第6話 とうじ
LIMEを交換した後、いつも通りテンションの高い春と2人で登校した。
「待ち伏せすんのはいいけどー、するなら私くらいにしときなよー?」
「いや、別に待ち伏せとかじゃなくて...」
「普通の女の子はびっくりしちゃうよ、通報ものだよもう。」
「そ、そんなに?」
「そう。でも私は怖くないから、今後私だけにしとくこと。分かった?」
「もうそういうことでいいや。」
完全に変質者扱いだ。
それにしても、別に時間軸が戻ったわけでもないのに、2度目の恋を経験しているこの状況は不思議だ。
付き合う前の感情やシチュエーションをまた体感できるという幸せな部分だけを見るとするならば、嬉しい現象かもしれない。
...いや、そもそも、このまま春と仲を深めていって、恋人になれる保証がどこにある?
中学3年のあの日に、円形花壇で出会って、その出会いからその後の関係性が繋がっていき、最終的にお付き合いを始めた訳で。
春が俺に好意を向けてくれることになった決め手や大事にターニングポイントがあったとしたら...
俺は、楽しげな表情で横を歩く春を見ながら、不安な気持ちを抑えることができなかった。
「そーいえば、君、名前は?」
「3組の羽柴太一だ。」
「羽柴君ね。私は七瀬春。1組。これからよろしくね、羽柴君。」
「あぁ、よろしく。は...七瀬さん。」
危ない危ない、自己紹介直後から名前呼びする、初手からグイグイいくタイプの男だと思われるところだった。
「今、春って言おうとした?」
「してない。」
「したよね。」
「してない。」
「いや、別にいいよ?名前呼び。」
「良く初対面の男に名前呼び許せるな。」
「うーん、そりゃキモい男にいきなり呼ばれたらキモいけどさ。...あーまぁ待ち伏せしてる時点で君もキモいか。」
「そんなにキモいキモい言うなよ...」
「ふふっ、まぁなんでもいいけどっ」.
茶目っ気たっぷりの表情で、少し先に歩き出してた春。
可愛い。この振り回してくる感じの天真爛漫な明るい部分がたまらなく好きだ。
「あ、なんか、恋人に勘違いされても困るから、そろそろ別々に行こうか。」
「お、おう。」
勘違いも何も恋人だ。
そう言いたい気持ちを抑えながら俺は頷く。
「じゃあ、また明日ね。」
勘違いされたら困るようなことがあるのか、友達にからかわれるのを恐れて、という理由なら平和なものだが、
別に気になる人がいるとかだったら...
他人に見られたら困る理由を問いかけた時に春から返ってくる答えが怖かった俺は何も聞かずに、校舎に走り去っていく春を見送った。
「太一、あの後加奈となんか話した?」
「話してないよ、あっちは俺のこと忘れてるみたいだ。」
教室に入って席に着くと、金本が話しかけてきた。
「忘れてるフリでしょ?!太一のことだけピンポイントで記憶失くすわけないじゃん!漫画じゃないんだから。」
「それなwwwww」
「草生やしてる場合じゃないでしょ!」
「イデッ」
背中をバシッといかれた。相変わらず手厳しい...
金本にしばかれていると、1人の視線を感じた。
加奈だ。こちらをなんとも表現し難い不思議な表情で見つめている。
「よし、加奈がじゃあほぼ初対面て言い張るなら、友人の紹介で今日から知り合いってことで。」
金本はそう言いながら、加奈の方へ向かい、彼女の手を掴み、こちらに連れてきた。
「あ、あの...この間はその...」
「あ、あぁいいんだ。この間は急に馴れ馴れしくしてごめん。金本とは知り合いなんだ。よろしく。」
「よ、よろしく。」
たどたどしいやりとりで、まさしく知り合った後の最初のコミュケーションという感じだ。
「いやもう、コントじゃん...」
「もうっ、からかわないでよ結衣。」
「あー、はいはいっ。」
2人のやりとりを見て、加奈から消えた記憶が俺のだけで良かったと心から思う。
あ、そういえばあれだ。LIMEを交換しよう。
恐らく、加奈の連絡先も消えている。
そう考えたおれはLIMEを確認する。
...加奈の連絡先がある、だと?
この時点で初めて、加奈と春で違いが出た。
これはどういうことだ?
推測だと色々な可能性が出てくるが、どれも断定はできない。
「何やったのか知らないけも、とりあえず太一はさっさと許してもらって、このコントを辞めてもらおう!」
「あ、あぁ。」
...なんか面倒になってきた。
加奈は大切な幼馴染だし、縁や思い出がなくなるのは嫌だけど、正直今は春のことで頭がいっぱいだ。
それに、加奈とはクラスが同じとか金本の存在とか、関係性構築のためのフックが存在するが、春との繋がりは今、朝の待ち伏せ...じゃない、待ち合わせしかない。
俺は頭を悩ませながら、一時間目の授業に入った。
──────その日の朝、校舎の前。
あの女、また近づいてる、なんでだろ。やっぱり大元をやらないいけないの?
他の人のところはやっぱり嫌だ。
嫌だというより、おかしい。おかしい話だ。
だって、あれは私のだから、私のなのに。
私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに私のなのに。
誰も見たことのない景色だけを見るっ