卒業するまで恋人が出来なかったら、しょうがないから付き合ってあげる同盟
「彼女欲しいな」
「えぇ、彼氏欲しいわね」
俺・浪江秀の哀しい呟きに、女友達の白河御子も哀しい呟きで返す。
青空の下、屋上で寝そべりながら、俺たちは充実していない青春を嘆く。
高校に入学して早一年、俺も御子も恋人いない歴=年齢という記録を未だ継続中だった。
「高校時代は青春の最盛期とはよく言うけれど、別にそんなことないわよね。中学の頃からの男友達とバカやっているだけで、休日デートをしたりクリスマス親に嘘ついて遅くまで彼氏と過ごしたりとか、そんなイベント一切ない。近くのカップルを羨んでいたらいつの間にか高校生活の三分の一が経過していたとか、笑い話にしかならないわよ」
「本当、そうだよな」
入学式。新しい出会いを果たした俺たちは、高校でこそ恋人を作ろうと息巻いていた。
体育祭では彼女の声援ばかり耳に入ってきて、一層力が入る。夏休みは彼女と初めての海デートに行き、その水着姿に胸を躍らせる。
文化祭では周囲に見せつけるように一緒に校内を回り、クリスマスは互いの愛を確かめ合うようにプレゼント交換。
バレンタインではこっそり自分だけ特別なチョコレートを貰う、などなど。
恋人が出来た時のバラ色高校生活は、既に想像出来ている。いや、妄想出来ている。
しかし――悲しいことにその妄想は、未だ妄想のままで。現実となる気配は、一向になかった。
「高校に入ったら、自動的に彼氏が出来るものだと思っていたわ。ほら、繁殖期だし」
「思春期な。……でも確かに、当たり前のように彼女を作れると錯覚していたなぁ」
SNSとかで恋人とのツーショットを載せる高校生が沢山いるが、そんなの謂わば数少ない成功談に過ぎない。成功している人間を母集団だと考えていたわけだから、そりゃあ勘違いもするわけだ。
現在俺たちは、高校2年生。あと半年もすれば、高校生活も折り返し地点に来てしまう。
3年は受験勉強に追われて、恋愛にうつつを抜かしている暇もないだろう。つまり青春をめいっぱい楽しめるのは、今年しかないわけで。
本当に恋人が欲しいのなら、こうして屋上で寝そべっている余裕なんてない筈だった。
「……去年のクリスマスに、「彼氏が欲しい」ってサンタさんにお願いしたんだけど、その願いは叶わなかったわ」
「去年1年間悪い子だったのか?」
「いいえ。彼氏じゃないけど、プレゼントはきちんと届いたわよ。……ブランド物のバッグが」
サンタさんの同情が大いに表れているプレゼントだった。
「本当、彼女欲しいな」
「えぇ、本当に彼氏欲しいわね」
再度発した俺の切実な願いに、御子も切実に返す。
「……もういっそ、俺たち付き合っちゃう?」
「は? あなた、私のこと好きなの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「妥協で彼氏彼女になるとか、絶対無理。だからあなたとは付き合わないわ」
俺の告白……いや、提案はあっさり却下された。と、思いきや。
「でも……」と、御子は続ける。
「卒業式を迎えて、高校を卒業してもそれでも彼氏が出来ていなかったら、あなたで妥協してあげる」
「……さいですか。じゃあ卒業式まで互いに独り身だったら、付き合うとしますか」
「えぇ、大変不本意だけどね」
こうして俺たちは、『卒業するまで恋人が出来なかったら、しょうがないから付き合ってあげる同盟』を締結した。
この同盟が早々に破綻することを、心から願って。
◇
秋。文化祭の季節がやって来た。
2回目の文化祭と捉えるか、それとも残り2回の文化祭と捉えるか。
三年になると受験が控えているので、文化祭ではっちゃけられるのは今年が最後だと言えた。
「休憩時間、どこに行こうか?」。「後夜祭のフォークダンス、一緒に踊ろう!」。そんなカップルたちの会話が、俺の耳に入ってくる。
そういう俺は何をしているのかって? 俺はというと……クラスの出し物・喫茶店の裏方に励んでいた。
「どうしても彼女と回りたいから、シフト代わってくれ! 一生のお願い!」と、もう何度目かわからない一生のお願いをされてしまい、ついシフトを代わってしまう。
因みに「シフトを代わる」というのは、俺とクラスメイトのシフトを交換するわけじゃない。単に押し付けられただけだ。
恋愛至上主義の彼らは仕事を押し付けたことなど綺麗さっぱり忘れて、今頃彼女とイチャイチャしていることだろう。
お陰で俺の文化祭は、8割もの間店番をすることになっていた。
俺が裏手でコーヒーを淹れていると、ヒョコッと御子が顔を覗かせる。
「コーヒー2つ追加で」
「おう。……って、あれ? 御子って今シフトだったっけ?」
「違うけど、友達に「シフト代わってくれ」って頼まれたの。間違えた。押し付けられたの」
俺と同じくカップルの餌食になった非リア充民が、ここにもいたようだ。
「……お互い、大変だな」
「張り合うわけじゃないけれど、きっと私の方が大変よ。店内で「あーん」しているカップルを見なきゃいけないんだから」
「それはなんとも、ご愁傷様」
裏方は見ず知らずの人間のイチャイチャを見せつけられて、虚しくなることもない。そう考えると、俺はいくらかマシな方か。
「あっ、あそこにも一つのメロンソーダを二人で飲んでるカップルがいる。……下剤ってあったかしら? 当店のサービスですって届けてこようと思うんだけど」
「営業停止になるからやめなさい」
ただまぁ、気持ちはわからんでもない。せめてもの嫌がらせとして、今後カップルの注文するメロンソーダにはこれでもかというくらい氷を入れることにしよう。
残りの文化祭デートを、トイレで過ごすが良い!
◇
ようやくやって来た休憩時間。といっても一緒に回る人もいなければ、特に行きたい場所があるわけでもない。
かといって折角の祭典を自習室や屋上で一人寂しく過ごすのもどうかと思うし……。悩んだ結果、俺は演劇の行われている大ホールで時間を潰すことにした。
演劇の題目は、ロミオとジュリエットだった。文化祭の演目としては、無難なところだろう。
身分違いの恋。待ち受ける悲しい結末。涙を誘う悲劇に対して、「リア充ざまぁ」と思う俺は、なんとも心の汚い人間なのだろうか?
きっとこんな風に感じている人間は、この大ホールの中でも俺しかいないだろう。そう思っていると、
「リア充ざまぁ」
すぐ隣に、俺と同じくらい醜い女がいた。
なんとも気の合いそうな女性だろうか? そう思って隣を見ると……隣に座っていたのは、御子だった。
「御子……」
「なっ! どうして浪江くんがここに!?」
「演劇見に来たからに決まってるだろうが。てか、「ざまぁ」って……」
思っても普通、声に出さないと思う。
「今のはその……間違えただけよ! 「可哀想」って言おうとしたの」
「言い間違えるにも程がある。あと、口角上がってる」
観客誰もが感動しているこのラストシーンで、そんな顔をしているのは、恐らく俺とお前だけだろう。
「仕方ないでしょ? 結局今年の文化祭でも、彼氏が出来なかったんだから。物語の登場人物とはいえ、妬みたくもなるわよ」
「おっ、とうとう開き直ったな。……でもまだ、彼氏を作るチャンスは残されているだろう?」
そう、後夜祭のフォークダンスだ。
もしかすると男子生徒から誘われるかもしれないし、自分の気になっている男子生徒を誘うのも良い。
「そう言うあなたの方は、後夜祭のフォークダンスの相手はもう決まったの? 理科室の骸骨?」
「それ相手がいないと決めつけていないか? ……まぁ、決まっていないんだけど」
そしてわざわざ話を逸らすということは、御子もまだ相手がいないということだ。
「お互い今年も悲しい後夜祭になりそうだな」
「……それはどうかしらね」
御子は意味深な言葉を返して来た。
「ねぇ。あの子、知ってる?」
二つ前の席を指差しながら、御子は尋ねてきた。
「確か……水無月文香だったか?」
「……聞いた私が言うのもなんだけど、何で知ってるのよ? クラスも部活も違うし、接点なんてないわよね?」
「フッ。可愛い子の名前は、脳内にインプット済みなのさ。いつ告白されても良いようにな」
「……冗談抜きでキモいわね」
うん。わかっているから、マジトーンで「キモい」って言うのやめよ? 傷ついちゃうから。
「キモいのは事実だけど……告白されるという点に関しては、あながち冗談とも言えないのよね」
「ん? どういうことだ」
「水無月さんから頼まれたのよ。一緒にフォークダンス踊りたいから、それとなくあなたに口添えして欲しいって」
それとなくって言うか、はっきり言っちゃってるじゃねーか。
しかし他人伝いとはいえ好意を向けられるのは、素直に嬉しい。ついに俺にも、彼女が出来るのか!?
「後夜祭が始まったら、下駄箱に向かいなさい。水無月さんが待っている筈よ」
「あぁ」
「それと、おめでとう。これで私たちの同盟関係もおしまいね」
「……あぁ」
途端に胸の中に、悲しい感情が押し寄せてきた。
ロミオとジュリエットを観た時ですら、こんな気持ちにはならなかったというのに。
◇
後夜祭が始まった。
御子に言われた通り下駄箱に向かうと、果たして水無月が俺を待っていた。
「来てくれてありがとう、浪江くん」
「こっちこそ誘ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。……それじゃあ、行こっか」
フォークダンスを踊っているほとんどは、カップルたちだ。
勿論俺たちのようなカップル未満の生徒もいるわけだが、どちらにせよこの場がリア充空間になっているのは事実だった。
その中に、今俺はいる。周囲から見たら、俺もリア充でいられている。
そのことを嬉しく感じている一方で、大ホールで感じたあのモヤモヤが、未だに俺の胸の中に巣食っていた。
踊りながら、水無月を一瞥する。
水無月は、可愛い女の子だ。学年でも五指に入るレベルだろう。
屋上で告白されているところを、何度か御子と盗み見たことがある(因みに玉砕した男子生徒を見て、二人で大爆笑していた)。
そんな可愛い女の子が、どうして俺なんかを? もっとカッコよくて心の綺麗な男子も沢山いるだろうに。
最初はドッキリかと思ったけれど、御子が同盟相手の俺に対してそんな嘘を吐くメリットがない。だからきっと、水無月が俺に好意を抱いてくれているのは、事実なのだろう。
「ねぇ、浪江くん」
「なんだ?」
「浪江くんって、今彼女とかいるのかな?」
「彼女がいるような人間が、わざわざ大ホールで時間を潰すなんて真似すると思うか?」
「それもそうだね」
俺の皮肉に、水無月は笑って返す。
「じゃあさ……もし良かったらで良いんだけど、私と付き合ってくれないかな?」
水無月と俺は、今日初めて話したようなものだ。なんらかのアプローチがあるとは思っていたが、まさか告白されるなんて……。これが文化祭マジックというやつなのか。
水無月と付き合ったら、それはもう誇らしいことだろう。
一緒に登下校して、休日はデートして、クリスマスもバレンタインも、それこそ来年の文化祭も一緒に過ごす。そんな毎日。
想像するだけで、胸が高鳴る。それはまさに、俺の望んでいた高校生活だ。
そして――俺と御子の『卒業するまで恋人が出来なかったら、しょうがないから付き合ってあげる同盟』は、解消されることになる。
「……」
同盟解消という事実に直面した俺は、水無月の告白に「イエス」と即答出来なかった。
水無月と付き合えば、俺はもう御子と友達同士じゃいられなくなる。
いや、それは言い過ぎかもしれない。だけど今までのように屋上で二人で過ごしたりは、出来なくなる筈だ。
だって俺は、水無月の彼氏になるのだから。
今まで俺に一番近い女の子は、御子だった。それが水無月に変わり、御子は二番目になる。
ただそれだけのことなのに、その事実が俺の決断を鈍らせていた。
クソッ、どうしてなんだよ。
高校に入学して1年半、どうして今になって御子が好きだと気付くんだよ。
「……ごめん」
長いこと憧れていた女子からの告白。それに対する俺の答えは、謝罪だった。
「俺、他に好きな人がいるんだ」
「そっか……。だったらせめてさ、この曲だけは、私と踊ってくれない? 最後の曲は、彼女に譲るから」
俺は好きな人が御子だとは言っていない。だけど水無月は、なんとなく察しているようだった。
「あぁ。この一曲の間は、水無月だけを見ることにする」
水無月と踊った一曲は、それまでより短く感じた。
◇
最後の一曲は、御子と踊る。その為には、彼女を見つけなければならない。
フォークダンスの行われているグラウンドに、御子の姿はなかった。なら、彼女はどこにいるのか? それがわからない俺ではない。
俺は駆け足で屋上に向かう。
屋上では、御子が夜空を見上げながら寝そべっていた。
「折角の後夜祭なのにこんなところで一人でいるなんて、寂しい奴だな」
声をかけると、御子は俺のことに気付いた。
「浪江くん!? どうしてここに!?」
「最後の曲は、お前と踊ろうと思ってな。……ダメか?」
「え? だって、あなたは水無月さんと……」
そこまで言ったところで、俺が水無月の告白を断ったと察したようだ。
「何で断ったのよ? ようやく彼女が出来るって言うのに」
「妥協で付き合うのはどうかと思ってな」
「妥協って……他に好きな人でもいるっていうの?」
「まぁな」
「誰よ」
「今は言えない」
「いつなら言えるの?」
「あと一年と数ヶ月、卒業式まで待ってくれ。そうすれば、おのずとわかる」
それはほとんど告白のようなものだった。
当然御子も俺の真意に気が付き、顔を赤らめる。
「……なっ! こんな時、冗談なんて言うんじゃないわよ」
「生憎冗談じゃないんだな、これが。自分でも、ついさっき気付いたんだけど」
俺は御子に手を差し出す。
「白河御子さん。俺と踊ってくれませんか?」
「どこのダンスパーティーよ」。苦笑しながらも、御子は俺の手を取る。
「でもまぁ、喜んで」
「良かったら、来年も踊ってくれないか」
「仕方ないわね。どうせ来年の文化祭も……卒業式になるまで、彼氏が出来る予定もないし」
俺と御子の結んだ、『卒業するまで恋人が出来なかったら、しょうがないから付き合ってあげる同盟』。どうやらこの同盟関係が卒業式まで続くのだと、確定したようだ。