花火#9(ナンバーナイン)
彼に会いに行きます
なかなかうまく書けた
習字なんて小学生以来だ
決意表明というのは、なんだか筆で書かないとしまりがない気がして、タンスの奥から引っ張り出してきた。
墨とスズリは使えたが、筆は新らしく買わないと駄目だった。
さようなら
もう一行書いて、筆を洗った
中学校に入る時、ここに越してきた。
夏休みに入ってしばらくして、道を歩いていると、突然、彼に声をかけられた
「見なれない顔だね、君、どこの子」
見なれないのは、あんただよ
いきなりどこの子とか
あっ、もしかして変態?
いくらあたしが可愛いからって、こんな田舎で芸能界にスカウトでもあるまいし
「ばか」
取り敢えず逃げた
こうみえて、足はけっこう速いのだ
坂の上の私の家
ヴうわっ
追いつかれた
何、コイツ、変態のくせに足はやっ
てか、オトメノピンチ
「こらっ、初対面の大人になんだ」
なんだっ、ってこっちがなんだだよ
だいたい、こいつ若そうなんだが、なんか昭和くさっ
こうなったら奥の手
息整えて
誰かぁぁぁぁぁぁ
助げd
(やばっ、口押さえられた、蹴りっ、蹴りっ、蹴り…)
「あぁんだ、何してるん」
(ヴぁっ、川野のおばちゃん、助けて)
「このジャジャ馬娘、何とかしてくれ」
「こうちゃんかね、そら、坂の上に越してきた宮崎さんちの子じゃ」
(何、頭の上で、会話してるんよ、馬ムスメって、かみつくぞ)
やな奴
後で聞いたら、海辺の町の小学校で先生をやってるらしい
夏休みの里帰りだと
ふん、そもそも先生という人種が嫌いだ
偉そうに、君はどこの子だ、とか
とりあえず、会っても無視することに決めた
が、しかし
なんかこいつ、女子に人気があるらしいのだ
困ったことに、あいつの家は、通り道の昔風の、あれなんだっけ、
木造の二階建てで、窓の所に腰掛けて、下を見下ろせるやつ
年中、風鈴がぶら下がっていて、つい風鈴の音に目を上げると、
あいつがニヤニヤと見下ろしている
どうも昔から知ってるらしい、同級の女子とかが、手をふったりするもんだから
ますます調子に乗る
とにかく嫌いだった
この時期は、毎日学校に行くわけでも無いが、うちは、奥まったところにあるので、友だちの家に行くにしろ、そこを通らないわけにいかない
お盆を過ぎた頃、ようやく、あいつの顔を見なくなった
どうやら帰ったらしい
で、あいつとしゃべるようになったのは、いつからだろう
次の年の夏休みには、もう普通に話をしていた気がする
たぶん、その前の冬休みに、うちのストーブが壊れたとか、大騒ぎしていたとき、どっからか代わりのストーブをもってきてくれて、おまけに、壊れたストーブを預かって、後で、直ったと、持ってきてくれたんだったか、なんかそんなところだ
まぁ、わたしも、いつまでも相手しないのも、子どもっぽいし、それからは、挨拶くらいはしてやった
その夏、彼は、車に乗って帰って来た
生意気にクルマを買ったらしい
そもそも免許持ってたのか
でも、リンゴみたいな、真っ赤でなんか可愛い
クーパーがなんとか言ってたが、車のことは良くわからないので、
クーちゃんと呼ぶことにした
クーちゃんと呼ぶと、彼は
「勝手に変な名前つけるな」と怒ったが、
そのうちあきらめたらしく
自分でも「クーちゃん」とか言ってる
馬鹿だ
どういう話のはずみか忘れたが、
「クーちゃん乗ってみるか」
と言われて、つい、元気良く「おー」
と言ってしまった
断じて、自分から乗せて欲しいなどど言ってはいない
しかし、うれしそうに返事をしてしまっては、乗せて欲しいと
言っているようなものではないか
で、一瞬、しまったと思って、固まったが、
奴は、さっさと、助手席のドアを開けて、早く乗れ、と言う
この際、クーちゃんの可愛さに免じて許すことにする
結局のところ、駅までの買い物につきあわされただけだった
ソフトクリームを買ってくれた
しかしだ、そもそも、真夏だというのに、クーちゃんにはクーラーが付いてない
今どき、そんな車が存在するのかと思ったが、どうも、電気がどうのとか
よく分からない言い訳をしていた。
窓全開でも、汗ダラダラ流れるような日に付き合わされて、ソフトクリーム
くらいは当然だと思う
二度と乗ってやるかと思ったんだが、クーちゃんの可愛さに負けて、
その後も、何度か乗った気がする
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11月のある日、みっちゃんから、
「彼、今度、いつ帰ってくるの」
と不意に聞かれた
みっちゃんは、転校生の私の数少ない友だちの一人だ
「彼って誰よ」
「宮っちの彼氏に決まってるじゃん」
ん?もしかして、クーちゃんの世話係のおっさんのこと
世界一言われたくない
「はぁ?どっからそんな話になってる」
「どっからって、あんなしょっちゅう、デートしてたじゃん」
世間ではそういう話になってたらしい
彼氏っていったら、あんなことや、こんなことや、
いろいろするんじゃないのか
あたしも、この歳で、何もしらないわけではないのだ
しかし、あれだ、あたしは、その、あの、
正真正銘の処女だぞ
花の中学生が、あまりに可哀想ではないか
一緒に行ったところと行ったら、ホームセンターと、せいぜい図書館だ
まぁ、その場は、あきれた顔だけしておいた
家に帰ってから、何か届いてた
夏に撮った写真を今ごろ送ってきた彼からの手紙だった
あっ、彼からだ
と、思った瞬間、急に顔が火照ってきた
やば、彼から、とか思っちゃた
その晩は、写真を抱きしめて寝てしまった
冬休みが近づいてくると、なんだか気持ちが落ち着かなくなってきた
いつ帰ってくるんだろうと、用もないのに、道を
行ったり来たり
去年は、冬休みになったら、もう、いた気がしたんだが、
今年はいつになっても帰ってこない
30日になって、ようやく、クーちゃんが、彼の家の前に駐まっているのを見つけた
クーちゃん会いたかったよ
スリスリしようと思ったが、頬っぺたが、凍って窓ガラスに貼りつきそうだったのでやめといた。
この辺は雪こそほとんど降らないが、油断すると、水道も凍りつくくらい寒いのだ。
さすがに、この寒さで窓を開け放してたりしてるわけないので、彼がいるかどうか、わからないけど、年中吊りっぱなしの風鈴を見上げてると、突然、戸が開いて彼が出て来た。
一瞬、彼と目が合って、ポカンと口開けてるところを、見られたと思った瞬間、顔がカァーッと熱くなって来た
「なに、アホみたいに口開けてるんだ」
「バカ」
ダッシュした
つもりだった
でもなんか、足がもつれた
ココロのどこかで、また、追っかけてきてくれないかなとか思ってる自分がやだ
で、当然のごとく、つかまえられた、というか、後ろから、抱きとめられた
「お前、大丈夫か、顔がまっかだぞ。」
(あほ、それは、おまえのせいじゃ)
よりによって、抱きしめられたような格好になってる
「いや、離して」
(うわっ、なんて、弱々しい声、まさかのあたしの声か)
「変な声出すな、誤解されるだろ」
何!誤解だと!
「熱あるんじゃないか、すぐ帰りな」
ムカーッ
「うるさい、ほっといてよ」
「ほぉ、せっかくお土産があったんだがな」
「おぅ」
また、やってしまった。
どうも、あたしは、感情が、すぐに態度にでてしまう
喜んでるのが、丸わかりじゃないか
気づいてるのか、気づいていないのか、
彼はそのまま部屋に引き返して行ったので、
のこのこついていってしまう
「えーっと、これだっけ」
手渡されたのは、三角形の旗みたいな奴
これってもしかして、今どき、小学生男子すら買わないという、、、
「なに、これ」
「なにって、ペナントだろう」
そうだ、そんな名前だった。
しばし、呆然としていると
あぁ、こっちだったかな
見せてくれたのは、貝殻のブローチだった
センスは、同じく昭和だが、こっちのが、数万倍いい
「ありがと」
なんか、また変なものを出される前に、ひったくった
「ところで、今年、帰ってくるのおそかったんじゃない。」
「そうだったか」
「彼女でもできたか」
止まれ、あたしの口。バカ、よけいなことを聞くと…
「ほぉ、何だ、君も色気付いたかね」
言わんこっちゃない
「初詣はどこ行くの」
我ながら、無茶振り。とりあえず話題を変えてみた
「いいよ、正月は家でのんびりするよ」
「えーっ、クーちゃんで、出かけないの」
「うーん。」
後から、分かったことだが、どうも、凍った道を走るのに、
散々、苦労したらしい。
帰りに、クーちゃんを、よく見たら、夏にはなかった、傷が、
あちこちにあった
残念ながら、というか、予想通りなんだが
運転は下手らしい
「近所の天神さんは」
「めんどくさいからいいよ」
「そんなこと、言うとバチ当たるよ」
そんな会話は、実はしてないかもしれない。
今では、後から作ったような気がする。
いずれにしろ、初詣は、母と二人で行った
帰りに、交通安全の御守りを買って、彼のうちに寄った
お雑煮を出してもらった気がする。
いつの間にか、お正月も、冬休みも終わってた
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次の夏、彼は帰って来なかった
理由なんかどうでもいい
何もかもわかったような顔しているような大人なんて大嫌いだ
絶対泣いてなんかやるもんか
あの日、そう決めたんだ
それに、あたしは今年は受験生だ
自分のことで精一杯だ
外はあまり出歩いてはいけないと言われた
それは、わたしに限ったことではないし、家に籠って勉強するには好都合だ。
お盆が近くなったある日、何か外が賑やかで、どうやら誰か誘いに来たらしかったが、あたしは、頑として自分の部屋から出なかった。
秋も過ぎると、さすがに、みんな受験一色になってきた
受験というのは、大人の事情も考えてやらないといけないから大変だ
あたしの行けそうな学校は、家からは通えそうもないんだが、幸い親戚の人が
「こういう時は、助け合わないとねぇ」と、合格したら下宿させてくれるようなことを、言ってるらしい
あたしも、この町から出たかったし、母も最近、あたしのことを
扱い兼ねているみたいだったので、ちょうどいい
とにかく、目標ができた
冬休みになる前、みっちゃんが、
「初詣一緒に行かない」
と、誘ってきた
受験祈願専門のお寺へ行こうという
わざわざ、電車乗り継いで行くようなところで、その時間があったら、
勉強していた方が良い気もするんだが、どうやら、あたしのことを
気づかってくれてるらしいので、一緒に行くことにした
正直、何も祈りたくなかった
合格発表は、一人で見に行った
当然、受かっているもんだと思っていたので、単に確認しただけだ
帰りに世話になる親戚へ挨拶にいって、どちらかというと、
こっちがメインだ
ヤケに派手に喜んでくれた
卒業式
「今年は、何事もなく、無事に式を迎えられたことを感謝しましょう」
校長先生が、何かピントが外れたようなことを言っている
申し訳ないが、あたしは、去年のこの時期の記憶が全く無い
母が「明日から学校行くんでしょ」
とヤケに当たり前のことを聞かれて、カレンダーを見たら、5月8日だったことは覚えている
卒業式の帰り、川野のおばちゃんが、
「受験が終わったら知らせようと思ってたんだけど、車見つかったんだってね」
「あぁ、そう」
全然いらない情報
彼が約束を破ったのに、変わりはない
クーちゃん…
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新しい学校での生活が始まった
いつからか、あたしは全くテレビを見ない生活をしている
なので、学校で、昨日のドラマの話やら、アイドルの話をされても
ついてけないので、なんとなく、気軽な友達もできなかったんだが、
幸い、ここは、曲がりなりにも進学校なので、無理に、そういう話題に
付き合わなくてもよいから助かる
それでも、どこにでも人になつく子はいるもので、
まなちゃんも、そんな一人だ
「ねぇ、T君、どう思う」
「は?」
「絶対、宮っちに気があるよ,視線感じない?」
「そんなの丸無視」
「えぇ、他に好きな人いるの」
「別に」
「好きな人とか作らないの?」
「なんで」
「だって、学校何のために行くの?」
「学校は、勉強をしに行くところ」
「えぇ、そんなの楽しくないよぉ、学校に勉強しにいくのと、好きな人に会いにいくんじゃ、好きな人に会いに行く方が楽しいよぉ」
まなちゃんの、可愛いとこは、冷たくあしらったり、普通なら
引くようなこと言っても、次の日も同じようにじゃれてくるところだ
その代わり、まなちゃんのコイバナにも、ほどほどに
つきあう必要はある
そいうわけで、高校生活はそこそこやってる
親戚の家とはいえ、一部屋もらってるし、さすがに、母親ほどの干渉は
してこない
だから、終業式が、近づいてくると、少し憂鬱になってきた。
ゴールデンウィークの時は、なんだかんだ理由をつけて
家に帰らなかったが、さすがに長い夏休みに、居候しているわけにも
いかないだろう。
そういうわけで、夏休みが始まると、しかたなく母のところへ帰ることにした
久しぶりに家に続く坂を登っていると
風鈴の音が聞こえた
つけたままなんだ
たぶん、この時だったと思う
自分が大人になってしまったことに気づいたのは
色々なこと
受け容れないといけない
そんなこと思った自分が
とても嫌だった
受け止めなくてはいけない
もう彼は帰って来ない
家に帰ると父親らしき人がいた
なにせ、何年も会っていない
小さい頃に、一緒にいた記憶があるだけだ
母と私のあいだでは、父親の話はタブーだった
どうも、仕事がないらしい
ここには、いられない
そう思った
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海が見えるところに、行きたかった
この辺は、陸の真ん中なので、海とは縁がない
電車に乗れば、どこかに着くだろうと思ったが、
時刻表を見て、呆然とした
地元の駅には一時間に一本しか無いのは知ってた
こんな不便なのは、この辺だけだろうと思ってたんだが、
あたしの行きたいところは、二時間に一本、しかも一本は途中駅までしか行かない
更にその先は、色んな事情で、未だに電車が走ってない
いんだ、別にどうしてもそこに行きたいわけではないし
ただ
海が見えるところに行きたかった
朝、早くから出かけなくてはいけない
夕べのうちに書いた決意表明を改めてながめた
うん、これでいい
駅までは自転車だが、止めた後、
ちょっと考えて、鍵をかけるのをやめた
誰か持ってってくれるなら、その方がいい
彼のことを考えていた
あの夏、一緒に花火を見た
どうして今まで忘れてたんだろう
いや、忘れてるわけない
だって、彼との約束は
来年も一緒に花火を見ようね
だったんだから
全て考えないようにしてただけ
ホームに入ると、ちょうど電車が滑り込んできた
とにかく飛び乗って、ぼんやり外をながめる
今日は暑くなりそうだけど、さすがにこの時間の冷房はききすぎな気がする
カバンから何の気無しにケータイをとりだす
今どき、誰も使ってないガラケー
高校入学時に、ようやく持たせてもらった、
しかも、母親のお下がりのガラケー
電源は切ったままだった
そもそもあたしは、家出をしたんだから
ケータイもおいてくれば、良かったんだ
メールが入ってるかもしれないのは無視して
時間つぶしにネットにつなぐ
その時、不意にとんでもないことに気がつく
逆方向じゃないか…
いや、今、乗ってる電車のことだ
あたしは、どこに行こうとしてる
目の前のケータイの画面には
江ノ島の宣伝が出てた
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江ノ島の駅にいるわたし
すごい人混み
「おかえりの切符は今のうちにお買い求めください」
駅員がしつこく繰り返してる
そりゃ、こんなに人がいたらそうかもしれない
言われるがままに切符を買う素直なわたし
そもそもここにいること自体がそうだ
3時間前、乗り換え駅で呆然としながら、ホームにいた鳩を眺めてた
鳩と言うのはお腹がいっぱいになると卵を産むらしい
なので、餌をあげるとどんどん増えるから、
餌をあげてはいけないと教わった
鳩の方は、見るからに何も考えてなさそうだ
「お前は幸せだなぁ」
ボソッと言ったつもりだったんだが、
いつの間にか隣に座ってたおばあちゃんくらいのひとが
プッと吹き出して
「ごめんなさい、笑っちゃて、若くても、悩みはあるわよね」
と言われた
「はぁ」
という、我ながら気の抜けた返事をして
なんか、自分がすごくマヌケな気がしてきた
「で、お嬢ちゃんは、どこに行かれるの」
そこで、ついつい頭の中にあった
「江ノ島」
と答えてしまった
そんな気は、まったくなかったのに
「あら、それじゃ、ホームが違う。すぐ電車くるわよ。出るから急ぎなさい」
おせっかいなことに、そのおばあちゃんは、そのまま案内して、
わたしは、電車まで、見送られてしまった
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そんなわけで、わたしはなりゆきで、江ノ島にいる
絶対行きたくなかったかというと、まぁ、行ったことないし、
少しは興味はあった
しかし、なんだこの人混みは
後悔しながらも、流されるまま、人混みをゆく
どうやら海岸に向かってる
喉が渇いたので、お茶でも買おうと思って財布を
開けたら、さっき買った切符が入ってた
馬鹿だ
もう帰らないのに、何を買ってるんだ
気がつくの遅すぎ
取り出して、捨てようかと思ったが、
その辺に捨てるのもあれだし、
そのまま手に持って歩き出した
てか、暑い
どんな決意もどうでもよくなる暑さだ、
おなかすいたなぁ
クラっとした
「しっかりしろ」
ん?誰かなんか言った
「アブナイ」
後ろから抱きとめられた
あやうく、堤防から、落っこちるところだった
予想と違って、後ろから捕まえてくれたのは女の人だった
「ぼーっとしてるとアブナイよ」
「あっ、すみません」
そこで、またクラっとした
手の中には、切符を握りしめていた
「ごちそうさま」
調子に乗ってデザートまで食べた
目の前では、さっきの女の人が呆れたような顔をしてる
クラっとした時、「どうしたの」と聞かれて、つい
「お腹がすいて」と、言ってしまった結果がこれだ
お母さんくらいの年齢にみえるが、ちょっと派手めな
目立つ感じの人だ
近くに住んでるらしいが、なにやら、海岸の下見に来たらしい
「何してる人ですか」
「歌手」
どうりで派手な感じだが、まだデビューしたばかりなんだそうだ
一瞬、頭の中にクエスチョンが飛んだが、
ごちそうしてもらってるので、深く追求しないことにした
「なんの下見だったんですか」
「今度、この近くで、水着の撮影するの」
「・・・」
言ってる意味が不明
お母さんくらいの人、新人歌手、水着撮影
ついていけないので、考えるのをやめた
「今日は、花火見ていくの?」
「今日、花火なんですか?」
どうりで、人が多いはずだ
「一緒に見る?」
なんか、言ってることが、メチャクチャな人だが
あたしの方も特にアテはない
そう言えば、あたしは、何で、帰りの切符を買ったんだ
たぶん、サイフに入れたけど
今日は、とことん流されよう
砂浜に陣取る
うちの近所は、山の中なので、海で見る花火は初めてだ
もっと海まで近づきたかったが、これ以上近づくと、満ち潮の時、
波が来るので、ここが、ベストポジションらしい
だんだん人の顔がわからない位の暗さになって来た
いつ始まるのかなぁ、と思ってたら、突然
ドン
ときた
こんな近くで上がると思ってなかったので、思わず
ウゲッ
と変な声だしてた
隣の歌手な人は、写真を撮り始めてる
「今度ね、花火大会で歌うの」
この人の発言は、唐突で、脈絡がないということを
この短時間に学んだ
「でも、ずっと遠くの山の中なの」
はぁ、やっぱり歌手なんだ
「そういや、おうちどこなの」
いつ、聞かれるかと思ってたのに、このタイミングか
「あとで、送ってあげるよ」
いや、たぶん無理だと思います
「うち、遠いんです、山の中で・・・」
「へぇ、どこなの」
嘘がつけないわたし・・・
「えっ、そこ今度、私が行くところよ。見に来てね」
は、そう言われましても・・・
「きゃー、すごい、上みて」
海から、こっちに向けて打ち出された花火が、頭上いっぱいに拡がった
見たことのない景色
そのまま顔に降りそそぐ
なんか目に入った
夜空がにじんだ
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そうして、今度は、その人の家に泊まってる
「今日、帰れないね、うち、泊まってく?」
女子高生に対して、それだけで終わりか
そもそも、女子高生ということを、聞かれもしてないが
見ず知らずの人の家に、いきなり泊る私もどうかしてるが、
家に出てる表札の名前は、確かに、近所の花火大会の宣伝ポスターに
載っていた名前のような気がした
寝る前に、ケータイの電源を入れると、着信履歴やら、メールやらが
たくさん入ってた
確認もせず、ただ
明日帰る
とだけメールして、電源を切った
次の日
結局、帰りの切符は無駄になってしまったが、
最寄りのJRの駅まで送ってもらった
「お母さんによろしくね」
なんの話しだ。
そもそも、あたしのお母さんのこと知らないよね
まぁ、一日近く一緒にいて、この人のペースにも慣れたので、
適当に相づちをうった
でも、帰りの切符まで買ってくれたので、文句はない
あっ、もしかして、この人なりに、何か考えてくれたのかもしれない
そんなわけで、日常に戻ることになった
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地元の花火大会の日が近づいてきた
せっかくだから、高校のまなちゃんに、声かけてみた
「行く行く、他にも誰か連れてっていい」
「おいでおいで」
この辺はイベントといったら、この花火大会くらいしかない
なので、毎年、歌手を呼んだりしてるらしい
あたしは、まだ二回しか見てないからよくわからないが、
今年は、珍しく去年と同じ人が来るらしい
高校の友達は、花火が始まる頃来るみたいだが
地元の子達は早くから集まってくるので
一緒に歌を聞いたりした
ステージに出てきた歌手は、ほんとにこないだ会った人だった
もちろんみんなには黙ってた
演歌歌手かと思ってたが、ちょっと違う感じだった
花火の歌を歌ってた。
気がついたら涙が出てた
「こういうの好きなの?」
T君が声をかけてきた
「あれ、もしかして、泣いてた?」
「べ、べつに、なんかゴミが入った」
「ふーん」
T君はけげんな顔をしてる
実際、泣いてるのか何なのか、自分でも分からなかった
ていうか、なんで、突然、あんたがいるの
「城之崎たちは、もうちょっと後で来るみたい」
まなちゃんこいつまで誘ってたのか
結局、歌手の人には、挨拶しなかった
われながら、子どもだと思う
でも、ステージの時、一瞬、目があった
なんか、微笑んでてくれたような気がした
花火までは、まだ時間があるけど
薄暗くなってくると
みんな、ソワソワしてくる
まなちゃんたちも合流した
二年ぶりにみる花火
こないだ海でみた花火が、あまりにも凄かったので、なんか物足りない気がしたが、まなちゃんたちは、とっても喜んでくれた
ひとつ、けじめがついた気がした
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冬
休みになったら、どうしても行きたいところがあった
夏に行こうと思っていけなかったところ
今度は間違えずに電車に乗る
着いたところは、なんにも無い、さびれた駅だった
窓口で、海が見える場所を聞いてみた
「海岸へ行くんじゃなくて、海が見えるところに行きたいの?」
どうも、私がイメージしてた、二時間ドラマに出てくる
ダンガイゼッペキは無いらしい
その代わり、丘の上に神社があるらしいので、登ってみることにした
海岸に近づくと、ガレキを片付けたようなところが、まだたくさんあった
急な坂道を登って、更に、狭い階段が続く
夏に来ないで良かった
真冬でも汗をかくほど
登ってみると、いつくずれてもおかしくないような神社だった
裏手に回ると海が見えそうだ
ただし、ヤブ蚊に刺されそうな気配満点だ
そろそろ歩みを進める
ここがギリギリかな、という所で海を眺めた
今日はそれほど風もなく、冬にしては、穏やかないい天気だ
なのに、ここの海ときたら、憎らしいくらい波が高くて荒れていた
思いっきり叫んでみた
「バカヤローーー」
その瞬間、足元が
崩れる
「危ねえよ」
後ろから、抱きしめられた
顔を上げると、T君が笑ってた