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一人きりの執務室で、手に持ったものを見下ろして、ジェームズは思わずため息をついた。心底気が進まないが、これはいの一番に片付けなければならないだろう…。彼がふと窓の下に広がる庭園を眺めると、彼の妻が散歩をしていた。エラはこの家の庭園を散歩するのが好きだ。


彼の執務室から庭園を一望できることにエラは気づいているだろうか。

そもそも今までジェームズが執務室にいることはほとんどなかったのだから、そんなことを気にもしたことがないに違いない。


もし彼がこうやって時折エラを眺めていることを知ったら、彼女は二度と庭園を散歩しなくなるだろうから、ジェームズはエラに告げるつもりはなかった。彼は軽い身のこなしで窓辺に近づくと、ほっそりとした美貌の妻を熱い眼差しで見つめる。


最初に見たときは、陶器のように整った容貌に圧倒され、冷たさしか感じなかったが、今の彼は彼女の中には柔らかで傷つきやすい心が隠されていることを知っている。


ジェームズは窓にそっと手を伸ばして、ガラス越しにエラの輪郭をなぞった。夜寝ている彼女の髪の毛を触るくらいの、密やかさで。


「君は…俺のことを、赦してくれるだろうか」



夕食の席で、エラは、ジェームズが昼食後からどこかへ出かけたことを義父に聞かされて、遂にルーリアのもとへ戻ったのだ、と思った。義父が行き先を言わないことがその証拠だとも思った。思っていたよりは長く、彼は『改心ごっこ』を続けていたがやはり我慢できなくなったのだろうか。元通りの彼に戻ったのか、やはり今もルーリアが好きなのかと思うと、自分でも形容し難い複雑な気持ちが浮かんで、何を馬鹿なことを、と慌てて否定する。


ジェームズは、当然今もルーリアのことを愛しているだろう。


(私からは離縁出来ないのだから、彼がルーリアさんの元に戻るのは、歓迎すべきことなのだわ)


あれだけ私に赦しを乞うて、義両親にあんなに態度を改めたことを喜ばれていたのに、それをあっさり反故にする彼に、ここしばらくのまともな『ジェームズ』はやはり『演技』だったということが明らかになって落胆したのだ、きっとそうに違いない。


(ルーリアさんのところへ行ったなら、明日の朝まで帰らないわね)


彼女は夕食の後に久しぶりにゆっくり湯船に浸かったが、夜着を寝室に忘れたことに気づいた。いつもは大抵彼が寝室にいるので必ず身支度をしてから戻るのだが、今日は大丈夫だろう、と腰まである髪もまだ半分乾いていないので下ろしたまま、薄いシルクのスリップを着ただけの状態で浴室のドアを開けた。


「エラ」


そこに、いるはずのない夫が、少しだけ驚いたような表情をして立っていて、エラは目を瞠った。彼がさっとエラのしどけない姿を視線で追って、耳を朱色に染めた。


「突然部屋に戻ってきた俺が悪いんだが…上に何か羽織りたまえ」


その言葉で呆然としていたエラは我に返り、彼に半裸の状態を見られたと知って、慌てて浴室へ戻った。浴室の壁にかけてあったバスローブを着込んで、あまりの羞恥に顔を真っ赤に染めた。


(どうして戻ってきたの…!?ルーリアさんのところへ行ったのではないの?)


しばらくしてやっと心を落ち着けたエラが部屋に戻ると、彼はソファに所在なく座っていた。


「君に何も言わずに外出して悪かった、ちょっと仕事の関係で突然行かなくてはならなかったから。これからは気をつけて、出かけるときは必ず君に言うし、それが間に合わなければ少なくても誰かに帰る時間を言付ける」


(どこまで…本当なのだろう…)


彼が穏やかにそう言うが、今まで彼が彼女にこうやって気遣うことがなかったから、何と答えたらいいのかエラには分からなかった。


その夜、隣に横たわった夫からは…石鹸の香りしかしなかった。

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