4.マリアの危機?
スール辺境伯の私兵たちがエントランスの復旧に取り掛かる中、エレナたち四人とスール辺境伯、そしてコーデリアは遅めの夕食を摂ろうと、食堂に集まっていた。
「ライオス様、エレナ様。私どもの民と領地、そして畑を守ってくださり本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
辺境伯はオーク襲撃時、私兵とともに執務室に立て籠もっていたため無事だった。どうやら、辺境伯は己の護衛よりも民を守ることを優先するよう命令したらしい。だが、私兵たちは辺境伯を大切に思い、命令を拒んだそうだ。
自然と人に好まれる。こういう人をカリスマって言うんだろうな……。私には絶対無理だな。
「ああ、誰にとっても良い結果になってよかった」
ライオスが慣れた返しをする。その立ち振る舞いは堂々としたもので、普段の飄々とした彼とは別人のよう。
そんなライオスの整った横顔を無心で見ていたエレナと、振り向いたライオスの視線が交わる。
へっ!? 私なんで今、ライオスのことを見つめてた? ……ってそうじゃなくて。今の流れは多分、私のコメント待ちってことだよね。
エレナは自身の黒髪を躍らせる勢いでライオスから視線を逸らし、努めて冷静な声で言い切る。
「領民たちが嬉しそうで何よりです」
***
その後の夕食では、
「今日は休む間もなく働いたし、俺は事後処理を手伝わなければならない。……公爵邸へ帰るのは明後日にしようか」
というライオスの提案に、エレナが心ここに在らずといった様子で首肯した。
食事中、エレナは動揺を沈めるため、壁の一点を凝視し続けていた。
うん。さっきのは何かの迷いだな。確かにライオスのことは見直した。けれどそれは異性としてではなく人間としてだ。きっと前世の長いひきこもり生活と、今世で人と関わることが少なかったせいで、尊敬と恋愛感情を勘違いしたんだ。……そういうことにしよう。
そう思ってライオスに視線をやる。
大丈夫だな。もう変に気が昂ったりしない。……あれ?
よく見るとライオスは、しきりにエレナへ──いや、エレナの隣で一緒に食事を摂っているマリアに視線を送っていた。
ちなみにマリアとアーガストは今、辺境伯の賓客という扱いになっているため、こうして一緒に夕食を摂っているのだ。
ライオスの視線を追ってマリアに目を向けると、彼女は料理を頬いっぱいに頬張り、満面の笑みで味わっている。
かわいい! ……けど流石に行儀が悪いかな。
「マリア。そんなに急いで食べると行儀悪いよ」
エレナの言葉に頷いたマリアは、口の中の料理を飲み込んだ。
「ごめん……あまりに料理が美味しいもんだからちょっと浮かれてちゃった」
「まあ、その気持ちはわかるよ」
両親に嫌われて以来エレナは、家族と同じ食事を用意してもらったことがない。だからいつも使用人用の食事をマリアに持ってきてもらって、部屋で一緒に食べていたのだ。
それに比べて、この料理はしっかりと味付けされている。それでいて素材の味を殺さない絶妙な加減の味付け。
貴族用の食事ってこんなに美味しかったっけ。いつもの薄いスープとパンとは比べるのもおこがましい。
久々の美味しい食事を食べ終えて、マリアと部屋に戻ろうとした時、
「マリアちゃん。後で俺の部屋に来てくれない? 俺は、エレナちゃんのことをもっとちゃんと知りたい。だから、友達の君から見たエレナちゃんのことを聞かせて欲しい」
エレナには聞き取れなかったが、ライオスはマリアの耳元でなにかを囁いた。
「わかり……ました」
ライオスの真剣な眼差しに、マリアが頷く。それを見てライオスは、軽く手を振った。
「おやすみ、エレナちゃん」
***
「さっき、ライオス様に何を言われたの?」
──辺境伯邸におけるエレナの部屋で、エレナがマリアに問う。
「えっと……」
マリアは困ったように頭の紐リボンに触れると、
「言わなきゃダメ?」
と、かたい笑みを浮かべた。
「私はマリアが心配なんだよ。確かに……ライオス様はかっこいいところもあった。けど、女たらしっていう噂があるのも事実だし、火のないところに煙は立たないって言うでしょ」
真剣な眼差しでマリアを見つめると、彼女は観念したように「はぁ……」とため息をついた。
「実はさっきね、ライオス様に後で俺の部屋に来てくれって言われて……ってエレナ!」
こんな夜遅くに女の子を自分の部屋に招いた? あの男はマリアを襲うつもりだ! さっきは噂と違っていい人なのかとも思ったけど、これで確信した。ライオス、あの男は正真正銘女の敵だ!
マリアが言い終わるまで待てずに、エレナは部屋の扉を破らんばかりの勢いで開けると、ライオスが泊まっている部屋へと駆け出した。
「いったぁ……」
追いかけようとしたマリアは、エレナがマリアに危険が及ばないようにと瞬時に張った物理障壁に額を打った。
「ライオスッ!」
エレナはライオスの部屋の扉を乱暴に開け放つと、その吸い込まれそうなほどに深い青の瞳でライオスを睨みつける。
「エレナちゃ……」
「マリアを傷つけるつもりなんでしょ! そんなこと私が許さない!」
そう言って杖を構え、エレナが魔力を流すと、部屋中の空気が悲鳴を上げて振動を始めた。
「マリアを穢そうとしたこと、絶対に許さない! インフェル……」
「まってくれエレナちゃん! 俺は君のことをもっと知りたくて、マリアちゃんに今までの君のことを話してもらおうと思っただけなんだよ」
ライオスの説明によってエレナの詠唱が止まり、部屋の空気も正常に戻る。そしてエレナが勘違いに気づき、羞恥心にかられるには十分な時間の静寂が訪れた。
「その……すみません! 私、早とちりしてしまって……」
ライオスに顔を見せないよう廊下を振り向いて、しきりに横髪を触るエレナ。
恥ずかしすぎる! 死にたい……。でもこんな時間に女の子を部屋に招くなんて、勘違いしないわけなくない? これ、ライオスにだって悪いところあるよね。
ちらりとライオスを見やると、顔を紅くして目を伏せ気味に、指で頬を掻いている。
照れてる! やばい、イケメンでその仕草は可愛すぎる!
鎮まりかけていた鼓動が再び高鳴るのを感じ、再びライオスから目を逸らす。
いや落ち着けエレナ! これはいわゆる吊り橋効果みたいなものだ。恐怖じゃなくて恥ずかしさのせいで心拍数が上がっているだけ。決してライオスに魅力を感じているわけではない……はず。
「わっ!」
急に肩に何かが触れる感触がした。見ると、ライオスはエレナの肩に手を置き、息づかいを感じられるほど、エレナの耳に口を近づけた。
「君は、俺が彼女に手を出すと思ってここにきたの? 優しいね。でも自分が襲われると思わなかった? それとも、もしかしてそれを期待してここにきたの?」
ライオスは顔を紅くしたまま、イタズラっぽく微笑む。
「そ、そんな訳ないでしょ」
うぅ……。こいつ本当になんなんだ……。
「夕食の時も言ったけど、明日俺は忙しくて君に会えないと思う。でも、俺が恋しくなったらいつでもおいで」
そう言ってウインクするライオスに、エレナは声を張る。
「いきません!」
「面白かった!」
「続きが気になる!」
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