第5話 現象
「加奈ー、一体どうしちゃったのよ、本当に喧嘩しちゃったの?」
加奈の友人である金本結衣は、2人が所属しているテニス部の練習帰りの途中、加奈に問いかけた。
「今日のあの人の事? 本当に知らない人だよ?確かに同じクラスでなんで記憶にないんだろうね。」
「いや、同じクラスで関わった記憶がない人がいるってもっとパニックなったりするもんでしょ?」
「そうかなー。別に、関わりなかったんだなーってぐらいだよ?」
「いやいや、冷静すぎるでしょ? もう...喧嘩したなら相談してくれれば良かったのに。」
「もうっー。しつこいなー結衣は。」
スマホをいじりながら面倒くさそうにする加奈、
仲の良い友人にしか見せない一面だ。
「あ、そうだ!それ貸して!」
「あ、ちょっと!」
結衣は加奈のスマホを奪って、LIMEのトーク画面を確認する。
「あ、ほら!太一とのトーク履歴残ってんじゃん!おかしいと思うでしょ?普通。」
「ちょっと!勝手にとんないでよ!もう!、まぁ確かに、履歴はあるわね!関わりはあったのかもしれない。でも記憶ないから怖いだけよこんなのあっても。」
加奈はトーク履歴を削除した。
「あー!消した!なんで!?記憶喪失だと思い始めてるなら、そんなに存在を邪険に扱う必要はないでしょ?」
「今日の結衣、うるさい。用事あるから先帰る!」
「あー!逃げた!」
加奈は、結衣から逃れるように、その場を立ち去った。
ピピピピピピピピピ
いつも通り、スヌーズ機能をONにしたスマホのアラームで目が覚める。
3回目くらいのアラームで、ようやっと体を起こし、洗面台に向かう。
今日は、あの電柱で待ち合わせ、じゃない、待ち伏せしたら、春は来てくれるだろうか...
「君、明日も私を待ち伏せるの?」
前回の別れ際のあの言葉。もしかしたら会えるかもしれない。
会いたい。
俺は少しの期待と願望を抱きながら顔を洗った後、朝食を食べに食卓へ。
母は朝が早い仕事をしているので、早朝に朝食を作り置きしてくれている。
毎朝早起きして用意してくれている母には頭が上がらない。
ご飯はもちろん炊飯器に、いつも作ってくれている味噌汁もボタン一つで温められるよう、鍋に用意されている。
おかずはチンして食べる。
「くぅぅ、結局味噌汁が一番上手いな。」
「お兄ちゃん、おっさんくさいよ。」
呆れ顔で話しかけてきたのは、
四つ下の中学一年生の妹の美夜。
黒髪ポニーテールに健康的な肌、友達も多くコミュ力もあって、俺とは正反対だ。
「おっさんとは失礼な。ピッチピチの16歳だ。」
「その表現がもうおっさんくさいから。」
「ぴえん」
「はい。それももう古いし。」
ぐ...泣きそうになってきた。最近の子は怖い。
「...最近何かあった?」
「なにも。」
「すまん。嘘だ。色々あった。」
「何があったの?」
「なくなった。ないことになった。大切なものが。」
「それって...」
「すまん、そのうち話す。」
「うん。分かった。」
妹との食事を終えて、学校へと足を進める。
あのいつもの曲がり角の電柱に、少しだけ早い7時40分頃着いた。
春の姿はない。
7時50分、そろそろ諦めて登校再開を考え始めた頃、警戒な足取りで1人の女子生徒が近づいてくる。
春だ。
「あー!やっぱりいた。」
「お、おう。」
からかうような表情で話しかけてきた春に、
俺はこみ上げてくる喜びを顔に出さないように返事をするのが精一杯だった。
最初の挨拶の後、自己紹介混じりの他愛もない会話を続けながは、2人で歩く。
「あ、そうだ!せっかくだし、LIME交換しようよ!」
完全に失念していた。記憶が消えているなら、連絡先はどうだ?
だが、俺と春は付き合う前も付きあってからも頻繁にLIMEでトークしている。
もし、恋人の俺とのトーク履歴が残っているなら、名前を教えた段階で、色々不審に思うはずだ。
交換のためにLIMEを開く。
俺は交換の前に、自らのトーク履歴と連絡先一覧を見る。
...何でもっと早く気づかなかったんだ。
俺のLIMEから春の連絡先だけが消えている。もちろんトーク履歴もだ。
「ん?どーした?交換嫌だった?」
「いや、そうじゃないよ。交換しよう。」
俺は動揺しながらも、交換をする。
お互い新しい友達として、登録された。
恐らく、春のスマホからも俺に関する情報は消えていると考えられる。
このLIME交換のやりとりが、俺がこの記憶喪失を一つの謎多き現象として強く認識した、最初の瞬間だった。
あれれー?
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