08 戦いの終わりと別れ
更新遅くなり大変申し訳ありません!
カチャカチャと静かな空間に食器がぶつかり合う音だけが響く。
義母や義妹はニヤニヤと嫌らしく笑うだけで、父は食事が始まってからずっと黙っている。
とうとう痺れを切らした私は口を開いた。
「お父さま、今日は何のようでこちらに呼ばれたのでしょうか?」
「う、む…」
しばらくの空白があく。
そしてようやっと父は重い口を開いた。
「お前の縁談が決まった。」
「はっ?」
「相手は孫氏のご隠居だ」
「はあぁ⁉︎」
私のいないところで勝手に話を進めていたの?
しかももう決まっているだなんて…。
それに孫氏のご隠居って、成金と色ボケジジイで有名な七十過ぎのおじいちゃんじゃない!
クスクスと笑う麗凛の声が耳についた。
「若い女であれば美醜は問わないんですって。
よかったわねぇお姉さま。痣持ちのお姉さまでも貰ってくれるのよ?」
父の考えは読めた。私たち領主一族の次に金と権力を持つ孫氏は父やこれから家を継ぐ麗凛にとって邪魔な存在だったのだろう。
そこで、私を嫁がせることで繋がりを強くし、味方につけようってところだろうか。
「思ったよりも早く孫に会えそうで嬉しいわぁ。
アンタみたいな愚図が役に立つ日が来るなんて思ってもみなかったわ。
ね、あなた?」
「うむ、そうだな。
翠零よ、祝言は一ヶ月後だが、先方は明後日にでもお前が来ることを望んでいる。
明後日、輿は用意してやるから荷物をまとめて孫氏に輿入れしなさい。」
そんな、そんなに早くっ…。
何故、という思いが渦巻く。
父は、もう少しだけ私の味方をしてくれていると思っていたのに。
「お姉さま、文句なんて言わないでね?お姉さまが黙って嫁いでくれるだけで私ずっと欲しかった雪獅子の毛皮だって買えるんだから。」
雪獅子は高級な毛皮を生む白い獅子のこと。
麗凛の言い方。それじゃぁまるでーー
「…まるで、私を孫氏に金で売ったみたいな言い方をするのね麗凛。」
麗凛は目を丸くした。
「まぁ、お姉さま。ありがたいって思わなくっちゃ。価値なんて無いお姉さまを三百万帮で買ってくれるのよ?
あちらに行けばきっと素敵な生活が送れるわぁ。」
三百万帮はそれなりの大金。
けれどそんなのうちにとってはそこまでの値段じゃない。
私は、そんなにも邪魔だったのか。
私は、そんなにも必要とされない存在だったのか。
じわりと熱いものが込み上げてくる。
私はそれを無視して無言で立ち上がった。
早足で部屋の出口へと向かう。
「…翠零?どこにーー」
「今までお世話になりました。私がここまで育つまでのお金を出してくれたことには感謝します。けれど、きっと私はここに戻ってこないわ。」
私は立ち止まり、父に答えた。
私はもう戻らない。
ずっと、期待してた。いつか、いつか愛してくれるんじゃないかって。
義母には愛されることはないかもしれないけど、父だけは愛してくれるんじゃないかって。
本当の家族の愛が欲しかった。
けれど、終ぞそれを受けることはなかった。
私は振り返った。そして微笑みを浮かべる。
「さよなら、李氏の皆さま。」
私が部屋の外に出ると鈴花は涙目だった。
「ーー鈴花。今まで育ててくれて、愛してくれてありがとう。でも、次会う処は此処ではないわ。」
「えぇ、えぇ、わかっておりますとも。
早い旅立ちでしたがーー」
鈴花は目を瞑ると手を重ね顔の前まであげると、またそれを下げ手をあわせた。
ーー親族や親しいものの旅立ちを見送る祈りのひとつだ。
「どうか新たな旅路に寿ぎあれ。」
「ありがとう鈴花。あなたも、続く道に祝福を。」
私は身を翻すと駆け足でその場を辞した。
振り返ると鈴花が微笑んでいる。
私は伝う涙を、知らないふりをして外に出た。
そのまま離れへと走る。
離れへと着くと私は最低限のものだけ箱に詰める。
かぱっと衣装箪笥の底を開けるとあの髪飾りを手にした。
…これだけは絶対に手放せない。
昔母が持っていたという髪飾りに酷似していた。
鈴花が一度だけそれをつけた母の絵を見せてくれたのだ。
もうその髪飾りは母が亡くなる時に遺体とともに埋められたので違うものだとわかっている。
けれどどうしても手放せなかった。
私は髪飾りが入った小箱も箱に入れるとそれを抱えて、裏の庭に来た。
そのまま塀が壊れている部分から外に出る。
ここの塀が壊れていることは多分私しか知らない。中からも外からも木々で隠され、ずっと離れで過ごしてきた私が偶然見つけたものだから。
塀の外は路地で、路地を伝いながら離れの様子を見ると沢山の侍女や家族が出入りしていた。
「翠零をさがせ‼︎まだ遠くにはいないはずだ!」
父なる父の声や
「しかし門から出たという情報はないです」
という父の部下の声だった。
「逃げるなんて卑怯だわお姉さま!新しい首飾りも買おうとも思ってたのにっ!」
「あぁ、落ち着いて麗凛。あなたは悪くないのよ。悪いのはアレが逃げたことなんだから。」
と喚く義母たちの声も聞こえた。
…本当に自分が悪くないと思ってるのねあの人たちは。
しばらくは神社で過ごそう。
あそこなら見つかることはないだろうし、食べ物も山になってる果物を食べればいい。
雨風しのげる場所もあるしね。