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「遺言…?」

「ええ、私の愚かな…息子。骨の髄まであの女にしゃぶられるところだったわ」


ルーリアの甘言に唆されるまま、ジェームズは彼女の雇った私的な弁護士を通して遺言を遺していた。


もし戦争で何かがあって自分が死んだら、今の妻であるエラではなく、恋人であるルーリアに自分の財産権を譲る、と。


「そんな遺言、法的に効力があるのですか?」

「あるといえば、ある、ないといえばない、といったところ、かしら。でもあの女がその遺言を逆手に取って裁判を起こしたら、ある程度の効力はきっとあるし、それからとてつもない醜聞になるのは避けられないのは、分かるでしょう?」


それで彼との入れ替わりを考えたわけだ。

戦争からジェームズが生きて帰ってきた時点でこの遺言は失効するが、その上で彼が心を入れ替えたように見せかけて、ルーリアと別れたとしたらさすがの彼女も二度と近づいてこないだろう。


義母は彼に戦争から出来るだけ早く帰還するように言ったが、その時には勇敢で明晰な彼は部隊の中心的存在であり、結局は戦争が終結するまで留まった。


その間に義母はルーリアへの対策を考えていた。


ただ単に別れる、と言ってもあのしたたかな愛人が納得しないのは分かっていた。ルーリアに、何がしかの違和感を嗅ぎつけられて、彼が偽者だと騒ぎ立てられたら面倒なことになる。だからこそ手紙が来ても彼らは無視をし続け、しびれを切らしたルーリアが公衆の面前で近寄ってくるのを待ち、どんな手を使ってでもルーリアに彼が本物であるということを人々の前で認めさせる必要があった。その上で彼女をこれ以上ないくらいに完膚なきまでに切り捨てる。



「そう…だから…貴方は突然私に……興味があるふりをし始めたのね…」


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エラが呟くと、彼がきっぱりと首を横に振った。


「それは違う」

「…違う?」


彼は美しい瞳に熱を込めて、彼女を見つめた。


「俺は以前から君を知っていた…君にずっと惹かれていたんだ」


義母が哀しそうに微笑んだ。


「信じてあげて、エラ。彼がこれを引き受けたのも、エラのためでもあったの。貴女は素敵な女性ですものね…私の息子は見る目のない、本当に救いようもない子だった…」

「エラ、後で…俺に釈明の機会を与えてほしい、今はとりあえず彼女に続きを話してもらうのでいいだろうか」


(ああもう…何が何だか分からないわ…)


エラは目を瞑り、頷いた。



義母は、出征した息子が寝起きしていた部屋を片付けていて、日記を何冊も見つけた。全くもって意外なことに息子は日々について丁寧に記す人間だったのだ。義母は何日もかけてそれを読み、改めて自分の息子の愚鈍さに絶望した。しかし、出征直後にこの日記を見つけたことにより、義母は息子がどんな遺言をルーリアに遺したかも知り、入れ替わる作戦を企てることになった。


彼も屋敷に戻ってきてから、その日記を執務室で読みこみ、ジェームズの記憶を自分のもののようにするべく暗記した。覚えたと確信すると、日記は暖炉で燃やした。


蠍の入れ墨についても、ジェームズはご丁寧に原案を日記に挟み込んでいたし、入れ墨をいれた場所も詳しく書き記されていて、その紙を手に帰還してすぐに彼はその入れ墨を彫りに行った。エラに行き先を告げずに出かけ、夜に戻ってきて、軽装のエラと浴室から出た瞬間にばったり会ったあの日のことだ。


ジェームズは、ルーリアとの会話も詳細に書き記していた。勿論、エラへの罵詈雑言も。


(それで…本人しか知らないことも知っていたのね…)



義母が、戦争に行った人間は顔貌が変わることもあるし、今までと違うような人間になるかもしれない、と最初からエラに釘をさしていたこと。


戦争の間にジェームズと頻繁に手紙を交換していた義母が、彼が心を入れ替えた、と散々言い続けていたこと。


戻ってきたジェームズがまるで別人のように感じられたこと。


彼が執務室で仕事をするようになった後から、エラと思い出話も詳細に渡って話をするようになったこと。


ジェームズが使っていた部屋の私物が片付けられていたこと。



それぞれ点としての違和感だった出来事が、今やっと線として繋がった。





「エラ」


義母が囁いた。


「貴女は私を…愚かな母親だと、家の利益ばかり考えるような、人の心がない悪魔のような女だと、思うのでしょうね」



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