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第二話 人質妃、婚礼の儀

黒にやってきた玫玫。休ませてはくれないようで......


「開門!」


 開門を知らせる声で玫玫はもうすでに黒が目の前なのだと実感した。

 

 どんな恐ろしい国なのだろう。荒くれ者の巣窟、荒れた城下に違いない。


 恐る恐る馬車の小窓から外を見てみる。


「え……あれ?」


 恐ろしい噂しか聞いたことのない黒は想像以上に栄えていた。

 荒れているなど、とんでもない。路上で倒れている人もいない、どこかで乱闘騒ぎをしている様子もない。むしろ、桃より活気があり、綺麗な城下だった。

誰も彼もが上を向いて、大きく口を開いて笑っていた。


「……賑やかな城下だわ」


 城下町を抜けると黒を基調とした宮殿が見えてきた。


「黒い宮殿……」


 馬車が止まって扉が開いた。

 馬車の前には身を低くして控えている人たちたくさんがいた。


「桃の姫様、ご到着になります!」


 馬車から降りると日が傾いていて、西日がとても眩しく自然と目が細くなる。

 侍女が目の前に現れ、頭を下げた。


「道中、お疲れ様でございます」


 今日はこのまま休むのかと思ってい玫玫の予想に反し、侍女は今から本番というようにきりっと背筋を伸ばした。


「玫玫様! お急ぎください。これからは時間との勝負となります」

 時間との勝負?

「全力で、御支度させていただきます!」

 ぜんりょ、くで、したく?

「では、参りましょう!」


 侍女数人は玫玫を担ぎ上げる勢いで王宮内を進んで行った。



 嫁入りにふさわしい装いでと桃で一番質のいい生地で誂えた服を着ていたのに素早く脱がされてしまい、気づけば一糸まとわぬ姿になる。


「湯浴みになります」

「湯浴み……」


 早速、湯浴みが開始された。

 温かいお湯、とてもいい匂いがする。湯にまかれた花びらもいい。と、花びらを指でつついてから数秒の事だった。


「おあがりください」

「あがる......」


 着替え、化粧、そして装飾品を髪や耳、首にたくさんつけられる。


「あ、あの! これから何が」


 何をされているのかも理解できない玫玫は侍女の行う支度と支度の隙間に声を挟んだ。しかし、玫玫の言葉に侍女は手を止めることはなかった。


「黒の婚礼の儀は夜に行います。必ず、満月の夜。すなわち、本日です」

「婚礼の儀!?」

「はい、本日です」


 玫玫に駄々をこねる時間は許されなかった。

 されるがままにようやく支度が終わった玫玫は手鏡を渡されて最終確認をしていると唇に色がなかった。


「あの、口紅を忘れているようです」

「いいえ、忘れておりません。そのままでよいのです」

「はぁ」

 指摘しても口紅が塗られることはなかった。



 唇だけ色のない状態で部屋を出て、小さい提灯を手に持った侍女の後について長い廊下を歩いていく。

 長い廊下の窓に自分の姿が映った。

 婚礼の儀だと言っていたはずだが、真っ黒な花嫁衣裳に身を包んでいる。

 これでは婚礼の儀というより葬式のようだ。

 色のない唇もなんだか死者みたいだ。



 長い通路を抜けた先、急にあたりが明るくなったように感じて見上げると頭上に満月があった。


「大きな月」

 

 桃で見ていた月よりもだいぶ大きく見えた。

歓迎にも嘲笑にも見える満月を見上げながら歩いていると侍女が足を止めた。


「皇帝陛下、玫玫様をお連れいたしました」

「あぁ、ご苦労」

「私はこちらで失礼いたします」


 侍女は目の前の皇帝陛下へ深々と一礼し、手を合わせた。それは等しく玫玫にも一礼をし、手を合わせ去って行った。


 しゃらん。


 鈴に似た音がした。

 音を探し、顔をあげると皇帝陛下の耳飾りが揺れていた。


「初めまして、桃の姫様」


 高くもなく、低くもない一音一音洗練された声はやけに耳ざわりがよく、自然と顔をあげてしまった。


「李 太星……皇帝陛下」


 先程まで葬式のようだと思っていた黒の婚礼衣装がこんなにも妖しく美しく見えることがあるだろうか。


 このお方が無慈悲な黒の皇帝陛下。

 ちゃんとしなきゃ。ちゃんとしなきゃ。

 最初が肝心。

 玫玫は玉のような唾をのみこんで喉を鳴らした。


「緊張してる?」

「い、いえ」

「全部顔に書いてある」

「あ……」

「姫様の思ってること読み上げようか?」


 太星は玫玫に近づいて見下ろすようにしながら、両頬を包み、顔色を読んだ。


「瞳孔が開いてるよ?」

「え」


 太星は幻想的な容姿をしていた。

 絹糸のような黒髪から夜空を彷彿とさせる溜紺の瞳。涙のように配置された泣き黒子。

 玫玫は目が離せなかった。

 男性とこんな至近距離で目を合わせてしまったら次は何をすればいいの……。


「姫様、桃の香とか使ってる?」


 唐突に太星はくんくんと鼻を鳴らして問いかけた。しかし、太星の近さに目を回している玫玫はぎこちなく返答することが精一杯だった。


「ツカッテイマセン」

「気のせいかな」

「キノセイデス」

「そう?」


 


「陛下」

 いつからか近くで控えていた男性が太星を呼んだ。


「もうはじまるそうだよ」


 太星が玫玫に告げてすぐ、大きな扉が開かれた。


 婚礼の儀が厳かにはじまった。


 ちゃんと、やらないと。

 突き刺さる視線に体中穴が開きそうだった。

 見惚れるくらい美しく感じた黒髪も集合体になると恐ろしくて、足が重くなる。


「姫様、呼吸はしたほうがいい。中央の人が立っている場所まで歩くよ」


 太星はまっすぐ見据えながら、小声で玫玫を導いた。

 二人は神官のたつ場所まで歩いた。

 目の前には満月のような金色の器と鏡が飾られ、二人の手元にはお膳に乗った貝の形の器が二つ置かれた。


 これは何だろう……。


「ただいまより、紅契り(べにちぎり)の儀を行います」


 慣れたように太星は膳に手を伸ばし、器の蓋を開けた。

 中には真っ黒な口紅が入っていた。


 なるほど、紅契り。 

 自分で塗るからお化粧に口紅はなかったんだ。


 太星は自身の薬指の先に器の中から黒い紅を掬いあげた。


「こっちに顔を向けて」


 小声で声がかかって太星を見ると彼は既に玫玫に身体の向きを変えていた。


「すこし唇を開いて上を向いて」

「……ヒ」

「目を閉じて」


 自分でじゃないの!?


 あっという間に顎に手を添えられ顔を固定された玫玫は目を閉じた。

 唇に紅をのせられ、右に左に口紅が伸ばされてく感触があった。

 

 唇の形がぐにぐにと、くすぐったい。


 唇から太星の指の感触がなくなって目を開けると、彼は自身の色のない唇を指さし、同じように自分にも紅をのせろと目配せをしていた。

 玫玫はぎこちなく頷いて、貝の器に手を伸ばした。

 しんっと静まり返る空間で手が震えはじめた。


 震えている場合じゃない!


 カランッ。


「あ……」


 貝の器をうまく掴むことが出来ずに床に器が落ちてしまったのだ。

 玫玫の呼吸が浅くなる。

 脳裏に琴の弦が切れた瞬間が思い浮かび、顔をあげられない。

 陛下は鬼のような形相をされているかもしれない。もう、見限られてしまうかもしれない。


「なんでもないような顔をして。俺以外、何を失敗したかなんてわからない」


 太星の声に玫玫は目が覚まされたように顔をあげた。


 どうして、怒らないの? 失敗したのに。


 溜紺の瞳と目が合った。

 瞳の奥に月が見えたような気がした瞬間だった。


「!?」


 太星はまだ染まっていない唇を黒く染まった玫玫の唇に押し当てた。


 その時間は玫玫にとって永遠にも感じるほどだった。

2人の絡みは書いていてとても楽しいです。

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