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気が付くと私は、白いベッドで寝ていた。
あたり一面は真っ白で、でもその白は、雪のような寒々しさもなく、雲のような柔らかさもなく、ただただ無機質なものだった。
それでも私が寂しくなかったのは、このベッドのおかげだろう。
私の体を支えるそのベッドは、表面を私の形に変えながら私を包み込む優しさがあった。あたり一面何も誰もいないこの空間で私を抱きしめて安心させてくれるベッドは、まるでお母様の腕の中のようで…
ふと、ここまで考えて私は気が付いた。
私は、死んだのか。
一瞬の戸惑いはあれど、気が付いてしまえば、なんだそんなことかという程度のもので、思いの外落ち込むこともなかった。
むしろ、ほっとしている自分に驚いたくらいだ。
私はそんなに、強くなろうと苦心していたのかと。
自分の中では、苦労しているつもりはなかったのだ。むしろ、目標に向かって努力することなど当然のことであるとすら思っていた。
しかし、私が常に求めていたものは、目標の達成ではなくて。
真に求めていたのは、自分が守られているという安心感だ。
自分を認めて包み込んでくれる慈愛に満ちた居場所だ。
そう、教えられた気がして。
…でも、本当にそうなの?
知らず、ベッドを撫でる。
私は、守りたかったんじゃなくて、守られたかったのだろうか…
誰にむけるともなく、独り言ちる。
強くなんて、なりたくなかったのだろうか…
静かな独り言は、私を納得させようとする。
たぶん、強くなんか、なりたくなかったのだろう…
なにかが、心の中で着地した気がした。
そうでしょ?
今度は、答えをくれたベッドに、問いかける。
絶対的な安心感を、感じながら。
身体のすべてを、ゆだねながら。
『ふざけるな』
突然の声に、驚き起き上がる。
今の声は…下から?
信じられずベッドを見つめる。
『ここまでしておいて、やはり守らなくてよかったと、そう言うのか。』
空気が振動しているのが分かる。それはこの声によるものなのか、はたまた空間が震えているのか。
状況は信じがたく、ベッドから目をそらしあたりを見渡す。
白が、黒に染まっていた。
先ほどまでの無機質な白は不気味に脈打つ闇へと変わっていた。相変わらず白いのは、私を責めるベッドだけ。
『お前の自己満足に付き合わされて死んでいった者たちの命は、どうなるのだ』
瞬間、脳裏によぎったのは、いつしかの悪夢。
私が、私の命令で戦争に行って死んだ人たちに、私の護衛をいつもさせられている軍の人たちに、殺される夢。
体が縦に大きく揺れる。慌ててベッドをつかむと、今度はベッド自体が下降を始める。
いや、ベッドが下降を始めているのではない。空間全体に巣食う闇が、ベッドもろとも引きずり込もうとしている。
『嘘つき!』別の声が、私の後ろで響く。
『お母様みたいな人になるんだって言ってたの、うそだったんだ!』闇に浮かぶ顔は、戦地で先日死んだ弟の顔。
『しょせん、あなたごときに国民は守れませんよ』今度は後ろで、総長の声。
『言うだけかよ』『私の家族を返して!』『そもそも戦地言ってないくせに守るとか』『戦ってから言えよ』『許さない』『お前を守って何になる』『姫だから許されんだよな』『俺はお前を許さない』『消えろ』『死ね』『なんで俺が死ななきゃならん』『失せろ』『早く死ねよ』『殺す』『お前にすべて奪われたんだよ』
気付けば空間を覆う死人が、青白い顔で私を糾弾する。
ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめんなさい、
謝っても、叫んでも、耳をふさいでも、怒号は消えない。
まただ。
もういやだ。
助けて。
『大丈夫よ』
え…?
気が付くと私は、お母様に抱き留められていた。お母様の声とともに、響いていた罵声も止む。
『もう、強くはなれないとわかったのでしょう?』
優しく頭を撫でられ、知らず涙が頬を伝う。
『だからもう、』
お母様は、視線を私の背後へやる。私もつられて、後ろを振り返る。すると、そこには、
銃を構えた夥しい数の軍人が。
『死んでもいいんじゃない?』
いやだ、死にたくない。
もう一度振り返ろうとしても、気づけば十字架にかけられていて、手足はおろか、まったく身動きが取れない。
軍人の先頭に立つ総長が手を上げる。構えの合図だ。
いやだ、もう私は死んだはずだ。どうしてまた死ななければならないんだ。
身動きが取れないとわかっていても、体は反射的に逃れようともがき続ける。
ごめんなさい…ほんとに、もう、嘘つかないから、命令もしないから、だから、お願い…許して…
総長の手が振り下ろされる。すべての弾丸が、私に向かって発射される。