ゴリラ暴走
ゴリラは、発見以来長年に渡って凶暴な動物であると誤解されてきたが、近年になって研究が進み、交尾の時期を除けば実は温和で繊細な性質を持っていることが明らかになってきた。
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相変わらずゴリ子はバナナをむさぼっている。
「やっぱバナナは飽きないわねぇ」
だろうね。ゴリラだもんね。バナナ好きだもんね。
机の上に大量に置かれているバナナ(俺の一万円で買ったやつ)を見て、ゴリ子は言った。
「でも、たまには違う味も楽しみたいわね……」
そう言うと、ゴリ子は鞄をあさり始めた。
「これこれ」
そして、ゴリ子は取り出した。
「ぱっぱらぱっぱっ、ぱっぱらぱっぱっっぱー♪」
謎のかけ声と共に。
たぶん、ドラえもんの秘密道具を取り出すときの効果音のつもりだろう。
声が野太すぎて分からなかった。
「生クリーム~♪」
ドラえもんと言うよりかは、ゴリえもんだな。
その生クリームをバナナに付け、食べる!食べる!!食べる!!!
「食った食った」
ものの数秒ですべて平らげた。
「まだ足りないわね……」
そう言った途端、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「仕方ないわね。後で売店行こーっと♪」
止めてくれ。
お前、売店の食料買い尽くすだろ。
まぁ、やつの金があればの話だが。
「あ!でも、100円しか無いしっ」
助かった。
かくして、売店の食料が尽きるという大事件は免れたのであった。
「あ!万札5枚発~見♪」
前言撤回。
終わった。何もかも。
我らの食料は、ゴリ子という名のもとに剥奪されるんだ。
「はーい。席に着けー」
先生がやって来た。
席につき始める生徒たち。
授業が始まった。
授業中、ゴリ子は異様におとなしかった。
それはまるで、戦が始まる前の武士の如く、精神統一をしているようだった。
キーンコーンカーンコーン……。
そして、授業終了を知らせる鐘が鳴った。
「じゃあ、今日はここまでだ」
先生の号令で、授業が終わりを告げる。
それぞれに動き出す生徒たち。
そして、ゴリ子も。
ゴリ子は、席を立ちゆっくりと歩き出す。
「……まずいな……」
売店で食料を調達する生徒が多いこの学校では、売店がかなり重宝される。
食堂もあるのだが、とある理由で今はやっていない。
なので、ここでゴリ子に売店を使い物にならなくされると、非常に困るのだ。
因みに、俺もその1人だ。
「……俺が……止めなきゃ……」
ここで俺が止めなきゃ、大勢の被害者が出る。
俺は拳を力強く握りしめた。
そして
「……ゴリ子っ!」
「何よっ!?ふんっふんっふんっふんっふんっふんっ!!」
……鼻息荒っ……。
「どこに行くんだ?」
「売店よ。ふんっ!!何か文句でもあんの?ふんっふんっふんっふんっふんっふんっふんっふんっふんっふんっふんっふんっ!!」
さらに鼻息荒くなってる……。
それに、文句なら大ありだよ……。
「今、売店に行くのは止めておいた方がいい」
「何でよ。ふんっ!!」
「何でって……?うーん……」
考えるんだ……!
何とかしてゴリ子を止めるんだ……!
「今日は、売店休みだ!」
「さっき行ったら、やってたわよ。ふんっ!!」
「売店のおばちゃんが、自殺したそうだ!」
「あたしには関係無いわよ。ふんっ!!」
「………………」
いったい……どうしたら……。
とりあえず、今は時間を稼いで休み時間が終わるのを待つしかない……!
それには仲間が必要だ。
俺は、伊藤にアイコンタクトを試みる。
『伊藤!手伝ってくれ!何とかしてゴリ子を止めるんだ!』
「?」
伊藤は首を傾げている。
ダメか……!
それでも、しつこくコンタクト。
じーーーっ……。
ずっと救難信号を送り続けていると、伊藤は赤くなって俯いてしまった。
そりゃ、他人にじっ見つめられたら恥ずかしくなるわな。
俺だってなる。
伊藤が使えないとなると、かなり不利だ。
ゴリ子と仲がいいのは、伊藤くらいだ。
だから、ゴリ子の行動の抑止力を持つ者は、伊藤くらいしかいないのだ。
ここは、俺1人で戦わなければならないのか……。
「……ゴリ子!一年二組の超イケメンで有名の、池山がお前を呼んでたぞ!」
「…………マジで……?」
「もちろん!」
嘘だ。
「………………ふんっ…ふんっふんっ……ふんっふんっふんっ!!」
何か鼻息荒くなってきたな……。
「マジで!?マジで!?マジでっ!?」
「マジで!!マジで!!マジでっ!!」
嘘だ。
「ふんっふんっふんっふんっふんっ!!」
「ふんっふんっふんっふんっふんっ!!」
真似してみる。
「ふぅーーーん!!真似すんじゃないわよ!」
怒られた。
「早く行ってあげな!待ってるよっ」
「ふんっ!!」
『うん』と言ったらしい。
ゴリ子は走り出した。
俺はその背中を見送った。
ゴリ子は今、池山のことで頭がいっぱいだろう。
だから、今は売店氷河期の心配も無い。だが、問題はこの次の休み時間だ。ゴリ子が戻って来たときには、俺の嘘もバレているだろう……。
そして、ゴリ子は俺の言葉に耳を貸さなくなる。俺1人では、太刀打ちできない相手となるだろう。
だから
今度こそ、伊藤の力が必要だ。
このことを説明したいが、伊藤は今席を外している。
戻ってくる頃には、授業開始の鐘が鳴っていることだろう。
「……いったい……どうすれば……」
次は三時間。
次の休み時間さえ持ちこたえれば、何とかなる。
その次は昼休みだしな。
みんなの食料調達もまだ間に合う。
「……よしっ!!」
俺が、決意を固めていると、鐘が鳴った。
授業中、ゴリ子はイライラを隠しきれない様子だった。めちゃクソ貧乏揺すりしてるし、めっちゃ『イライラ』言ってるし。
池山に『おめぇなんか呼んでねぇよ。ゴリラがっ!』とでも言われたのだろうか?
「……さて」
問題はここからだ。
どうやって伊藤にあのことを知らせるかだ。
俺は悲しいことに、伊藤のアドレスを知らない。
一番手っ取り早いこの方法がダメとなると、かなりキツい。
紙飛行機に用件を書いて、伊藤のとこまで飛ばすか?
よし、それでいこう!
まず、ルーズリーフに用件を書く。
次に、それを紙飛行機へと変形させていく。
出来上がり。
「ちゃんと届くかな……」
伊藤の席は、壁際の前から2番目。
俺の席はその横の列の前から5番目。
つまり、あんまり離れていないのだ。
普通の人なら、まず届くだろう……。
しかし、肝心の紙飛行機を投げる人がノーコンなら話は別だ。
「おりゃ!」
俺は紙飛行機を、伊藤に向かって発射する。
しかし、前に投げたはずの紙飛行機は、真後ろに飛んでいった。
「やべっ……!」
さくっ。
……さくっ?
後ろからは、謎の効果音が聞こえた。
後ろを振り返ると、紙飛行機が刺さっていた。
頭に。
いや、言い方が悪いか。
頭に刺さったのではなく、髪に刺さっていた。
もっと言うと、モジャモジャの髪で有名な縦嶋くんの、天然パーマな髪に突き刺さっていた。
「…………………」
しかも、気付いてねぇ……。
縦嶋くんは授業に集中していたため、まったく気付いていなかった。
流石にこのままじゃダメなので、紙飛行機を救出することにする。
ノートを書くために下を向いた瞬間がチャンスだ!
俺は後ろをチラチラ見て、機会を狙っている。
その姿は、他人から見たら怪しい人にしか見えていなかった。
縦嶋くんが下を向いた!
「今だ!」
小声で呟く。
「おりゃ!」
紙飛行機を、勢いよく引き抜く!
「ぎゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」
「……………すまん」
髪の毛まで引き抜いてしまった。
いっけね☆
手を見ると、大量の髪の毛が握られていた。
縦嶋くんは、あまりの痛さに泡吹いて気絶してしまった。
前を向き、再び伊藤に飛ばす。
「おりゃ」
今度は上手く前に飛んでいった。
「お……良い感じだ」
伊藤まで、一直線……かと思われたが……。
「why!?なぜ!?」
紙飛行機は旋回して戻って来た。
そして
「ぎゃぁぁぁあぁあぁあぁ!!」
いつの間にか起き上がっていた、縦嶋くんの目にに刺さった。
どうしようか……。
俺のノーコンじゃあ、たとえ100回飛ばしても、伊藤には届かないだろう。
誰かにメールで、伊藤のメアド訊くか……。
ナイスアイディアだ。
つーか、何でもっと早く気付かなかったんだ……。
一番手っ取り早いのに……。
バカだな……俺……。
誰に訊くか……。
伊藤と仲の良い、隣のクラスの桐島にでも訊くか。
「えーと…『伊藤唯のメアド教えて』…と」
2分後。
ブルル……。
携帯のバイブが鳴った。
「きたきた」
携帯を開き、メールを確認する。
『……分かった。ニヤニヤ』
「…………………」
……何だ『ニヤニヤ』って。
まぁいいや。
桐島のメールには、伊藤のメアドが添付されていた。
「…………………」
それを登録したとき、思わぬ誤算だということに気付いた。
ゴリ子を止めるということを口実に、美少女伊藤唯のメアドを獲得することができたことに。
「……ヤッタネ!」
小声で言ったつもりだったが、丸聞こえだったらしく、周りの生徒に引かれていた。
とりあえず、伊藤にメール。
『ゴリ子を止めてくれ』
送信っと。
……ん?今のじゃ分からないか?
送信完了してから気付いた。
1分後。
伊藤から返信がきた。
『何のこと?』
やっぱりそうなるわな。
『ゴリ子を止めないと、大変なことになる』
送信。
ん?これでも分からないか?
気付いた時には、送信完了になっていた。
1分後。
『ゴリ子の何を止めればいいの?それと、大変なことって何?』
やはり分からなかったか。
つーか、分かってたらすごいわ。
それと、的確な指示をありがとう。
俺は、伊藤への返信メールを作成する。
『ゴリ子の暴走を止めてくれ。止めないと困る』
送信!
「……眠い……。今日は日差しが気持ちいいなぁ~……」
無事作戦を伊藤に伝え、安心した俺は机に体を突っ伏し、来るべき戦いに向けて、体を休めた(つまり寝た)。
一方、伊藤唯は困り果てていた。
伊藤が見つめる先には、須藤から送られてきたメールの内容があった。
「『ゴリ子の暴走を止めてくれ。止めないと困る』……?」
伊藤は顎に手を当て考える。
「……分かんないよ……。『暴走』?どういうこと?……でも、『困る』って書いてあるし……。あとで、直接須藤くんに訊いてみよう。うん」
でも、何のことなんだろう……?
「……うーん……」
「伊藤!さっきからうるさいぞ」
「はっ!す、すいません」
先生に怒られた……。
「……はぁ」
キーンコーンカーンコーン……。
授業終了の鐘が鳴った。
伊藤は須藤のもとへ駆け寄る。
「須藤く……ん?…………寝てる……」
「ぐがあぁあぁあぁぁ……」
すごいいびき……。
「気持ちよさそうに寝てる……」
起こすの可哀想だな。そっとしておこう。
「……さて」
伊藤はゴリ子のもとへ行く。
ゴリ子は、ちょうど教室から出ようとしていたところだった。
「ゴリ子!」
「……何、唯?ふんっふんっ!!」
「暴走してる?」
「…………は?」
「いや、須藤くんがゴリ子が暴走すると困るって……」
「あたしは、暴走なんかしてないわよ。ふんっふんっ!!」
「そう……。なら大丈夫そうだね♪」
「じゃあ、あたし売店行ってくるから。ふんっふんっ!!」
「うん。行ってらっしゃーい♪」
ゴリ子は、売店へと歩いていった。
数分後、ゴリ子は売店に足を踏み入れる。
「いらっしゃい」
売店のおばあちゃんが、ゴリ子を出迎えてくれた。
「何にする?」
「……おばちゃん、全部ちょうだい。ふんっふんっ!!」
「……え?」
「全部ちょうだーーい!!ふぅーーん!!!」
「…………毎度あり」
キーンコーンカーンコーン……。
鐘の音が聞こえる。
「……ん……。ここは……?……学校か……」
俺は起き上がり、辺りを確認する。
今は昼休みらしい。
授業中、丸々寝てたらしい……。
「…………はっ!!ゴリ子!ゴリ子はどうした!」
ゴリ子の姿を見つける。
その周りに、売店で買ったと思われるものの姿は確認できなかった。
「…………………」
伊藤が、なんとかしてくれたらしい。
その伊藤の姿は教室には無かったが。
いつもどこ行ってるんだろうな……?
まぁどうでも良いけど。
俺は、売店へと向かうことにした。
「腹減ったー……。やっと飯だー」
俺は、教室をあとにする。
須藤が教室を出て行った後、ゴリ子は鞄から大きな袋を取り出した。
「さーて、昼飯だわ~。ふんっふんっ!!」
ゴリ子は、休み時間に買ってきた、売店の全ての食料を袋から取り出し、頬張りだした。
須藤は、売店に辿り着いた。
「はぁー……腹減ったー……………………………は?」
売店には、『売り切れ』と書かれた張り紙だけが存在していた。
『ゴリ山ゴリ子』って、ネーミングセンスどうかと思うよね……。