14 私の正体2
「うそ…。これって鱗だよね…」
光を反射して光る鱗にそっと触れてみるも、つるりとして硬い鱗は確かにそこにあった。
「今までこんなのなかったのに…。なんで?」
痣に伴って鱗まで生えているとなれば、もう自分が番じゃないなんて言い逃れができない。
「そんな。これじゃあ本当に────」
私が番だってことになってしまう。
「翠零さま」
私は心配そうな蘭花の声で我に帰った。
「あ、えっと…」
「いつまでも服を着ないままじゃいけませんものね。ささ、こちらを。月様からの贈り物でございます」
そう言って差し出されたのは上等な衣。
絹でできた桃色のそれには金糸の刺繍まである。
「こんな高価なもの…。私、元着ていた服でい────」
「翠零さま」
ニッコニコの蘭花の無言の圧に負け私は大人しく着物に手を伸ばした。
◇◇◇
衣を着て戻ると5人は何やら話し合っているようだった。
話し合いを邪魔するのも悪いのでそのままそこで立って待つ。
すると間もなく紅炎が気がついた。
「お、おかえり。どうだった?月の風呂は」
「あんなに広い浴槽は初めてみたよ…。
あ、それと月、これありがとう」
ちょい、と衣の裳部分を摘んで見せる。
「お礼なら白嵐に言ってくれ。確かに買ったのは俺だが、見繕ったのは白嵐だ」
「えっ⁉︎白嵐くんが?」
しかし、当の本人はぷい、とそっぽを向いてしまう。
「別に…。礼を言われるほどのものじゃない」
「そうかな?」
小さな声が聞こえてくるが、私はその言葉に首を傾げる。
「それにしても、よく似合ってんな。いいと思うぜ!」
「はぁ、紅炎。君はもう少し女の子の褒め方ってものがないのかな?
とってもよく似合ってるよ。翠零ちゃん」
「そんな胡散臭い笑顔で言われても全然響かないんですけど」
無邪気に褒めてくれる紅炎とは違って玄瑞の笑顔は真っ黒だ。女子の好きな笑顔を作ってるような感じがしてとても怖い。とても。
するとじっと今までの様子を見ていた蒼風が口を開く。
「翠零。」
静かな声に私の背筋は自然と伸びる。
「鱗、みたよね?」
問いかけは別に声を荒げているわけでもないのに、確かな圧があり私は目を逸らす。
「見たんだね」
嘘は、つけない。
「…あった。金色の鱗が一枚」
「「「「「‼︎」」」」」
ハッと五人が息を呑む音が聞こえる。
それは
争奪戦の始まりの音だった。
「今まで、なかったのに…」
「生えてきたんだよ。僕らに会うことで」
「…どういうこと?」
私はしっかりと蒼風に向き合う。
けれど口を開いたのは月だった。
「番の鱗は候補者の内、少なくともだれか一人に出会うまでは体内に隠れているんだ。
考えてもみろ。真の王を選ぶ大切なものが候補者に会うまでに別の人間に取られないとは限らないだろ。」
「取られたら、どうなるの?」
すると月は顔を顰め首を横に振った。
「考えたくもないな。
───死ぬ。
そいつと候補者と番が」
「っ!」
死ぬ。
私はペタリと座り込む。
たかがこの鱗一枚に7人もの命がかかっているのだ。
その重圧に、私は耐えられる?
「そうは言っても無理らしいけどなー。候補者以外に渡すために鱗を取ろうとしても普通に生えてるものをとるのと変わらないから激痛なんだとか」
紅炎はあぐらをかいたまま体をのけぞらせた。
「これは国家機密。それでも国の重鎮たちや噂などで知っている者もいる。
無理矢理に取られないとは限らないんだよ」
蒼風の言葉は真剣で、私の心にじっくりと響いてゆく。
「だから君には候補者から選ぶだけでなく、それを僕らのうち誰か一人に渡すまで守り切るという役目もある」
きっと、私の顔は蒼白だ。
「そうだ。
────だからここからが本題だ。」
月は居住いを正し、私に向き合う。
「番には、出会ってから1年以内に王を選んでもらわなければいけない。
一年後の『番の儀式』までに選ばなければ、同じく死が待っているからな。
────そこでだ」
月の言葉を玄瑞が引き継ぐ。
玄瑞にしては今まで一番真面目な顔だった。
「君にはとして俺たち5人の妃候補としてこの後宮に入ってもらう。
そして俺たちから一人選んだ暁にはその王の正式な妃になってもらうよ。」
「…は?」
なにそれ…。
妃になれば一生ここからは出られない。
皇帝の妃として入った女たちは皆皇帝の寵愛を期待して入る。
けれど愛されなかったら?そんなの只の鳥籠だ。
一生抜け出せない飼い殺し。
そんなの、あってたまるか!
そこで、あぁと思い至った。
…こいつらも、結局私のことを都合のいい道具としか思ってないんだな…
腹の底から沸々と怒りが湧き上がってくる。
せっかく自由になれたと、思ったのに…!
「…なに、それ?
なんで妃になんか」
「いいじゃないか、皇帝の妃だ。それも上級妃扱い。一生遊んで暮らせるぞ」
その月の他人事な言葉に、ついに私の金具が外れた。
「…ふざけんな」
「は?」
私はガタンっと、立ち上がる。
「勝手に選んで、勝手に虐げて、それでもお前は番だから一生鳥籠の中で、自由になれないまま生きていろ?
ふざけないで!私はあなた達の都合のいい道具じゃない!
勝手に決めないで!
妃になんてなってたまるか!」
「違っ」
「…あなた達はいいよね?皇子で、番の候補者なんだから。
幼い頃から周りにチヤホヤされて、そして選ばれたら真の王として地位と絶大な権力も得られる。
私は…っ!私はこの痣を持って生まれてからいいことなんて何一つなかったわ!
鈴花に出会えたことだって…
私も馬鹿じゃないの。あなた達の口ぶりから察するに、鈴花は私が番だってことを随分と前から知っていたのね。
だから私のそばにいたんだよね。
それじゃぁ、鈴花だってあなた達と同じよ!」
なに、言ってんだろ。
私、大事なはずの鈴花にも暴言を吐いてる。
最低だ。
熱いものが頬を流れ、そして床に落ちる。
あ、私泣いてたんだ。
それは怒りから?それとも自己嫌悪から?
私は揃って俯いて黙っている5人を冷めた目で見下ろすと駆け出した。
けれど部屋の外で待機した蘭花に捕まる。
「なりません翠零さま。もう外は暗いです。
今夜は泊まっていってくださいませ。危のうございます」
「…別に大丈夫よ。昨日まではそうしてたんだから」
「昨日までは金龍の加護が効いている場所におりましたが、今日は違います。今から外に出れば野犬に食われてしまいます!」
「蘭花…」
蘭花は聞いていたはずだ。
聞こえていたはずだ。それなのに私にこんなにも優しくしてくれるのか。
蘭花に連れてこられたのは金龍宮だった。
しっかりと草も狩られ、その代わりに色とりどりの花が咲いている。
それすらも私をここに閉じ込めるために…と思ってしまった。
◇◇◇
中に入ると暖かい食事と布団が並べてあった。
手をつけなければきっと悲しむだろうな、と思い、全て一口ずつ硬直して通らない喉に無理やり流し込んでいく。
そして私は衣を脱がずに布団へと倒れ込んだ。
◇◇◇
気がつくと私は雲の上に立っていた。
ゆったりと足元を流れる雲は霧のようだけどそれは私の中の何かに共鳴して光り輝いている。
私はこの場所を知っている。
多分一度も来たことがないはずなのに妙な郷愁と懐かしさにとらわれる。そのまま突っ立ったまま朝焼けのような空を見上げてじっと待つ。
すると遠くに糸のような細長いものが見えてきた。
それは段々と近づくにつれより正確に像を結んでいく。
朝日に照らされ金色に輝く無数の鱗を持つ伝説上の神。
金龍だ。
金龍はゆっくりと降りてくると私の前に巨大なとぐろを巻く。
…龍でもとぐろは巻くんだ。蛇よりの生物なのかな?
金龍は静かに首を下ろすと私に顔を寄せた。
『其方が新たな番か。』
「そうみたいですね」
凛と響く威厳のある声。けれど私はそれを怖いとは思わなかった。
『それは其方が我の一部じゃからの。自分のことを怖いと思ってどうする』
「!考えていることがわかるの?」
『我の一部じゃからのぉ』
飄々とした龍は朗らかに笑う。
私はずっと聞きたかったことを口に出す。
「どうして、私を選んだの?」
すると金龍はおかしそうにまた目を細めた。
『選ぶも何も、そもそも其方は我の一部じゃ。
我の体の一部を切り離し意志を持っただけ。
其方は生まれた時から我なのじゃ』
めちゃくちゃだったけど言いたいことはわかった。
もう、嫌になる。
信じてきた自分の存在でさえ、確固たるちゃんとしたものじゃなかった。
私は私だと思っていたけど、そうじゃなかった。
『泣くでない』
「泣いてない」
目頭が熱いけれど、それを認めてしまったら本当にカケラまで全て壊れるような気がした。
『そんなに嫌なら鱗は別の者に渡して還って来ても良いのだぞ。
その…其方は我の分身とはいえ、大切な吾子のようなものじゃ。流石に役目とはいえ愛し子が泣いているのを見過ごすほどのわれじゃのうて』
気遣うように首を擡げる金龍。
「そっか…」
私にも愛してくれる存在はいた。でもそれも遅かった。
────もう疲れてしまった。
壊してしまおうか、全部全部。
今の私ならそれができる。このたった一枚の鱗で。
けれど私は鱗のあるあたりに置いていた手をそっと下ろした。
それは間違っている。
きっと私は後からものすごく後悔をする。
どんな人だって死んでいい理由にはならない。
『とりあえず今は現世に戻るといい。今頃大騒ぎじゃ』
私は金龍の言葉に素直に頷くと目を瞑った。




