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数年が経っていたが、ジェームズとの関係は相変わらずだった。
彼は一応夜は家に戻ってくるがエラとは別の部屋で眠り、日中はほとんどルーリアの家に入り浸りだった。エラは夫との意思疎通は最早諦めかけていた。ジェームズの家族との関係は良好だったし、アンドレイとも、アンドレイの恋人ともエラは親しくなったが、夫だけがエラのことを拒絶し続けている。
やがて、異国で戦争が起こった。誰もが驚くことにジェームズがその戦争に行く、と言い出したのだ。その頃にはジェームズは日頃の不摂生が祟り、身体も締りがなくなり、容色が衰えだしていたのだが本人は以前のままだと思っているのか、そもそも命の危険もある戦争にどうして自ら志願して行く必要があるのか、彼の両親は必死で止めていたが、ジェームズの意思は揺るがなかった。
そして、出征前夜、エラがひとりで使っている2人の寝室に、珍しくジェームズが現れて、嘲るように言ったのだ。
『お前みたいな冷たい女を数年我慢してやった。戦争で手柄を立てて戻ってきたら、俺はお前が不貞していたことにして、離婚してルーリアと再婚する。再婚なら両親もルーリアのことを認めるだろう』
エラはあまりにも身勝手な彼の言い分に愕然としたが、父が援助をしてもらっている手前自分から離縁を言い出せないため、自分さえ我慢すればこの男との関係が断ち切れるのも悪くないと思った。
それくらい、彼女はこの実りのない白い結婚に、疲弊しきっていた。
★
状況が変わってきたのは、彼が出征して半年くらい経った後だ。
異国で戦争は起こっているが、この辺りはいつもと変わらぬ平和なもので普段通りの生活を続けている。そんな折、エラはジェームズの愛人であったルーリアと、ばったり街で出くわした。ルーリアは、見目美しい若い男の腕にしどけなく掴まっていて、彼が今の恋人であることは間違いなかった。エラとルーリアは直接の知り合いではないのでお互いに会釈もなにもせず通り過ぎたが、ルーリアがふふっと彼女に向かって勝ち誇ったように微笑んだのは分かった。
(なるほど…常に色んな男を天秤にかけているわけね…)
もともと後妻業で財産を手に入れたしたたかな女に、世間知らずのジェームズが手玉に取られたのだろうことは想像に難くない。戦争へいけ、と入れ知恵したのもこの女だったのかも知れない。ジェームズが帰ってきて、地主の息子の後妻として収まるシナリオも、戦争にジェームズが行っている間に次の候補を見つけておくシナリオも、どちらもルーリアにとっては悪いものではないからだ。ジェームズ以上の使える男を見つけた場合はおそらくあっさりとそちらに乗り換えるのだろう。まったく蛇のように狡猾な女だ。
自業自得とはいえ、ジェームズは掴まった女が性悪すぎた。
(でもそれで私が離縁出来るなら…見ないふりをするわ)
そんな風に思っていたエラのもとへ、一通の手紙が戦地にいるジェームズから届いた。