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第十五話 人質妃、終末兵器と対峙する


 玫玫は桃琴伝を読みきって、脱力しながら膝の上に本を置いた。


「そうそう! 何度も読んだ記憶がある。あれ、たしか明鈴に憧れて私は琴を習いたいと思ったんじゃなかった?」


 皮肉にも桃琴伝と同じように自分も牢に入っていることに苦笑した。

 叩かれ切れた左眉の痛みを抑えるように掌を当てた。


「陛下に会いたい……」


 玫玫がそうこぼしてすぐ後、急に牢の周りが騒がしくなってきた。

 王宮内の侍女や侍従の声だけじゃなく、兵士の声も聞こえる。


「なに?」


 ガンッ。

 大きな音をたてて牢の扉をこじ開けている音がする。

 ガツガツ。

 足音があまりにも多い。

 ドッド。

 心臓が飛び出してもおかしくないほど暴れている。乱れる呼吸を無理やり整えるようにぎゅうっと服を握る。



「玫玫」


 過呼吸のように浅く酸素を出し入れしていた玫玫に聞きなれた声が落ちてきた。

 呼吸が整い、顔をあげると牢屋の格子の前に太星が立っていた。


「へいか?」


 太星は玫玫の顏の高さに合わせてしゃがむと眉を寄せた。

 格子の隙間から手を差し入れた太星は玫玫の髪を耳に流して、父に叩かれ切れている左眉の上の傷に指先で触れた。


「これは?」

「あ……えっと、これはですね」

「許されない……すぐに話をつける」

「え……まっ」


 太星はすっと立ち上がり、玫玫を背で守るように身体を返した。

 太星の視線の先には父と長兄、数人の兵士が立っていた。


「黒い髪……その服装に、容姿。これはこれは李 太星皇帝陛下ではありませんか」

「妃を迎えにきた」

「それはそれは。遠いところわざわざ」


 父は口調だけは下手に出ている風に話をする。

 その実、表情や佇まいからは一ミリも下手に出てはいなかった。


「黒の妃に手をあげたな?」

「黒の妃である前に、桃の娘です。実の娘が不出来なら躾も致し方ないでしょう」

「致し方、ないだと」

「いい機会だ。季 太星皇帝陛下、そんなにも娘が大事であれば玫玫と交換に黒の終末兵器について教えてください。教えてくださるのであれば娘は黒に連れ帰ってもらって問題ありません。親子の縁も切りましょう」

「些末なことだ」


 あまり大きくはなかったが、玫玫には一音、一音、はっきりと聞こえた。


「は?」

「そんなことでいいなら教えてやる」

「そ、そんなこと!?」


 太星の怒りに震えた声が響いた。

 そして微かに地面が、さらに牢屋が揺れはじめた。地響きではない、空気自体が震えはじめたのだ。


 しゃらん、しゃらん。


 警鐘のように太星の耳飾りが揺れた。

 彼は片耳の耳飾りを握りこんだ。痛々しい音を響かせ皮膚ごとちぎって強引に取り払った。

 

 しゃん。

 地面に耳飾りが落ちた。


「これは……」


 玫玫が先に見たのは父の顏だった。

 驚きと嫌悪の混じった表情だった。

 隣の長兄は目を細め、袖で鼻まで覆い、顔をしかめた。兵士は剣を一斉に抜いた。

 玫玫が太星を見たのはそれからだった。

 桃琴伝の表現と全く同じ言葉を呟いた。


「蛇に似た、鱗……獅子のようなたてがみ……天を差す、角」


 目の前に確かに存在していたのは龍だった。

 季 太星は龍だったのだ。


「黒の終末兵器とやらはこれのことだろう」


 太星が父に言い放って、一瞬だった。

 牢屋の格子がばらばらと崩れ、石の壁には瞬く間に穴が開いた。

 大きい前足に玫玫は優しく身体を支えられ、抱えられた。

 そして、勢いよく空を昇った。


 月や星が近いなどと感嘆している余裕はなかった。


 黒の王宮に到着して太星は人の姿に戻った。

 片耳からは血が滲んでいた。


「陛下、耳が」


 太星は玫玫の声かけには何一つ答えなかった。

 傷だらけでぼろぼろな彼女を抱き上げ、王宮内に入っていった。

 淡々と部屋の前で侍女に玫玫を預けて傷の手当と療養を言いつけ去っていった。



「玫玫! 大丈夫か?」


 晴藍の姿を見た玫玫は静かに立ちすくしたまま涙を流した。


「どうした、痛いところでもあるのか? いや待て待て、傷だらけじゃないか。里帰りではなかったのか?」


 あたふたする晴藍は玫玫の身体の周りをとりあえず一周してから抱きしめた。


「安心しろ。私にも妹がいるからな。こういうときはこうするのがいいのだ」

 

 晴藍は玫玫をあやすように背中をさすった。



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