婚約破棄された侯爵令嬢が酒場でくだを巻く話
っあー! クソクソクソ! 世の中ぜーんぶクソですわねェーっ!
……あら、ごめんあそばせ。
私としたことが口が少々滑りましたわね、オホホホ!
ねえ聞いてくださります?
清貧極まりなくその立ち振る舞いは聖女の如しと言われた私がこれほどまでに荒ぶるわけを。
あぁん?
聖女には見えねーってどの口が申しやがりますのォ!?
その濁った両目に豚のクソ詰め込みますわよっ!
ふふん、分かったのならよろしい!
私はナザリオン侯爵家の長女、キレミア・ナザリオンと申しますわっ!
本来なら貴方のような庶民が口をきくことはできませんわっ!
この幸運に感謝するがいいですわぁっ!
って、どこに行こうと言うんですの!
なに? 貴族には関わりたくないぃぃぃ?
私に声をかけられた時点でもう貴方に拒否権はありませんわ!
それでも振り切って逃げようって言うんなら……。
そう! 処刑! 処刑ですわ! すぐに処してやりますから覚悟しなさいな!
……それでいいのですわ。
貴方は素直に私の話を聞けばよろしくてよ。
準備はよろしくて?
ここからは長い話になりますわよ。
ハァイ店主!
麦酒の追加を頼みますわぁ!
飲み過ぎだってぇ?
そんなの知りませんわぁ!
注文してるんだから早く出せですわー!
プロ意識が足りないんじゃありませんことー!
まったく……さっさと出しやがれってんですわ……。
えーっと……どこまで話しましたっけ?
あ、まだ話し始めてなかったですわ。
そう、あれは今朝のことでしたわね……。
私は屋敷の暖炉の前で柑橘などを食べながらまったりとしていたんですのよ。
暖炉の火をぼおっと見てると気づけば一日が終わる。
冬はいつもそんな日を過ごしておりますわね。
はぁ?
貴族の生活に口出すんじゃありませんのよコラァ!
変な茶々は入れないでほしいですわ!
とにかく、そんな日々を過ごしていた私の元にあいつがやってきて不躾にこう言い放ったのですわ!
「僕と婚約を解消してほしい!」
ってねぇ!
もう心臓が止まるかと思いましたわ!
ねえ酷いと思いませんこと!?
ええ……なんですの、そのしらーっとした目は。
そこは私に同調して酷い酷いと捲し立てるもんでしょうが!
それでそんな可哀想な思いをしたんだったらここの酒奢ってやるとか言うのが男気ってもんじゃありませんことぉ!
そもそもその男は誰なんだって……。
そんなの、クロイツェフ侯爵家のクロード・クロイツェフに決まってるじゃあありませんの!
え、そうそう。
一昨年の隣国との戦争で敵将を討ち取ったそいつですわ。
なあんか英雄とか呼ばれてるらしいですわね。
泣き虫クロードが出世したもんですわ。
ああ、クロードとは幼馴染ですのよ。
ほんと幼い頃は泣き虫で私の後ろによく隠れてたもんですわよ。
それがあんな偉丈夫になるなんて誰が予想出来ますかって話ですわ。
ぐぅ……!
いきなり傷口を抉ってきやがりますわね……!
『婚約者』ではなく『婚約者だった』が正確な表現ですわぁ……!
ってかなんですの?
クロードは庶民の間でも人気なんですの?
なんですの、その本……えっ、クロード英雄譚ん!?
はぁ。こんなものが庶民の間では流行ってるんですのねぇ……。
えぇっ、去年舞台化もされたんですのぉっ!?
本もみんな一冊は持ってるって、すげー人気ですわねあいつ。
あ、店主も持っていらっしゃるの。そう……。
でも幻想を打ち砕くようで悪いですけど、あいつはそんなに大した人間じゃありませんことよ。
現に一方的に婚約の解消を迫るような真似をしくさりやがりましたからねえ……。
しかも相手はアリアだって言う始末。
呑まなきゃやってられませんわあ……!
んー、アリアは私の妹ですことよ。
自慢の妹なんですの!
アリアが笑えば花が綻び、歌えば鳥も一緒になって歌い出す!
私のこともお姉様お姉様って慕ってくれる目に入れても痛くない可愛い妹ですわ!
それをあんの泣き虫クロードがあ……!
この私からアリアを奪おうだなんていい度胸してやがりますわ……!
はぁ? クロードのことなんてどーでもいいですわよ!
親が決めたことだし別に婚姻関係を結ぶことに異はありませんわ。
私のアリアを攫って行こうとするその精神が許せんって言っているんですわあ!
へっ、暖炉の前でショックを受けたんじゃないのかって?
心臓が止まるって言ってたじゃないかって?
ぼーっとしてるとこにいきなり大声出されたら誰でも心臓止まるかと思うでしょうが。
馬鹿なんですの、貴方。
あーっ! 待って待って!
しょ、処すわよ! どこかに行こうとしないでちょうだい!
まったくぅ……庶民は躾がなってませんわぁ……。
あっ、ウソウソ! ただの独り言ですわあ!
もう……ほぉんとアリアもあいつのどこがいいんだか……。
はぁっ!?
貴方今なんて言いましたの!?
私のアリアが悪女ですってぇ!
訂正しなさい! ぶっ◯すわよコラァ!!
はぁ……はぁ……取り乱しましたわ。
でも貴方も悪いんですのよ。
アリアが悪女だなんてそんなわけないじゃありませんか。
……分かってはいたんですのよ。
アリアがクロードに恋焦がれていることぐらい。
思えば幼い頃に三人で遊んでいる時からそうでしたわねえ……。
クロードとアリアを取り合っていつもぶん殴って泣かせてたっけ……。
誰が暴力令嬢ですかっ!
さっきから失礼ですわね貴方ぁ!
……まあ、いいですわ。
心の広ーい私は庶民の戯言など意にも介さないのですわっ!
だ・か・らと言ってぇ!
悪様に罵っていいわけじゃありませんことよーっ!
貴方本当に気をつけた方がよろしくてよ!?
私だからいいものを他の貴族にそんな口聞いたら、マジで首飛ばされますわよ!
お気をつけあそばせぇ!?
こほん。
私の話に戻りますわよ。
アリアとクロードが惹かれあっていることなんて明白でしたの。
だけど私は長女ですから。
親同士が約束したことを不意にすることはできませんわ。
ですが、アリアもクロードも望まぬ相手と婚姻するよりは強引にでも自分の恋心を貫き通したかったのでしょうね。
これから大変ですわよ。あの二人は。
でもまあ、英雄とか呼ばれて調子に乗ってるクロード様ですから?
きっとアリアを守り通すんでしょうね?
ってかそうしないと私がぶっ◯しますわ。
婚姻には賛成か、ってぇ?
……うーん……それを言われると正直なところ悩みますわねえ。
心の中では、下手に知らない男に嫁がされるよりよく知ってるクロードに嫁いだ方がアリアは幸せですわー、とほんのちょっと、ほんのちょーっとばかし思わなくもありませんことよ。
だからと言って、アリアが私の元を離れることを簡単に許容できるはずがありませんわっ……!
ああっ、私の小鳥のようなアリアが奪われるなんてっ!
考えるだけでも……おおぅ、涙が溢れてきますの……。
あら、ありがとう……気が利きますわね……。
ってこれ雑巾ですわーっ!
淑女の顔を雑巾で拭かせるつもりですわーっ!
なーに、馬鹿笑いしてますの貴方ぁ!
腹抱えて床を転げ回って汚いですわよっ!
ここまで私を馬鹿にした者は今までおりませんことよ……!
貴方、名をおっしゃい!
いつか絶対に処してやりますからっ!
コーネリウス……?
貴方、庶民のくせに随分と豪勢な名前してますのね……?
こんな失礼な殿方が第一王子と同じ名前だなんて、名は体を表すと言う言葉がありますけど、それも眉唾になりましたわ……。
……さあ席にお付きになって!
私はまだまだ話したりませんことよ!
店主!
麦酒を二杯追加ですわぁっ!!
婚約破棄がトレンドとのことで書いてみました。
私が書くと令嬢はこんな風になるのか……。
評価・感想を是非ともお願いいたします!
※5/20 関連する短編を投稿しました。そちらも是非どうぞ。