すごかったです。他の属性も使えたりするんですか?」
ライオスは、ほのかに赤みがかった顔を横に振る。
「いや、俺は風属性しか使えないんだ。普通はニ、三属性使えるのにな……」
自重気味にいうライオス。ニ、三属性どころか、全属性扱えるエレナは、何も言えなかった。だからまた、話題をそらす。
「え、ええと……。あっ、そういえばあの時、杖なしで魔術を使ってましたよね。あんな威力の魔術、どうやったんですか?」
普通、杖なしで扱える魔術には限りがある。ちょっとした火を出したり、エレナが前にやったように、小さな物を生み出したりするくらいしかできないはずだ。
「ああ、それはこの手袋のおかげなんだよ」
そう言って差し出された白い手袋──いつもライオスが身につけているものだ。
「これは顔馴染みの魔道具職人に作ってもらったもので、手に付けているだけで杖と同じ役割を果たしてくれるんだ」
ライオスの説明を聞きながら、徐に手袋を付けたエレナは、手袋に魔力を流し込んでみる。
えっ、魔力の通り良すぎない!? これ、宮廷魔導士とかが使ってる杖と同じくらいの性能してるよ。
「ライオス様……」
顔を伏せ、手袋を凝視するエレナが、不意に顔を上げ、熱を帯びた声で、
「この手袋、もう一着ありませんか? 私これ欲しいです!」
そう言って、ライオスの息遣いを感じられるほど身を乗り出した。
柄にもなく紅潮したライオスはただ、
「ごめん。これしかないんだ……」
そう言って目を逸らした。
***
ライオスとの初デートから一週間後。エレナとライオスはお茶を囲んでいた。
「一週間後、俺は勅命でサルルの町に行くことになった。今度も、ついてきてくれないか?」
ライオスが時折見せる真剣な表現をしてエレナを見据える。
サルル──マスレイン伯爵領にあり、近郊にあるサルル鉱山で採石される希少金属がもたらす莫大な収益によって支えられている帝国有数の町だ。
「サルル鉱山で今、魔力密度が高まったせいでスタンピード──魔物の大量発生が起きているんだよ」
つまりスタンピードを止めることが今回の勅命ってことね。……まあ、面倒だけど行ってもいいか。サルルは鍛冶も盛んだし、もしかしたら剣を新調できるかも知れない。
そう、エレナは杖だけでなく剣も安物なのだ。
それに……。
頬杖を付き、日差しに照らされて煌めく金の髪に幾何か見とれた後、エレナは口を開けた。
「わかりました。私もサルルに行きます」
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思ったら
ブックマーク登録や、下の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をタップして、応援していただけるとうれしいです!