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ルーリアもジェームズが戻ってきたと知ったら、その富豪とは別に彼との情事をまた楽しむつもりかも知れない。エラにはまったく分からない世界だが、分かりたくもなかった。
(どちらにせよ、離婚をするまでの…気まぐれなのかしら…でも…)
考えがまとまらぬ間に、浴室のドアが開き、ズボンだけを履いた半裸の夫が中から出てきた。
ジェームズとベッドを共にしたことがなかったエラは彼の裸を見たことはなかったのだが、それでも断言できる。絶対に彼はこんなに筋肉質ではなかった。それから逞しい胸にかかっているのはーーー
「私の、髪?」
「そうだ」
思わず漏れた小さな呟きに、彼からはっきりとした返事が戻ってきて、声に出していたのだと我に返った。彼は革の紐に彼女の髪を上手にくくりつけて胸に垂らしていた。直接肌には触れないように工夫はされているが、あの髪色は間違いなく自分のである、ということは分かるような細工である。確かに戦場では、妻や恋人、想い人の髪の房を身につけているとお守りになると言われているらしいと小耳には挟んでいたのだが、まさかジェームズが、ルーリアではなくてエラの髪の房をつけていたなんて…。
「どうして、私のなの…?」
「どういう意味だ?それより、早く風呂に入ってくると良い。君が出てくるまで寝ないで耐えているつもりだが、俺はさすがに今日は疲れているからいびきをかくと思う」
エラは驚きのあまり、ぽかんとした。
「ここで、寝るの?」
ジェームズは顔をしかめた。
「当たり前だ。夫婦の寝室以外のどこで寝るんだ?」
(絶対におかしい…おかしいとしかいいようがない!)
さっと血の気が引いた。
戦争という過酷な経験を経て、やっと安寧の我が家に戻ってきた夫が妻と一緒のベッドで休むことをおかしいということ自体が世間一般的には奇妙なのは、分かっている。それでも、以前の夫とまるで違うことが彼女の心を苛む。
エラは何かに追い立てられるように夜着とタオルを持って浴室へ行くと、胸の内を大きな不安で震わせた。
(もしかして…ベッドも共にするつもりとか?)
どうあってもそれには絶対に応えられない。しかし実質ジェームズは彼女の夫で、今まで果たされていなかったものの、本来ならば妻としての義務があることは分かっていた。だが彼に触れられると思うだけで虫唾が走る。今までのジェームズはエラを抱くつもりどころか同じ部屋にいるのも嫌がっていたので、考える必要もなかったが…。もし今日どうしてもと迫られたら、月のもののせいにして断ろう、それで彼が引き下がってくれるかは分からないが。
エラが浴室を出ると、部屋は既に薄暗くなっていて、ベッドの上では既に夜着を着込んだジェームズが片肘をついて横たわっていた。彼女がびくりとして躊躇したのを気づいたかのように彼が口を開く。
「君はいつもどちら側で寝るんだい?俺がこちら側を使っても?」
その問いかけは、しかしジェームズが今までエラと一緒に同じベッドで寝たことがないことを知っていることを意味している。
「どちらでも、お好きなように」
震える声を隠そうとなるべく冷静を装って彼女がそう答えると、ジェームズが苦笑した。
「ただ隣同士で寝るだけだ。君がそんなに緊張する必要はないよ」
口調までも変わっている。
今まではエラのことはお前、としか言っていなかったのに、君、それから彼女の感情を宥めるような口調で話す。
(ジェームズなのだけど…ジェームズではない…。本当に、どういうことなの?)