表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/33

15

エラの手元には、先程の薔薇園の管理者に贈られた薔薇が一輪力なく握られている。


ジェームズの脳裏にエラが浮かべた心からの微笑が鮮やかに蘇った。そしてその笑顔を向けられていた管理者へ内心自分が激しく嫉妬したことも。自分に嫉妬する権利がないことを彼は十分に理解しているが。


「ジェームズ、私…やっぱりどうあっても、貴方を信じることは出来ないわ」


やがてエラが恐る恐る呟いた。今までのジェームズだったらすぐに怒鳴るような、彼に異を唱える意見だからだ。しかし彼は怒鳴りはせず、頷くことで彼女に理解を示す。


「君は俺を信じる必要はないーーただ、見ていてくれたらそれでいい」


予想外の言葉だったのだろう、エラが真正面からジェームズを見つめた。


「俺がどうして変わったのかを説明することは、難しい。ただ…これからの俺は君以外の女には目を向けない。君を大切にする。君との間で許された時間を大事にすることを約束する。勿論、他にも自分に課された義務をきちんとこなすことも約束しよう」


エラが琥珀色の瞳に迷いを浮かべながらも彼の言葉を聞いている。


「もう一度言うが…君は信じる必要はない、俺を信じる振りをする必要もない。ただ俺の行動を…ちゃんと見ていてくれたら、…感謝する」


ジェームズが話し終わると、彼女は、つと彼から視線を逸し、手元の薔薇を眺めた。エラが考え込んでいる間、ジェームズは身じろぎもせずに、祈るような気持ちで彼女を見つめていた。


たっぷり10分は黙っていた彼女がやがて視線を上げる。


「私はきっともう…おかしくなっているのかもしれないわね。分かったわ、貴方を信じはしないけれど…初めて会うジェームズ・ブラウンとして見ることに、する」


彼がやや上気した顔で頷くのを見つめながら、エラは心の中で続けた。


(私は愚かな選択をしようとしているのかも知れない…。けれど、どちらにしても、私にはもうどこにも逃げ場がないのだもの…何があってもこれ以上状況が悪くなることなんてないわ。それならば、もう一度だけ…)







瞬く間に2ヶ月が過ぎた。


初秋だった季節も、既に初冬に差しかかり、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。


驚いたことに、ジェームズは毎日のように家できちんと仕事をこなしているし、夜はエラの隣で眠る。彼が以前約束した通り、家を空けるときには必ずエラに行き先を告げるようになった。愛人の家に行っている様子はまったく見られず、それどころかエラに心酔しているような素振りを隠さなくなり、毎日彼女に、一輪ずつ花を贈るようになった。エラが本気で嫌がらないと分かってからは、庭園での散歩も時々誘ってくるようになったし、お茶の時間も仕事の都合がつけば共にするようになった。


まともに話してみると、ジェームズは意外にも進歩的な考えの持ち主で、そのことにエラはひどく驚かされた。今までの彼とは違う面をここまで見せつけられると、以前の彼の印象が少しずつ薄くなっていく。けれど、エラは決して前の彼を忘れたわけではない、忘れたふりもしてはいない。彼女は相変わらず彼から一定の距離を保っているが、彼は拒否されないということだけで満足そうだ。



義両親もアンドレイもようやく長男夫婦の歯車が回りだしたのかと胸を撫でおろしている。



彼が帰還して3ヶ月ほどが経ち、周囲でブラウン家の跡取り息子が、遂に正気を取り戻したらしい、という噂が囁かれるようになってーールーリアから動きがあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ