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第四話 人質妃、琴を奏でる

玫玫が見つけたものとは


「姫様、例の物は見つかった?」

「い、いえ……」


 初夜以降、太星と玫玫は毎日一度は食事を一緒に取るようになった。

 

 顔を合わせたい、命令、というよりも進捗報告会である。


 今日はどこを探すのか、何をするのか、探しものの進捗はどうかを太星は軽快に玫玫に訊ねることが日課になった。


「今日はどこ探すの?」

「東側の……」

「そう、じゃあ頑張って」

「はい……」

 

 陛下。絶対、楽しんでる。

 もしかして、相当性悪なのでは?


 陛下は王宮内は自由に探していいと言った。

 しかし、王宮内の地図はあげないと言った。


「地図とか……」

「姫様、1人で俺の助言も頼りにせず、己の力で探さないと意味ないよ」

「何日かかるか……」

「嫁入りしたんだから何日かかったって一緒だよ」


 大まかなものでもいいと言っても、なんだかんだ言いくるめられてしまう。


 無いものは作るしかない。


 玫玫は手書きで地図を少しずつおこしはじめた。

 まだ王宮内の東西南北の東側ですら手がまわっていない。


 もう少し人手が欲しいところだけれど、私が和平のためだけの妃じゃないとバレたらそれだけで王宮を追い出されかねない。

 

 今、探しものが出来ているのはひとえに陛下が目をつぶって下さっているだけというのを忘れてはいけない。


「東側の倉庫はこれが最後……」


 東側の倉庫には多種多様な物が置かれていた。というよりは詰め込まれていた。

 絵画、壺、箪笥、椅子、掛け軸。


「そもそも、情報がない。終末兵器ってどういうものなんだろう……」

 

 倉庫の奥へ奥へ進んで行くと立派な木箱があった。


「立派な木箱、なんだろう」

 

 木箱を開けると、中には見事な琴が入っていた。

 見るからにいい音が出そうなぴんと等間隔にはられた弦。


 うず。


 もう何年も触っていないのに、手を伸ばしてみたくなる。

 指で弾いてみたくなる。


 弦に触れる数ミリというところで玫玫は指を丸めた。


 今は琴を触っている場合じゃない……なんのために嫁入りした、玫玫!


 玫玫が木箱の蓋を閉めようとすると背後から声がした。


「へぇ、姫様。楽器を弾けるのか。弾いてみせてよ」

「へ、陛下!? いつのまに」

「泥棒みたいな姫様が見えたから様子を見にね」

「泥棒……」

「それで、弾かないの?」

「探しているものではありませんので……」

「そうか、じゃあこれは捨てておくよ」

「どうして捨てるんですか……」

「王宮内で楽器を弾く人はいないからね」


 捨ててしまう? 

 こんなにもいい琴なのに……。


「この倉庫内も近々整理しようと思っていたんだ。ちょうどいいな」

 

 太星がこんこんと琴の入った木箱を指で叩いた。


「じゃあ、俺は執務に戻るよ」

 

 そう言って倉庫を出ていこうとする太星の服を玫玫はとっさに捕まえた。


「んー? なにかある?」

「あのー」

「うん」

「捨ててしまうなら、私にください……」

「でも、姫様弾けないんでしょう?」

「うっ……ひけます」

「へぇ」


 半ば流れで玫玫は琴を弾くことになった。

 木箱から琴を取り出して正座をした。


 うわぁ、琴だ。嬉しいな。


 玫玫は愛おしく撫でるような手つきで琴に触れた。

 もう何年も触っていない琴が目の前にある。ただそれだけで胸が高鳴った。

 弦を指で弾き、音を出すと胸がきゅうっと高鳴った。

 

 この音……そうそう、大好きな音。


 一音出した後はもう止めることが出来なかった。

 一つ、二つ、音が重なり曲になる。


「ふう」


 一曲弾き終わると胸がとても満たされた。

 玫玫がすぅっと体の力を抜いた時、刀にずしっと重さを感じてヒッと声をあげた。


「陛下、なにして」


 太星は玫玫の肩に体重をかけ、寄りかかっていた。


「もう少し聴かせて……見事な音だ」

「み、見事ですか……私の、琴……」

 

 じわりと瞳の表面に涙の膜が張った。


「見事じゃないなら、なんだって言うの?」

「ほめられると、思っていなくて」

「一曲だけなのはもったいないな」

「あ、ありがとう……ございます」

「なんで泣くの」

「い、いえ。目にごみが入っただけです。……弾きますね」

「あぁ」


 時間を忘れて練習をした日々を、宴の席で失敗した場面を、父に兄、姉に見限られた瞬間に置いていかれてひとりぼっちの私をこの人はいとも簡単に包んでしまった。

 

 夢中で何曲か演奏した玫玫だったが、足が痺れて立てなくなった。


「手のかかる姫様だなぁ」

「すみません、とんだお手数を」

「いい音聴かせてもらえたら、良しとしようか」


 見かねた太星が渋々抱き上げて部屋へ運んだ。




「姫様、知ってる?」

「はい?」

 数日後の2人の食事の時間。

 太星は玫玫ににやりと微笑んだ。


「東側の倉庫に琴のお化けが出るらしい」

「琴のお化けですか?」


 東側の倉庫で……琴、身に覚えがある。


「みんな躍起になって探しているらしいよ。その琴の音色を聞くと幸せになるらしいから」

「ふ、不思議な話ですね」

「まぁ、俺が流した噂だからね」

「え……どうしてですか」

「面白いかなって」


 やっぱり陛下は何も考えず、ただ面白がっているだけかもしれない。


「それと、倉庫の整理は延期することにしたから」

「ほんとですか!?」

「琴も好きなときに好きなだけどうぞ」


 今日もまた、終末兵器探しをはじめましょう。



軽やかな日常のスタート。実に微笑ましい

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