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その夜、いつもは夜遅くまで執務室にいるジェームズが、かなり早い時間に2人の寝室に入ってきたのでエラは驚いた。夫は顰め面をしながら、長椅子に腰かけて読書をしていた彼女に、封がされたままの白い封筒を手渡した。


「あの女から手紙が来た」


彼女は手元の封筒と夫の顔を何度も見比べた。宛先は確かにジェームズの名前で、差出人は貴方のルーリア、となっている。封筒からはほんのりとあの香水の香りが漂っているから間違いなくルーリアからの手紙のようだ。


「どうして私に…?」

「どうしてとは?俺は君に貞節を誓った。この手紙は俺には無用だ」


彼はその手紙は煮るなり焼くなり好きにするといい、と言い捨てて、寝室を出ていった。これからまだ仕事をするようだ。エラは手元に残された手紙をどうするか考えたが、とりあえず封を切って中を読んでみることにした。



手紙には、女性らしい優美な字で、貴方が戻ってきたことを知らなかったから連絡が遅くなってしまったけれど、いつでも自分の屋敷に来て頂いていい、と書かれていた。


この手紙から分かることは、とエラは思った。


どうやらジェームズは帰還してからは一度もルーリアとは会っていなかったようだ、ということ。そして、ルーリアはやはりまだジェームズとの付き合いを続けたがっているということ。


(資産家の新しい彼とうまくいってらっしゃらないのかしら…)


彼女は丁寧に手紙を畳んで封筒に仕舞うと、ベッドサイドテーブルの上にそっと置いた。後でジェームズが読みたかったら、読んだらいい、と思ったのだ。


エラが寝支度を終えた頃、ジェームズが寝室へ戻ってきて、ベッドサイドテーブルにある封筒を見て、眉を寄せた。彼が中を読んだのかと尋ねてきたので頷くと、彼はそのまま手紙をぐしゃぐしゃにしてくず入れに投げ捨ててから、浴室へと行ってしまったので彼女はぽかんとしてその背中を見送った。


(これも全部…演技?…それとも…?)




その翌週、ジェームズとエラは慈善事業の一環として今度は病院へ訪問することになった。ジェームズは幸運なことに五体満足で戦争から帰還したが、そうではない傷痍軍人を多く収容している病院である。彼はあまり戦争中のことをエラには語らないが、病院への慰問に関しても、すぐに了承していたので思うところはあるのだろう。


その日、ジェームズはエラに街で昼食を取らないかと言ってきたので、彼女は悩んだが、エラにとっても久しぶりの外出の機会だったので承知した。彼が選んだのはこじんまりとした感じの良いレストランで、支配人もサーバーも心の行き届いたサービスをしてくれたのでエラは食事を心から楽しむことが出来た。


レストランを出て、待たせてあった馬車に乗り込む段になって、ジェームズが隣にある香水を扱っているお店に気づいた。


「嫌でなかったら、君に香水をプレゼントしてもいいだろうか?」


(香水…)


彼女はルーリアと彼のお揃いの香水を思い出していた。あの香水もこうやってジェームズがルーリアにプレゼントしたものだったのだろう。確かに意中の女性に香水を贈るのは、上流階級の若い男性の中では嗜みの1つである。


ジェームズは黙って彼女の返答を待っている。


(新しい…彼を見る約束…だったわね)


エラがぎこちなく頷くと、彼はぱっと笑顔になって、彼女の背中を押しながらお店へと足を進めた。




お店の中には所狭しと香水が並べられ、むせかえるような香りだった。女主人が若くて美しいカップルである2人を歓迎してくれて、いくつもの香水を試させてくれたのだが、最終的にエラが選んだのは薔薇の香りが仄かにする控えめな香水だった。ガラスの小瓶も薔薇を模していて、美しいフォルムである。


「薔薇か、君らしくていいな」


ジェームズは満足そうに頷くと、女主人にお金を払った。エラはふと思いついて、彼に尋ねた。


「貴方は?」


彼は首を横に振った。


「俺はいらない…ああでも、君が選んでくれるなら喜んでつけるよ」


エラは黙って、かつてルーリアとジェームズが2人でつけていた香水の瓶を探すと、彼にそれを指し示したが、ジェームズは眉を顰めてそれを断った。


「これは嫌だ、ちゃんと君が選んでくれるか」


結局エラが自分が好きな、アンバーの香りがする香水を選ぶと、ジェームズはそれも買い求めた。


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