足手まといを追い出した勇者パーティーはその後……
・2025年7月14日 誤字修正
誤字報告ありがとうございます。
世界は危険に満ちている。
人の住める土地は極僅かで、多くの場所は人を寄せ付けない未開の地であった。
険しい地形、厳しい気候、生い茂る植物は開拓を阻み、猛獣は人の暮らしを脅かす。
そして、人の住まう土地であっても時折凶悪な魔物が現れて人を害した。
また、世界各地に発生するダンジョンは、放置していると大量の魔物が溢れ出したり、ダンジョンそのものが成長して近くの街を呑み込むこともある。
だが、それらの危険を克服すれば、大きな利益を得ることもできた。
人の手の入らない秘境には植物、動物、鉱物等の資源が眠っていた。
魔物を倒せば優秀な素材が得られた。
危険なダンジョンからは、稀に様々な宝物が見つかった。
未開の地を開拓できれば平民でも領主として貴族に列せられ、場合によっては国を興すことも可能。
そんな一獲千金を夢見て危険に立ち向かう者達を「冒険者」、その中でも未知と危険の最前線で戦う強者を「勇者」と呼んだ。
「これで、最後だ!」
勇者が振り下ろした聖剣は、人の背丈の倍はある大きな熊の魔物を真っ二つに切り裂いた。
大きな熊の魔物――タイラントベアは、一流と呼ばれる冒険者でも一体に対して数名のパーティーで対応する強い魔物である。
その大きさに見合った強い力を振るい、強靭な毛皮は鋼のごとき硬さで並の刃物を通さない。
そんなタイラントベアを易々と切り裂く聖剣は、魔物特効の効果を持つ強力な武器である。
聖剣は自ら担い手を選ぶと云われ、聖剣に選ばれた者でなければ鞘から引抜くこともできない。
だが、聖剣に選ばれたものは例外なく高い資質を持っており、その多くは歴史に名を残す英雄となった。
まだ年若い青年が勇者と認められることになったのは、聖剣に選ばれたことが大きな理由の一つだった。
ただし、勇者の強さは聖剣の力だけに頼ったものではない。
聖剣を正しく扱えるだけの剣の技量を持ち、的確な戦闘のセンスもあり、さらには多彩な魔法を使う才能もあった。
剣と魔法、攻撃と防御と支援。
それら全てを高いレベルで熟すオールラウンダー。
まだ粗削りな面もあるが、それでも世界屈指の戦闘力を誇る戦いの寵児。
それが勇者だった。
「こっちも片付いたぜ。」
勇者には仲間がいた。
勇者と共に戦う仲間になるために、国中から選び抜かれた優秀な若者達である。
魔法は使えないが、剣技だけならば勇者をも上回る剣士。
敵の攻撃を防ぐだけでなく、魔物の動きを制御して後衛に攻撃を届かせない鉄壁の盾士。
広域殲滅魔法から単体への超高威力の魔法まで、あらゆる攻撃魔法を操る魔術師。
攻撃能力は無いが味方を癒し能力の底上げも行い、あるいは敵の阻害を行う治癒師。
勇者と同じくらい若くしてその才能を見出された彼らは、それぞれの得意分野では勇者を上回る専門家である。
彼らが勇者と連携することで各自の力を最大限に発揮することができ、単独で行動するよりも何倍もの強さを発揮した。
未だ大した実績がないにもかかわらず、国内最強の呼び声高い、それが勇者パーティーだった。
彼らが今いるところは、大規模と分類されるダンジョンの奥深くまで進んだ深層と呼ばれる場所である。
ダンジョンの内部は、「二つと同じものはない」と呼ばれるほどに個性豊かなのだが、そんな中どのダンジョンでも同じような傾向だろうと考えられていることがあった。
それは、ダンジョンの入口から奥深くに入り込むほど強い魔物が現れるということだ。
それは、より深い奥が存在する規模の大きなダンジョンほど強い魔物が現れるということでもあった。
大規模ダンジョンの深層ともなると、ダンジョンの外ならば一体現れただけでも町や村が全滅するほどの強力で凶悪な魔物が出現する。
そんな恐ろしい魔物が複数現れたにもかかわらず、あっさりと倒して息一つ乱さない勇者パーティーは、間違いなく強者である。
「深層の魔物と言ってもこの程度か。楽勝だな。」
「油断はできませんが、この調子で行きましょう。」
その勇者パーティーにはもう一人仲間がいた。
「ちょ、ちょっと待ってください。」
その男は、勇者や他の仲間とは明らかに違っていた。
「ち、またお前か。父上もどうしてこんな奴を仲間にしろなどと言ったのか。」
「……国王陛下にも何かお考えがあるのでしょう。」
勇者はこの国の王子、他の仲間もそれぞれ由緒ある貴族の出だった。
王族や貴族はかつての英雄や国に貢献した偉人の子孫であり、その後も功績を上げた優秀な者の血筋を貪欲に取り込み続けた天才の純血種である。
そんな血統の家に生まれ、幼少期より英才教育を受け続けた結果、若くして才能が開花したのが彼らだった。
そんな彼らに対して、男は単なる平民だった。
貧しい家に生まれ、他に就ける仕事もなかったために冒険者になり、冒険者としても一流には成れなかった男。
冒険者としての経歴は長いが、特出した才能は無く、冒険者としてはそろそろ引退を考えてもおかしくない年齢である。
勇者や他の仲間に比べて、明らかに戦闘能力が劣っていた。
それでも長く冒険者をやって来ただけあって、勇者達に付いて行けるだけの体力はあった。
ダンジョンでも入口近くの弱い魔物相手ならば戦うこともできた。
しかし、深層の魔物ともなるとまるで相手にならない。
戦闘が始まるとひたすら逃げまわり、安全な場所を探して隠れるだけである。
その結果、直接戦って魔物を倒している勇者や他の仲間よりも消耗していた。
最初は単に自分たちよりも劣った者だった男の評価は、戦闘に貢献できない役立たずから勇者達の足を引っ張る足手まといにまで下がっていた。
そんな足手まといを連れて、勇者パーティーはダンジョンを進んでいた。
そして、しばらく進んだ時の事だった。
「持って来た食糧が半分を切った。これ以上進むことはできない。」
悔しそうに告げる勇者に、仲間が声をかけた。
「ダンジョンの魔物を間引く依頼は十分に達成しました。ここで引き返しても問題ないでしょう。」
言葉とは裏腹に、忌々しげな視線を一人の男に投げかける。
この足手まといさえいなければ、もっと先まで進めたのに。
魔物の間引きだけではなく、ダンジョンの踏破もできたかもしれない。
ダンジョンを踏破し、その核を破壊すればダンジョンは機能を停止して死ぬ。
それは人々に対する危険を取り除く行為として、ダンジョン踏破者は大きな名誉が与えられた。
名誉を重んじる貴族社会では、それは金銭よりも貴重なものだ。
その機会を奪った男に対する憎悪は頂点に達した。
「お前は、今この場でパーティーを抜けてもらう。」
だから、勇者は男に向かってそう言い放った。
「ちょっと待ってください。こんなところで一人になったら死んでしまう! それに、俺がこのパーティーにいるのは王様の命令で……ヒィ!」
必死に言い縋る男を、勇者は剣を向けて黙らせた。
従わなければ斬るという無言の圧力に男は思わず後退った。
勇者の非道な行いに、勇者と思いを同じくする仲間たちは何も言わない。
「父上は経験を積んだ冒険者から学べと言ったが、お前から学ぶことはもう何もない。文句があるならば王宮に言え。」
勇者とその仲間たちは、動けないでいる男を残して足早にその場を去って行った。
人数を一人減らした勇者パーティーがダンジョンから出るまでに要した時間は、往きの半分以下だった。
「これならもっと先に進んでしまえば良かったな。」
「もうよいではないですか。これからは余裕を持って探索できるということです。」
彼らの頭には置き去りにしてきた男の事は既になかった。
あるのは、自分たちの実力が世界に認められる明るい未来だけだった。
◇◇◇
それから数年後、冒険者ギルドを一人の男が訪れた。
冒険者らしい恰好ではあるが、装備はボロボロで、全体的に薄汚れていた。
もっとも、その程度の事を気にする者はいない。
冒険者の仕事は危険で過酷だ。
強敵と戦えば装備が壊れるのは当然だし、受けた依頼によっては何ヶ月も人里を離れて活動することだってある。
だから、仕事帰りの冒険者ならば装備が破損していても、薄汚れた格好をしていても不思議はない。
だが、居合わせたギルドの職員と冒険者の一部は男を見て驚いた。
「あんたは勇者パーティーにいた……ダンジョンで死んだと聞いていたが、生きていたのか!?」
男は別室に連れて行かれ、そこでこれまでのいきさつを全て話した。
勇者に足手まといだと言われてダンジョンの奥底で追放されて、今までかかってどうにか生還したことを、男は淡々と語った。
「あの勇者達がそんなことを……良く生きて帰れたな。」
「しぶとい事だけが俺の取り柄だからな。」
戦闘面ではさして強くはない男だが、場数を踏んだベテランの冒険者である。
強い魔物からは逃げ、隠れてやり過ごし、ダンジョン内で水と食料を確保し。
「泥をすすってでも生き延びる」を言葉通り実践して見せたのだ。
そうして安全を確保しつつ、少しずつ慎重に進み、何年もかけてようやくダンジョンから出てきたのだった。
確かに驚くべきしぶとさだった。
「それで、勇者達は今どうしている?」
「ああ、それなんだが……」
今度は男が聞く番だった。
足手まといだった男を追放した後の勇者パーティーの活躍は目覚ましいものだった。
大規模のダンジョン一つと中規模のダンジョンを三つ踏破し、小規模ダンジョンに至っては日帰りで踏破したこともあった。
ダンジョンのみならず、未開拓地の奥深くに分け入って貴重な薬草を採取したり、魔の森の主と呼ばれる強力な魔物を討伐したりもした。
勇者と呼ばれるにふさわしい実績を着々と積み上げて行った勇者パーティーであったが、ある時大きな失敗をする。
魔物に襲われた辺境の開拓村の救援に駆け付けた時の事である。
襲ってきた魔物は倒したものの、勢い余って村を守る防壁まで破壊してしまったのだ。
辺境の開拓村とは、未開の地に接する危険地帯である。
未開の地から時折猛獣や魔物やその他危険物がやって来るので、防壁が無ければ住むことはできない。
ダメージを受けた防壁の補修くらいならともかく、大穴の開いた防壁を直すには最初から作り直すのに近い費用と労力と時間がかかることもある。
結局、諸々の事情で開拓村は閉鎖され、村民は別の町や村へと移住することになった。
わずかではあるが人類の版図が縮小したのである。
襲ってきた魔物は防壁の想定を超える強さであり、放置すればどのみち村は壊滅していたとして勇者が咎められることは無かった。
しかし、これは己の力に慢心し、周囲への配慮を忘れた勇者とその仲間の失態である。
勇者は汚名を返上するために、世界でも最難関の一つと言われる超大規模ダンジョンに挑むことにした。
それが半年前のこと。
その後、持ち込んだ食糧が尽きるころになっても勇者パーティーは戻って来ることは無かった。
「そして、いつの間にか王宮にある台座に聖剣が戻っていたそうだ。そういうことなんだろう。」
勇者の持つ聖剣は、聖剣の選んだ担い手が死ぬか、担い手としての資格を失ったと判断した場合には聖剣が収まっていた台座に戻って来ると言われていた。
つまり、勇者は既に亡くなっているか、生きていたとしてももはや勇者とは呼べない状態と考えられた。
どちらにしても、勇者は失われたのだ。
「……そうか。」
男は、自分を死地に置き去りにした相手の末路だというのに、どこか悲しそうな顔でそうつぶやいた。
「やはり早すぎたんだ、俺を追い出すには。」
「どういうことだ?」
「俺は王様から、『勇者の重荷になって欲しい』と頼まれていたんだ。」
男は再び語り始めた。
王子を勇者に任命した時、国王には懸念があった。
確かに勇者もその仲間として選ばれた者も才能に溢れる優秀な若者たちである。
だが、優秀過ぎるが故に己を過信して無謀な戦いを挑まないか、他の者に任せることができずに無理をするのではないか。
勇者やその仲間が生き急いで早世してしまうことを、国王は懸念していた。
「若い冒険者にありがちな病気か。」
若い冒険者、特に腕っぷしが強い、喧嘩慣れしているなど最初からある程度の強さを持っている者は、自分の実力を過大評価して調子に乗ってしまうことがある。
余りに鼻につく場合は、本当に実力のある先輩冒険者が身の程をわきまえさせることになるのだが、そこで己の思い違いを理解できた者は幸運である。
大怪我をして初めて勘違いに気付くことも珍しくない。
初めての失敗で冒険者を辞めざるを得なくなることもあれば、最悪人生をリタイアする者もいた。
いくら優秀な勇者でも、無敵ではない。油断をすれば怪我をすることも死ぬことだってある。
だが、強すぎる勇者を窘めてくれる先輩はいなかった。
だから、国王は勇者パーティーにあえて弱い者を参加させた。
パーティーで最も弱い者に合わせて活動すれば無茶はできないだろう。
そうして無理せず場数を踏んで行けば、今でさえ強い実力にさらに磨きがかかるだろう。
彼らは若いのだ、急ぐ必要はない。
そんな考えで勇者達の重荷となるべく選ばれたのは、戦闘面では特出する強さを持たず、それでいて簡単には死なない、つまりこの男である。
「俺がパーティーを追い出されることは最初から決まっていた。だからその前に俺の知識と技術を教えようと思ったんだが……あいつらは優秀過ぎた。」
戦闘面では頼りないが、冒険者として長く活動している男には勇者にも勝る能力を持っていた。
それは、生き延びる力。
念入りな事前調査と下準備で危険を避け、万が一にも備え、勝てない敵からは逃げ、無用な危険は冒さない。
そして、どれほど絶望的な状況でも決して諦めず、最後まで足掻いて生き延びてきた。
男の遭遇してきた「危険」の内容から考えれば奇跡的な生還率。それこそが勇者パーティーに選ばれた理由だった。
だが、優秀過ぎる勇者とその仲間達には理解できなかった。
簡単な依頼でも念入りに準備する男は単なる臆病者にしか見えなかった。
自分たちならば簡単に倒せる魔物から逃げまわる男は無様にしか映らなかった。
戦っても勝てない強敵にも戦闘力だけでは切り抜けられない苦難にも遭遇しなかった勇者達は、言葉で説明しても、男が体を張って実践して見せても、ついに理解することは無かった。
「あいつらは才能の塊だったんだ。あれだけ強いのにまだまだ伸びしろだらけだった。生きてさえいればどこまでも強くなれたのに。せめて一番大切なことだけでも教えていれば……」
淡々と語っていた男の言葉がここで少し熱を帯びた。
まだ若い勇者とその仲間たちに対しては、即戦力としての活躍だけでなく将来の成長を期待する声も強かった。
男もその一人だった。
勇者達を間近で見ていた男は、特にその思いが強かったのだろう。
ただからこそ、勇者達からの扱いが酷くても黙々と役目を熟したし、勇者達に置き去りにされて死にそうな目に遭ったというのになお彼らの心配をしていた。
「ああ、どんなことをしても最初に教え込むべきだったんだ。一番大切なこと――引き際ってやつを!」
「無能」とか「役立たず」とか言って追放される物語には定番があります。
実は最強だった。
実は有能で裏で仲間を支えていた。
追放された後で凄い能力に覚醒した。
こんな感じでしょう。
追放したことを後悔させることが話の醍醐味なので、本当は有能なのに無能扱いにされることが多いです。
しかし、本当に無能な人間を足手まといだという正当な理由で追放する話を作れないか、と思ってこの話を書きました。
特別有能でなくても、唯一無二でなくても、そこにいる意味はある。
これは、そんな話です。