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6.帝都帰還

「エレナ。うちの果物は美味しかった?」


「美味しかった」


 農家の人たちから貰った果物を食べ終え、そろそろ屋敷に戻ろうと二人が立ち上がると、ちょうど丘の下を通る白髪の美青年──アーガストが見えた。


「アーガストさまぁ!」


 コーデリアが大声で呼びかけると、アーガストは手を振って、二人が丘を降りるのを待った。


「奇遇ですね。エレナ様、コーデリア様」


「丁度よかったわアーガスト。あなたに聞きたいことがあったの」


 そう言ってコーデリアは、エレナにぎこちないウインクを送る。


「僕が答えられるものであれば何なりと」


 さすがは元副騎士団長。片膝を地面につき、礼を尽くすアーガストの姿は美しく、様になっていた。


「ライオス様のことを聞かせてくれないかしら?」


 一瞬の間があり、アーガストはエレナをちらりと見る。そして納得したように頷くと、彼はライオスにまつわる例の噂について語り始めた。


 アーガストの話を要約すると、噂が帝国に渡る際に間違って伝わったらしい。


 帝国では、ライオスの行く先々で問題が起きたと言われているが、実際は問題の起こった場所にライオスが赴き、その問題を解決していたらしい。ただ、書類仕事をせず、社交界にも参加しないというのは本当で、その代わりに有事の対応を月に一度行うという契約を、ライオスの実の父である国王と結んだそうだ。


 つまり、ライオスが公爵邸で言っていた皇帝との契約って、国王としていた契約を皇帝とも結んだということか。


「確かに、ライオス様は誰にでも優しいお方で、女性に慣れていると思われても仕方がない行動もします。けれど、ライオス様は一途なお方なのです。……なのでエレナ嬢、どうか彼の上辺ではなく本質を見てあげてください」


 ライオスの話を終えると、アーガストはエレナに頭を下げた。


 ライオス。彼のことを考えると、自分の感情がわからなくなる。これは愛? それとも命を助けてもらった感謝? それとも……


 逡巡の後、エレナは頭を下げたままでいる彼の肩に手を乗せる。


「わかりました」


 この数日見てきた限り、ライオスはいい人なのは間違いない。だったらもう少し、ちゃんと向き合ってみようかな。


***


 コーデリアたちに見送られ、スール辺境伯領を発ってから四日。エレナとライオスは今、皇帝の城で、現皇帝── カール・フォン・グース・ウィストとの謁見をしている。


 なんで私まで……。こういう注目を集めるところ苦手なのに。


 左右に並んでいる兵士やお偉いさん方の視線が痛い。……早く帰りたいよぉ。


「此度のスール辺境伯領での活躍、大義であった。面を上げよ」


 顔を上げると、そこにいた皇帝は、聞いていた通り若かった。昨年、前皇帝が逝去し、帝位継承争いを制した彼が齢十八にして皇帝へと至ったのだ。


 言葉にのった威厳。そしてその存在感。彼には間違いなく皇帝としての器が備わっていた。


「其方らの耳に入れておきたいことがある。オークどもに例のルーンを与えた輩のことだ」


 オークが持っていた、隠密のルーンのことだろう。裏には三日月に突き立てられた剣の紋様が入っていたやつだ。


「臣下に調査させた。奴らの名はディスカー。詳細は掴めないが、どこかの国の刺客のようだ。ライオス、貴公らも警戒しておけ」


「承知いたしました」


 ライオスは返事をすると、エレナを連れて謁見の間を後にする。


 その時、


 うぅ……。なんで皇帝様、私をそんなに見てるの……。


 エレナは背中に、皇帝の冷徹な視線を感じた。


***


 皇帝との謁見が終わった後、公爵邸に戻ったエレナは一週間ほど自室で恋愛小説を読んで過ごした。


 元ひきこもり、数えきれないほどの漫画やラノベを読破した私からしても、この世界のフィクションは面白い! 一生読んでいたい。


 この一週間、エレナの部屋に訪ねた者はすべて、頼んでいたマリアによって追い払われた。


 だが、家庭環境もライオスのことも全てを忘れて読書に没頭する日々は、突然終わりを告げた。


「エレナちゃん、一緒に街へ遊びに……」


「いえ結構です」


 何故か部屋に入って来た金髪の男──ライオスの誘いを食い気味に拒否する。扉の横には、両手を顔の前に合わせ、栗色の目を泳がせながら、


「ごめーん」


 と口を動かすマリアがいた。


「そんなこと言わずに、ねっ? 今日だけでいいから付き合ってくれない?」


 エレナは食い下がるライオスを見て、ライオスにちゃんと向き合ってみようと思ったことを思い出した。


 屋敷にある恋愛小説はひと通り読んだし、ライオスとちゃんと向き合うためのいい機会……かな。


「わか……」


「お前は何をしている」


 エレナの返事を遮った冷たい声。その主は、エレナの父にしてルーズガルド公爵家当主──ジルベルト・フォン・ルーズガルド公爵。


 公爵の登場に、ライオスは身構える。ライオスは、エレナが公爵家でどんな扱いをされてきたかを、既にマリアから聞いていたからだ。


 公爵はベットに腰掛けるエレナの前に立ち、まるでガラクタを見るかのような目でエレナを見下した。そしてエレナの黒い髪を鷲掴みにし、髪だけを引っ張って、エレナの体を持ち上げる。


「お前を生かしてあるのは、お前が、ライオス様に尽くし、我がルーズガルド公爵家に益をもたらすための道具だからだ。……だというのに何故、お前はその役割を放棄するような真似をするんだ!」


 こうなったお父様はいつも、気が晴れるまで私に当たり続けるんだよな。


 諦観を浮かべるエレナに、公爵の機嫌がますます悪化していく。


 公爵は、散らばっていた分厚い本を一冊拾い上げ、固い背表紙をエレナの頭目掛けて振り下ろ……そうとしたが、ライオスが公爵の手首を掴み、それを阻止した。


「貴様、俺の婚約者に傷をつけるつもりか? それに今までも散々、エレナちゃんを苦しめるようなことをしてきたそうじゃないか」


 ライオスはさっきまで、いつもの営業スマイルを顔に貼り付けていた。だが今はもう、取り繕えないほど怒りが前面に出ていた。


「エレナの人生はエレナのものだ。どう生きるか決めるのは、貴様でもなければ俺でもない──彼女自身だ。わかったら口を慎め!」


 バキッ!


 ライオスは公爵の腕を握る力を強め、その腕をへし折った。


「ヒギャアァァア!」


「少しは人の痛みを知れ……。今後もし、エレナに危害を加えようとしたら、貴様の地位も命も、全てを奪う。……いいな」


「は、はぃぃい。……その、私はこれにて失礼させて頂きます」


 焦りで冷や汗が湧き出し、恐怖を露わにする公爵。ペコペコと絶えずお辞儀を繰り返しながら部屋を出ていく様は滑稽以外の何ものでもなかった。


 なんか、この姿のお父様をみていると、気分が晴れていく気がする。


「ライオス様ありがとうございます。……それと、街に行ってもいいです」


 ライオスはキョトンとした顔で「ああ」と頷くと、


「じゃあ行こうか」


 そう言って手を差し出す。


 エレナは差し出されたライオスの手を掴み立ち上がった。


***


「クソがっ! エレナめ、まさかライオス殿下を手駒に取るとは卑怯な真似を……公爵であるこの私に恥をかかせやがって……」


 絶対殺す!


 だがどうする? 並の傭兵や暗殺者では、エレナを仕留めることは不可能だ。


 無駄な技ばかり身につけやがって! 女は見た目と愛想がすべてだろうが! 魔術も剣術も、邪魔なだけだろうがっ!


 頭を抱えて唸る公爵に、落ち着いた男の声が聞こえてきた。


「ジルベルト・フォン・ルーズガルド公爵。どうやら復讐したい相手がいるようですね? 我らはディスカー。その復讐、協力いたしましょう」


 そう言って、男は三日月に剣が突き立てられた紋様のあるペンダントを、公爵に渡した。

「面白かった!」


「スカッとした!」


と思ったら


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