第一話 人質妃、出国
桃国のお姫様は崖っぷち。
このあたりは元々「色」という一つの大きな国だった。しかし、「色」は内乱が絶えなかった。
次第に勢力は四つに分かれていった。
絶え間ない勢力のぶつかり合いにより「色」は消滅し、四つの国が誕生した。
北の「青」
西の「緑」
東の「桃」
この三国は三角形のように国を築いた。
そして、三角形の中央に存在するのが「黒」である。
青、緑、桃の三国は常に争いが絶えなかった。
幾度となく、和平協定を結んでは裏切りを繰り返していた。
ただ、ひとつだけ、三国が長年守り続けている協定が存在する。
黒への不可侵である。
争いの絶えない三国がその協定だけは破ることができない理由は大昔から言われている一つの噂に根付いている。
『黒は三国を一夜にして滅ぼすことが出来る終末兵器を所持している』
玫玫はとても憂鬱だった。
もう何年も顔を合わせていない、言葉も交わしていない父に呼び出されたのだ。
「はぁ……」
髪を梳かす櫛を握る手が震えていた。
『この欠陥品が!』
十歳の頃、長兄の成人の宴の席。
たくさんの人が集まっていた。
玫玫は余興で琴を披露することになった。
琴をはじめたばかりの頃、先生には筋がいいと言われた。
何も取柄のなかった自分が唯一褒められたものだった。
心から嬉しく、ただ琴の音色が大好きだった。
時間があればあるだけ、いつでも弾いていた。
その日だっていつもどおりだった。緊張もしていない。
出だしはとてもよかった。今まで琴を奏でていて一番いい音だった。指だっていつもよりすらすら動いてくれる。
ピシッ。
頬に痛みが走った。
指が止まり、音が止まった。
はじめて音が汚く途切れてしまった。
「弦が……」
琴の弦が切れて、頬を掠ったのだ。
頭が真っ白になって父を見た。鬼の形相だった。視界に入った長兄、長姉も鬼のような顔をしていた。次兄は顔をさっとそらした。
宴が終わり、父は私に怒鳴った。
「この欠陥品が! ガラクタ如きが私の顏に泥を塗りおって」
その時、弦が切れた時と同じようにピシッと親子の関係が終わったのだと感じた。
家族の食卓にも呼ばれない。存在は無視され続けた。そんな中、呼び出されたのだ。
憂鬱だ。
とぼとぼ父の待つ部屋に向かっていると長兄とすれ違い肩がぶつかり、身体が吹き飛んだ。
「気をつけろ」
「申し訳ございません」
「あら、お兄様。可哀想ですわよ」
長姉は玫玫を気遣う口調で嘲笑い、長兄は大きなため息をついた。
二人が去った後、玫玫を立たせてくれたのは次兄だった。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます。兄上」
「もっと周りに気を遣え、自分は自分で守るしかないぞ」
次兄は玫玫を不当には扱わないが、特段仲がいいとも言えない。
父の部屋の扉を叩き、名前を告げると入れと言われた。
「失礼いたします」
手を組んで身を低くしてから部屋に入ると目の前には父と母がいた。
「玫玫、お前には黒へ嫁いでもらう」
数年ぶりの会話はあまりにも唐突な内容だった。
「黒……で、ございますか」
頭の中で黒を思い浮かべては奥歯を噛みしめた。
黒は恐ろしい噂しか聞いたことがない。
監視国家、他国の者が足を踏み入れたが最後二度と出ることはない。無慈悲な皇帝は他国の人間を生かさない。
体中の血の気が引いていく感覚の中、父は話を続けた。
「此度、桃と黒は和平協定を結んだ。その協定の証として私の娘を嫁に出すことにした。光栄なことだろう」
父の見下ろすような視線は肯定しろという圧をはらんでいる。
玫玫は頭だけを下げるので精一杯だった。
「ただそれは、表向きな話よ」
父の声が低くなった。さらに不敵に口角をつりあげた。
「玫玫。父は、いや、桃は黒を欲しておる。わざわざ和平協定などと遠回りをする意味がわかるか? いや、お前にわかるまいな」
玫玫は頭をあげなかった。
私はきっと発言を許されない。
「教えよう。黒は一夜にして三国を滅ぼせる終末兵器とやらを所持していると聞く」
終末兵器……そんなものがあるの?
「嫁入りし、黒の皇帝 季 太星にどんな手を使ってでも気に入られよ。そして、黒の所有する終末兵器が何たるかを桃に持ち帰れ。それがお前の使命だ」
父が立ち上がり、近づいてくる。
床ばかり見つめていた玫玫の髪を引っ張り上げ、上を向かせた。
「終末兵器とやらの情報を持ち帰れた暁には、お前を桃の英雄と評し、しっかり私の娘として表に出してやろう。お前の使えるものは全て使え、たとえ命でもな。わかったな?」
一方的に話を終えた父はガラクタを放り投げるように玫玫の髪を放り投げた。
そして、足音大きく部屋を出ていった。
呆然とする玫玫を力強く抱きしめたのは先程まで父の横で静かにこちらを見ていた母だった。
「玫玫」
ずっと母だけが、味方だった。
父に見限られた日以降も母だけが優しく愛を持って接してくれた。
「母上……」
しかし、母であっても父に逆らえるわけもないことは知っていたし、代わらず玫玫に優しく接するということは一種の父への反抗であり、母が自分のせいでよく思われていないことも痛感していた。
ごねたところでさらに母を困らせることは明らかだった。
私には選択肢はないのだ。
「母上、今まで……お世話になりました」
「玫玫、貴女をまもってあげられなくてごめんなさい。母にもっと力があれば」
たくさん、守ってもらったんです。たくさん、迷惑をかけたのは私なのです。
言葉がうまく出てこない玫玫は抱きしめられた母の背中に手を回して力強く服を握る事しかできない。
「忘れないで、この先ずっと何があってもあなたは私の娘であり、母は味方であると」
「うっ……は、い。ちゃんとやります。母上の元へ無事に帰ってこれるように、黒の秘密を持ち帰ります」
それから一週間もしないうちに私室の荷物は手際よく整理され、最低限の荷物を積んだ馬車へ身体ごと詰めこまれた。
玫玫付きの侍女はいない。
あくまで黒に入る事を許されたのは玫玫だけだった。
たった一人の嫁入り道中である。
玫玫ちゃん!
頑張って!!作者としてはそればかりです!
はじまりますよーー!!