第1話【弱者の日常】
喰らえ……喰らえ……全ての魂を我が物に……
暗闇の中、 不気味な少女の声が響き渡る。
『誰……? 』
喰らえ……喰らえ! ! !
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「ハッ……! ! 」
一人の少女が飛び起きた。
彼女は清火、 年齢19歳で高卒、 大学には通っておらず現在は東京の実家で一人暮らししている。
一人っ子であったが両親は彼女が幼少の時に亡くしている。
全員次元迷宮にて死亡したのだ。
両親を亡くしてから親戚に引き取られ、 高校を卒業してから自立を始めた。
「……はぁ、 嫌な夢だった……」
最近ずっと同じ夢ばかり見る……喰らえとか……一体何なの……?
清火は自室から出て朝食を済ませ、 身支度も済ませた。
「さて、 今日も攻略しますか」
そう、 彼女もまた家族と同じ……『攻略者』なのだ。
世の中では法律により攻略者は18歳からなれると決まっている。
しかし誰でもなれる訳ではない。
攻略者になる者は皆特殊な固有能力を持っており、 その力は最低でも人間を一撃必殺できる程。
つまりそれ程の力が無くてはならないのだ。
学生は皆18歳になった時点で一度審査を受けることとなっている。
大体の者は審査に落ちるのだが、 適正がある者は攻略者になるか普通の職に付くかを選択できる。
稼ぎに関しては攻略者はどんな職業よりもいい、 命を賭ける仕事であるからだ。
そんな中で彼女は幸運に恵まれ、 攻略者になる道を選んだのだ。
「さて、 ここが今回攻略する迷宮ね……」
自転車で現場まで移動した清火は迷宮の入り口前に着いた。
迷宮は出現してから入り口が開くまでに時間が掛かるため、 攻略者達は開く時間前に集合して準備をする。
「やぁ清火さん」
「あ、 たっくん! 来てたんだ」
着いたばかりの清火に声を掛けてきたのは高校の同級生だった橋田 拓郎。
彼も清火と同様、 攻略者である。
「どうしたの? BランクのたっくんがDランクの迷宮に来るなんて」
「ちょっと暇潰しみたいなものさ、 最近ここ近辺では高ランクの迷宮が出現しないしね」
「そうなんだね……」
攻略者にはそれぞれランクを付けられている。
一番高い順にS、 A、 B、 C、 D、 の五つに分かれている。
見た通り、 一番高いランクの攻略者程強く、 攻略のできる迷宮が多い。
つまりはランクが高ければ高い程稼ぎが良いのだ。
ちなみに清火はDランク、 最低ランクの攻略者である。
噂では幻のランク、 Zがあると言われているがそれは確証が無いため世間ではあまり信じる者はいない。
「良ければ今回一緒に行かない? チームを組めば有利だし」
……まぁたっくんは昔から悪い人じゃないの知ってるし……いいか……
「……うん、 お願い」
「じゃあよろしく! 」
二人が他愛もない話をしていると迷宮の入り口が開かれた。
「行こうか! 」
「うん」
そして他の攻略者達に付いていくように二人も迷宮の中へ入った。
…………
迷宮の中は現世とは全く異なる地形や空間をしており、 生息する生き物も危険で得体の知れないものばかりである。
そのため攻略者の中でその生き物達に食い殺されたり、 または地形によるトラップで還らぬ者となることが多いのだ。
世間ではその生き物達を『魔物』と称している。
「今回は鬱蒼としてるな……」
「ジャングル系の迷宮みたいだね」
ジャングル系の迷宮って嫌いなんだよねぇ……気持ち悪い植物とか虫の魔物ばっかりいるし……
そんなことを思いながらも清火と拓郎は迷宮の奥へと進んだ。
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数十分後……
「だいぶ下の階層まで来たね」
「今は大体6層目ぐらいまで来てるな」
次元迷宮にはそれぞれ階層があり、 一番下の階層まで到達し、 ボスの魔物を倒すことで攻略完了となる。
ボスを倒した後はその階層にあるコアという物を壊すことで迷宮が閉じるようになる。
コアはボスを倒せば持ち運びが可能となっており、 攻略者達は全員外へ出てからコアを壊して迷宮を閉じているのだ。
そして現在、 清火達が入ったDランクの迷宮には最大で10階層程あり、 そこまで深くはない。
Sランクとなると最大で50階層まであったという記録もあるとか……
「もう先に進んでる攻略者達もいるし、 ボスは彼らに任せてもいいかもな……」
「それじゃあ私達は探索でもしようか」
DランクのボスならDランク攻略者が4、 5人程度いれば何とかなるしね……足を引っ張るよりかはいい
そして清火達は迷宮の探索をし、 しばらくしてボスが倒されたという報告が入った。
「じゃあ清火さん、 そろそろ出ようか」
「そうだね」
清火達は迷宮から出ることにした。
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「今回は8階層、 中々当たりだったんじゃねぇか? 」
「ボスも3人で何とかなったしな! 」
迷宮から出た攻略者達は意気揚々と話していた。
そしてコアも壊され、 迷宮は無事閉じられた。
「お疲れ様、 今日はもうすることは無いのか? 」
拓郎が話し掛けてきた。
「今日のノルマは終わったし、 あとは協会に報告するだけだよ」
世界には攻略者協会というものが存在し、 攻略者達を管理している。
そこでは日々次元迷宮の出現場所を特定し、 攻略者達に情報提供している。
また、 攻略者が世の中で犯罪行為を行わないように監視していたりもする。
攻略者はその地域にある協会支部にて迷宮攻略の報告と証拠を提出することで報酬を受け取ることができる。
また、 レアな素材などを提出すれば報酬額も上がるシステムとなっている。
「折角だし一緒に行くよ、 俺も今日はやること無いしさ」
「分かった」
そして清火達は協会へ行き、 報告を終わらせた後、 一緒に遊びに行くことになった。
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街の喫茶店にて……
「清火さんってさ、 どうして攻略者になろうと思ったんだ? 」
「どうして……か……」
答えは一つしかないんだけどね……
清火は拓郎の質問に言葉を詰まらせた。
何故なら人に言えるような理由ではないからだ。
しばらく間を空けて清火は答えた。
「復讐……というのは違うけど……私の家族を奪った次元迷宮がどんなものなのか……少し興味があっただけ……別に次元迷宮を無くしてやろうなんて思ってないし……まずそんなの無理だし……」
「そうなんだ……ちょっと安心したかもな……」
「何で? 」
「だって清火さんの家族が次元迷宮で亡くなってしまったのは知ってるからさ、 もしかして清火さんはその次元迷宮の元凶に復讐しようなんて考えてたりするんじゃないかって思ってたんだ」
……本当に昔からたっくんは優しいなぁ……こんな危険な仕事をしてる中でもまた人の心配してるし……
清火はフッと笑いながらジュースを飲んだ。
「……どうかした? 清火さん」
「いいや、 たっくんは優しいなって思っただけ」
それを聞いた拓郎は少し顔を赤くした。
……たっくんといると何だか落ち着くなぁ……何でかな……まさか恋とか? いやいや流石に……
清火がそんなことを考えていると拓郎が腕時計を見て慌てだした。
「あぁやっべ! 今日メンバーと迷宮攻略する約束してたのすっかり忘れてた! 」
「それなら早く行った方がいいんじゃん? 」
清火がそう言うと拓郎は荷物を持って席を立った。
「ごめん清火さん、 また今度ゆっくり話そう! 」
「いいよ別に……」
そして拓郎は店を飛び出していった。
……帰ろうかな……
そう思いつつも清火はスマホで迷宮の出現情報を確認した。
ノルマはもう終わってるけど……どうせやること無いしなぁ……
清火が情報を探っていると一つの迷宮情報に目が留まった。
「ん? この迷宮……ここの近く……しかも誰も来てる情報は無い……」
……行ってみようかな……?
清火は少し奇妙な迷宮情報を頼りにその場所へ向かった。
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数分後……
「ここか……確かにあった……」
そこは少し鬱蒼とした林の中だった。
こりゃ誰も来ないわな……わざわざここまで来てDランクの迷宮に入るなんて……
「……入ってみようかな……攻略できなくても別にペナルティとか無いし……」
そう思い清火は迷宮が開くまで待つことにした。
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「……あっ、 開いた」
というか本当に誰も来ないし……これは攻略は諦めるしかないかな……
そして清火は迷宮へと入っていった。
…………
迷宮内は大きな洞窟のようになっていた。
うわぁ洞窟だよ……こういう系の迷宮には蜘蛛みたいな魔物が多いから嫌なんだけどなぁ……
そう思いつつも清火は迷宮の奥へと進んだ。
「……にしても静かだなぁ……魔物どころか素材っぽい物も見当たらないし……この迷宮はハズレかな……」
迷宮内は不気味な程静かだった。
……まぁ戦闘が無いことに越したことは無いか……あとはボスさえ何とかできれば報酬だけでも貰えるしね……
そんなことを考えながら清火は更に奥へと進んでいった。
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謎の迷宮、 第? 階層……
もうどれだけ進んだか分からない、 ただただ何もない洞窟が続くのみだった。
「一体何階層あるの……? Cランクの迷宮じゃないでしょ絶対……」
すると清火の目の前に大きな扉が現れた。
「やっとボス部屋……? でもここまで何もないのは不気味過ぎる……」
不信感を抱きながらも清火は扉を開けた。
中へ入るとそこには何もおらず、 だだっ広い空間が広がるのみだった。
……本当に何も無い……何なのこの迷宮……
清火は部屋の中央に歩いていくと扉が勝手に閉まった。
「ちょっ! 」
清火は慌てて扉を開けようと叩いていると突然部屋の中央に巨大な魔法陣が出現した。
魔法陣! ? このイベントは……確かSランクの迷宮にしかない特徴だ!
そしてしばらくすると魔法陣から何かが大量に溢れ出てきた。
「これは……ゴブリン軍団! ? 」
現れたゴブリン達は一斉に清火に襲い掛かる。
清火は抵抗も空しく、 ゴブリン達に捕まってしまった。
これはもう駄目だ……死ぬ……
そして清火はゴブリン達の暴行により気を失った。
…………
ここは……あぁ私、 死んだのか……
暗い意識のさ中、 清火は自分の死を確信した。
まだやりたい事あったのになぁ……こんなことになるなら大人しく帰るんだった……
でもこれで……家族に会えるのかな……?
清火はそう思っていると……
『復讐したいか? お前と家族を離れ離れにした迷宮を破壊したいか? 』
今朝の夢にも出てきた謎の少女の声が聞こえてきた。
……誰よ……あんた……
『答えろ……強くなり、 お前と家族を離れ離れにした次元迷宮を破壊し尽くしたいか? 』
謎の声は質問を繰り返すだけだった。
復讐とかどうだっていいよ……私にはそんな力無いし……ただそうだなぁ……
次元迷宮が憎くないと言えば……嘘になるかな……
清火が何気なくそう思うと……
『ならば喰らえ……我が死の力を持ってお前の道を邪魔する者達を喰らうのだ……! 』
またそれ……第一私はもう死んでるんだから無理だって……
『我が死の力に死という概念は無い……さぁ目覚めよ……そして喰らえ……全ての魂を我が力とするのだ! 』
『そして……お前の家族を……取り戻せ』
……え……それって……
…………
「……っ! ! 」
いつの間にか清火は意識を取り戻した。
そして……
「う……ぐぅ……! ……ぁぁぁああああ! ! ! 」
清火を押さえつけるゴブリンを無理やり振りほどき、 装備していた剣を抜いた。
「わぁぁぁぁああああ! ! ! ! 」
清火は自分が何をしているのか分からなくなるほど必死だった。
清火はとにかく暴れに暴れた……生きようと本能で暴れまわった……
数十分後……
「はぁ……はぁ……」
清火の周りには山のように積み重なるゴブリンの死体が転がっていた。
清火も血みどろでボロボロにされながらもまだ立っていた。
剣は折れ、 服も原型が無くなるほどに引き裂かれていた。
……何してんだろう……私……死んでもいいって思ってたはずなのに……
(『お前の家族を……取り戻せ』)
清火は謎の声の言葉を思い出した。
……まさか私、 あの言葉を信じて……
そんなことを考えていると清火の目の前に黒い靄のような物体が現れた。
それは不思議にも髪の長い少女のような姿にも見えた。
『契約は成された、 お前は弱者ながらも……この敵を前にして生きた……』
「あんたは……あの声の……? 」
意識が朦朧とする中、 清火は話した。
『喰らえ……そして進め……お前の目的を果たすために、 この戦いに終止符を打つのだ……』
「戦いって……どういう……い……み……」
清火は疲れと痛みに耐えきれず、 再び気を失ってしまった。
『……これで……お父さんの思い残しが……晴らされる……』
謎の物体の声は普通の少女の声になっていた。
『あとは……お願い……清火……』
『覇神に守られし者……』
そして黒い物体は姿を消した。
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・
・
続く……